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「東京を離れて地方で新規事業を立ち上げる①」

2021年1月に可決された第3次補正予算。その目玉として実施されることになったのが事業再構築補助金という総額1兆円超えの制度です。新型コロナウイルスの感染拡大に伴って大きく収益を削られた中小企業に対して新しい領域へのチャレンジを後押しすることが目的で、業態転換等にかかる費用の3分の2を補助するというのがこの制度の主な内容です。1社当たり100万~1億円を補助するという、これまでに類のない野心的な制度だと言われています。これから書く内容はこの制度をキッカケとして、東京を拠点とする既存事業とは別に長野県茅野市の山奥でフォトスタジオ開業という新規事業を立ち上げるまでのプロセスに関する備忘録となります。

新規事業を着想するにあたって直面していた2021年1月の状況については下記の記事から抜粋します。

僕らがいるウェディング業界はもろにコロナ禍の影響を受け、この1年ほぼ壊滅的な状態に陥っていた。会社の売上は70%以上減少し、それに伴い今まで表面化してこなかった数々の問題点が炙り出され、チームの在り方を再定義しなくてはいけないような事態にまで追い込まれていたと思う。先の見えないこの状況を打破するには未知の市場に参入し、新しい業態で少しずつノウハウと経験を積んで収益の多角化を進め、ウェディング業界一辺倒から脱却していくというロードマップを描くことができなければ、この会社の未来はないと感じていたのだ。
※「映像屋がフォトスタジオを立ち上げるということ 1/3」より

なぜフォトスタジオなのか?

業態転換とはすなわち既存の主力事業は継続しつつ、その技術や知識を生かして相乗効果(シナジー効果)が期待できる別事業を立ち上げることです。それによって売上の柱を増やし、コロナ禍で価値観が変化した後の世界を見越した事業展開をしてみんなで生き残りましょうというのがこの制度の趣旨になると思います。僕の会社の主力事業は映像制作です。しかもウェディング業界という極めてニッチな市場に特化した映像を作っています。事業再構築補助金に立候補するには、この既存事業の技術や知識を応用できる「何か新しい試み」を考え出さなくてはなりません。この世にまだないサービスを考え付く必要はなく、自分たちがまだ踏み入れたことのない領域で新しい事業を考える必要があります。

ちょうど叔母が20年以上前に建ててカフェを運営していた建物(10年ほど前に廃業し、物件自体に買い手がつかず僕が破格の安値で買い取った物件)が長野県茅野市の山奥に放置されているのを思い出しました。数年前までは父親が定期的に別荘として使っていましたが、運転免許を返納した数年前から実質放置されていた物件です。建物の1階がカフェ、2階が居住スペースとなっている構造で、カフェを営業していた時の機材や什器がそのまま放置されている居抜き状態です。このままこの物件を放置しておくと、やがて廃墟になるのも時間の問題です。隠れ家的カフェとして人気を博した時代に店の売りであった森と小川が見渡せるデッキは腐って崩壊寸前。キツツキがいたるところに穴をあけて、室内にはおびただしい数のテントウムシの死骸が転がっていました。ウェッジウッドやノリタケの茶器、イタリア製のアンティーク風家具などが無駄に埃をかぶり、時間が経つにつれて廃墟感は増すばかり。この物件を再利用して何かできないか?しかも映像制作の技術や知識を応用して。

まずパッと頭に思い浮かんだのは1日1組限定のソロキャンプ場を開業するプラン。建物を解体して新たに小屋を2棟建て(サニタリー棟)、その他大部分の敷地内をすべてデッキにしてキャンプサイトにする構想。コロナ禍で密を避けるためにソロキャンプが盛り上がっているという時流もあり、専門のキャンプ場も数が少ないという希少性と旅館業簡易宿所営業許可の範囲外という手離れの良さがあると思いました。

また既存の建物を利用した民泊事業の方向性も考えましたが、年間宿泊日数の制限など調べれば調べるほど商売としての自由度が限りなく低い事実を突きつけられました。両者とも既存事業とのシナジー効果は期待できず、映像制作の技術や知識の活用とは無縁であり、更に多分まったく儲からないという試算が瞬時に頭の中で算出されてしまうしょっぱい結果となりました。

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元々はカフェとして設計された建物
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ベネルクスあたりの建築様式風か
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カフェとして賑わったデッキは崩壊
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ヨーロッパアンティーク調の残置物


写真館業界という未知の世界の市場調査

「フォトスタジオは人口5万人以上の地域なら全然ビジネスとして成り立ちますよ」少し前にフォトスタジオ界隈で存在感を増している新進気鋭の若手経営者からこんな言葉を聞いたのを思い出しました。「映像のスキル+物件=フォトスタジオ」という図式が即座に、しかも短絡的に頭に浮かんできたのです。最初に出たアイデアは「泊まれるフォトスタジオ」。スタジオ2階を宿泊施設にして、泊まりで写真撮影ができるという構想。しかし、人を泊めて宿泊代金を頂くということは旅館業簡易宿所営業許可の壁が頭をもたげてくる。それを回避するためにお客さんが勝手にスタジオに泊まっていくという言い訳は厳しい。となると民泊という方法が現実的となるが、やはり年間宿泊日数など諸々の制限があり自由度が激減してしまう。そこで一旦宿泊という部分を捨ててフォトスタジオ単体の方向で可能性があるかどうかを判断するために写真館業界の市場リサーチをすることにしました。以下事業計画書から一部抜粋します。

