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「公文書」がどんどん捨てられる件 「バブル崩壊」時の裁判記録

▼〈平成バブル崩壊の記録が次々と捨てられている。〉という衝撃的な一文が始まる、いい記事が朝日新聞に載った。2019年3月5日付朝日新聞夕刊。「バブル崩壊をたどって 1」。奥山俊宏記者。

どういう記録が廃棄されているかというと、たとえば、

大蔵省銀行局幹部が「『作文で、勧進帳で、関所を越える』と非常にきつく言ってきた」件。これは日本興業銀行の元副頭取が、裁判で話した内容の速記録。捨てられた。

大蔵省幹部いわく「農協系統は政治家を使って国会に銀行の頭取や住専の社長を呼ぶなどと言い出した。大蔵省としては、そういう動きになるのはまずい」。この面談記録も裁判に提出された証拠の一つだが、捨てられた。

〈野放図な不動産融資でバブル崩壊が始まってまだ間もない1993年に経営が行き詰った住宅金融専門会社、いわゆる住専。2年あまり後に破綻(はたん)することになる。(中略)

 96年、理不尽にも政府は住専の破綻処理に6850億円の財政資金を投入することになり、国民的な議論が巻き起こった。興銀など母体行が全ての責任を負うべきなのか、それとも、農協系統金融機関が自身の負担分を不当に国民に押し付けたのか。(中略)

 2004年、訴訟記録を読み込んだ最高裁判事らは「農協系統金融機関が完全母体行責任を主張することには無理からぬ面がある」との結論に達した。その上で最高裁判決は二審を覆して国を敗訴させ、その結果、政府や自治体は1千億円の加算金を含め3200億円を興銀の後身のみずほコーポレート銀行に払わなければならなくなった。

 空前と言っていいほどの巨額訴訟であり、住専処理をめぐる第2の国民負担を強いられた訴訟である。にもかかわらずその記録は廃棄された。〉

▼奥山氏は「パナマ文書」「パラダイス文書」の公開などで名をはせたICIJ(国際調査報道ジャーナリスト連合)に日本のマスメディアから加わった1人でもある。

「バブル崩壊」という言葉はよく知られているが、その中身が消えていく様子が、この「バブル崩壊をたどって 1」には生々しく描かれている。

あのとき何が正しかったのか、何を教訓とすべきなのかは、客観的に経緯を見ることのできる後世にこそ定まっていく。だから、この訴訟記録の喪失は将来、日本の歴史を紡(つむ)ぐ上で大きな損失になるだろう、と私は思う。

 廃棄前、私はその記録の多くを東京地裁や最高裁で閲覧した。一部はコピーを入手した。だからこの原稿を書くことができる。しかし、原本は今や存在しない。そして、残念ながらこうした廃棄はこの1件だけではない。

▼公文書を捨てる、ということは、「自分たちの歴史を捨てる」ことに等しい。筆者はこの恐怖を感じる人が日本社会では少なくなっているような印象をもっているが、久保亨・瀬畑源両氏による名著『国家と秘密』(集英社新書)を読むと、公文書を軽んじるクセは、日本の伝統であることがわかる。

この本を読むと、官僚が、天皇の官吏という大義を盾にしてふるまい、国民(臣民)を軽んじた結果、国を滅ぼした戦争の記録が大量に焼かれ、捨てられた経緯が見事に描かれている。

▼どんな民族でも、滅びる場合があるーー心ある人々がさまざまなメディアで取り組んでいる「公文書」をめぐる調査報道は、この冷厳な歴史を思い起こさせてくれる。

(2019年3月8日)

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