子供向け写真市場は年間 700~1000 億円規模
0~10 才の人口 1100 万人
1 年/300 万組(1~3 才の撮影)
1 年/50 万組(4~10 才の撮影)
業界平均単価 30,000 円
全国の写真館の 76.5%が売上 1 億円未満
全国の子供を持つ 20 代~60 代男女 2212 人を対象に行った写真館・フォトスタジオの利用経験についてのアンケートから分析すると、72.9%が「利用したことがある」と回答しました。上記データをもとに適齢人口あたりの利用者数を割り出すことができます。茅野市総人口55,945人、そのうち対象人口33,969 人(20代~60代)茅野市単体でも24,763 人が写真館を利用した経験があるということになります。利用経験のある全国の子供を持つ 20 代~60 代男女 560 人に行った利用目的についての調査では、1 位「七五三」(66.4%)、2 位「お宮参り」(40%)という結果になりました。また「家族や自分の成長記録として利用」は全体平均が 9.5%であり、新規事業コンセプトに合致したニーズ(家族写真を主目的とした一軒家貸し切り型)は10%程度あると試算できます。

さらに全国の写真館を注意深くリサーチしていくと、大きく分けて4つの類型に分類されることが判明しました。そして物件の立地から考えると、長野県中部に位置する諏訪湖を中心とした諏訪地域が商圏となります。商圏内にどんな類型のフォトスタジオがどのくらい存在しているのかを割り出してみることにしました。以下事業計画書から一部抜粋します。

・第1世代型:フィルム時代から続く昔ながらの町の写真館。背景紙を使った家族写真の撮影や近隣の幼稚園や小中高のイベントの撮影等をメインとしています。
・第2世代型:資本力が大きく、全国展開している大手チェーン店タイプ。特徴としては、衣装を大量に仕入れて撮影時間内で何着も着替えさせて単価を上げる方式。誰が撮っても一定品質の写真が撮れるような仕組みで効率を上げ、1日に数十組の施工が可能。現在写真館ビジネスの主流となっている収益性を最大限に考えられたビジネスモデル。
・第 3 世代型:ビジネスモデルの基本形は第 2 世代型モデルを踏襲。特に空間演出に対して大きく投資して世界観を作りこみ、付加価値を上げて単価を上げる中~小規模スタジオ採用のパターン。第 2 世代型が提供する量産型撮影のクオリティーに満足できない顧客層をターゲットとしています。第1世代型写真館の2代目がこの方式を採用するパターンを散見。
・第 4 世代型:空間演出を重視する第 3 世代とは真逆の運用思想。本質的な写真の意義に立ち返り、写真そのものの品質やテーマを価値として見出す傾向です。意識の高い顧客層がターゲットであり、高単価。ここ数年で出現してきた新しい形態の概念であり、認知度の問題から全国的に見てまだ普及率は低い状況です。
諏訪経済圏には第 2世代型に相当する大型店が 2 店舗営業中。その他は従来型(第 1 世代型)の小規模写真館が点在しています。第 3 世代型および第 4 世代型スタジオは圏内に確認できませんでした。

実際に岩手県盛岡市で古民家を改修した第4世代型フォトスタジオを運営されている知り合いの写真家さんに会いに行って根掘り葉掘り聞いたり、八王子郊外に新築で新居兼スタジオを建てたフォトグラファーさん宅にお邪魔して根掘り葉掘り聞いてみたりと、先輩たちのリアルな経験談を情報収集しました。

色々調べまわった結果、この業態転換で商売が成り立つという確証は何一つないが、本業のブランディングの一環として長期的な視点で考えた場合、やってみても損はないかなと考えるようになりました。リスクヘッジの材料として一番は物件をすでに所有している事。今回の場合、賃料等固定費を出来るだけ抑えてスモールスタートさせることが最優先であり、売上目標は5年以内に既存事業の1割を稼ぎ出すことが事業再構築補助金の目標設定となっていますが、そんな未来のことなど誰も予測できません。稚拙なリサーチではあったと思いますが、少なくともやらないより、失敗してもとりあえずやってみようと思う判断材料にはなったと思います。プライオリティは地方で新規事業を運営することで得られる東京とは異なる商習慣や文化、価値観や考え方を学習し蓄積することと既存事業のフィロソフィやブランディングに対する側面支援です。売上はうまく行けば後から付いて来るくらいに理解することにしました。そしてここから本格的に事業再構築補助金の申請作業に進むことになります。


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