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「黒影紳士」season3-3幕〜誰も独りなどにはしない〜 🎩第三章 運命などにはしない

――第三章 運命などにはしない――

「白雪、ご馳走様。僕は素直に寝る事にするよ。穂さんにサダノブが起きたら、さっさと帰って来る様にとだけ伝えておいてくれないか」
 と、言って黒影は微笑んだ。白雪は其の言葉を聞いて、
「何か策はあるの?私達は如何すれば良い?」
 当然、不安そうに黒影に聞いた。
「……策はサダノブがいれば選択肢も増える。だから大丈夫だ。策が無いのが最大の策だ。策士、策に溺れるって言うだろう?きっと其れが今だ。もし、眠かったら寝ても大丈夫だ。必ず迎えに行く。安心して良い。僕は駒を選ぶだけで良い。こんなに楽な仕事は無いよ」
 黒影はにっこりと心配するなと笑うのだが、白雪は目の前の此の人が目覚めなくなってしまったらと、気が気では無く黒影の手を握り締めて、強く其の目を閉ざした。
 ……行かないで……。
 そう、言いたかった言葉が溢れてしまわぬ様に。
「夢を見せるのが紳士であるならば、其の眠りから目覚めさせるのもまた紳士の努めだ。僕は君とした約束は必ず守る。僕の全てに誓って必ずだ。……怖がらないでおくれよ。何時もの様に笑って見送っておくれ。……其れだけで安心する。……君は如何したら安心してくれるかな?」
 と、黒影は少し困った様な優しい笑顔で白雪に聞く。
「……本当は貴方が傍にいてくれたら。けれど、其れは貴方の紳士道に反すると云うなら私は我慢出来る。……其の代わり、せめて貴方が眠っている間、手を繋いでいても良い?……其れなら少し安心するし、もし眠くなっても同じ夢を見られる気がするの」
 白雪は瞼を開けると黒影を見て答える。
「分かった。……さあ、どうぞ」
 黒影はそう言うと手を離し立ち上がり、改めて白雪をエスコートする様に手を差し出した。
 白雪は其の手を取り、黒影と階段を登って行く。
 黒影は何時もの安楽椅子から窓を開いて、風を受け乍ら月を見上げていた。
 其の肘掛けにある黒影の腕に、白雪はそっと頬を寄せる様に顔を乗せると、
「此処の景色……好きね」
 と、黒影に言う。
「……ああ。月が綺麗だ。……其れに、昼間も青い空が見えて、目を下ろせば白雪もサダノブもハーブ畑で楽しそうな姿が見える。……幸せが見える」
 黒影がそう答え乍らも見上げる其の月が、白雪の瞳の中に映って見える。
「ねぇ……此の間、ハーブ畑の近くに植えたのは何?」
 白雪が聞くと、
「「紅孔雀」と「白珊瑚」と言う品種の葉牡丹だよ。此れからゆっくり開いてくれる」
 と、黒影が答えた。
「貴方と私みたいね……」
 白雪は朗らかに笑った。
「そうだよ」
 黒影は白雪を見て微笑んだ。
「さあ、幸せ者の僕はそろそろ眠るよ。白雪は眠くなったら僕のベッドを使うと良い」
 そう白雪の頬を慈しむ目で優しく撫でると、何時もの様に微笑む。
「二人共、元気で戻って来るのよ。……行ってらっしゃい」
 そう白雪は言って笑うと、黒影の腕に両手で獅み付き頬ずりをした。
「当たり前だ。大丈夫に今からなる」
 黒影はそう言って、泣いているであろう白雪の髪を優しく撫で乍ら、何時も安心させる言葉を残して、うとうとと眠りに就いた。

 ……少し寂しいほんの暫しのお別れ
 優しいから苦しくなる其の鼓動さえ愛しく
 ……目覚め迄連れ去ってしまおうか

――――――――――
 辺りを見渡すと、白雪とあの予知夢のギャラリーの庭で、神々しい光に包まれ転寝をしていた……そんな夢の中に黒影はいた。
 ……夢の中にまで本当に来てくれたなんて。
 黒影は其れが夢だと分かっていても、同じ夢を見たいと言った白雪の事を思い出し、思わず微笑んだ。

 ……さて、さっさと一仕事終わらせなくては。
 黒影はギャラリーの屋内に入ると、長い廊下に立ち影を伸ばす。
「此の中に世界を創る……か」
 黒影は「真実の丘」を思い浮かべるが、如何も上手く行かず考える。教わった時の事を思い返し、手を影に翳してまた考えた。
 そもそもあの人は世界を創るのが使命の様なものだ。
 ならば僕は……此れしか無い!
 黒影は全身に熱風を纏い業火を起こすと、帽子を押さえて影に突っ込んで行く。バサバサっと、勢いでコートが絡まって音を立てた。
 ……来たっ!……
 黒影は其の地に立ち上がる。
「真実の丘」が眼下に美しく広がっている。
「サダノブ!お前の夢からも聞こえるだろう!真実の丘へ行けっ!」
 黒影は大声でそう言うと、息を切らし乍ら走り回りサダノブを探す。
「……肉体労働、嫌いじゃなかったでしたっけ?」
 サダノブは笑い乍ら黒影の後ろから声を掛けた。
「……如何したんだ、お前……」
 黒影は振り返りサダノブの姿を見てそう聞いた。
「先輩……直ぐに此処から出て下さい!此処は夢から派生した世界。だから早く出ないと彼奴にバレてしまう。彼奴は……夢で時間を早送りする。だから、現実で早く衰弱死するんですよ!」
 と、ふらつき乍ら息も絶え絶えに、サダノブは黒影に犯人の能力を告げる。
「ああ、分かった。……が、其れが如何した」
 と、黒影は気にも留めずそんな事を言う。
「……だぁーかぁーらぁー!逃げろって言ってるじゃないですかっ!何でこんな時にも我儘なんです?!」
 サダノブは無い力を振り絞る様に言った。
「はぁ?正気か、お前。此の僕に今、よりにもよって逃げろと言ったのか?……現実のお前は未だ一日も経っていない。ピンピンしてるし、ぐぅすか寝て穂さんに心配を掛けているだけだ。今、どれだけしんどいか分からんが気の所為だ。体感が狂っているだけで、確かに通常よりかは衰弱は早いが、お前が体感している程衰弱は早くは無い」
 黒影はサダノブに現実を教える。
「……でも、此の体じゃ何も出来やしない」
 サダノブは座り込んでそんな事を言うのだ。
「だから馬鹿と言われるんだ。未だ道があるのにも関わらず、諦めて見ようともしないからっ!……そもそもなぁ、お前が我儘だと言うから馬鹿だと返してるだけだ。其れにたかがお前を待つだけで、どれだけの犯人の手に落ちた者が苦しんでいるのか……僕は今、自分にも腹が立っているよ!サダノブを迎えに来るだけで、僕自身が選んで白雪を泣かせた事がっ!如何してくれる?全部お前の所為だからなっ!」
 と、黒影は当たり散らす。
「……そんなぁー。ほぼ八つ当たりじゃないですかぁ」
 サダノブは気怠そうに呆れた。
「そうだ、八つ当たりをしている。事務仕事も全部放ったらかしで、此方はフル活動を強いられたからな。其れにお前は自分を馬鹿にしただとかほざいて喚いていたがな、お前も僕を馬鹿にしている。……此の僕が創った「真実の丘」の世界をなっ!」
 黒影は如何やら真実の丘を見くびるなと言いたいらしい。
「……で、犯人が来たら如何します?」
 サダノブは座り込んだまま、聞く。
「……如何もしない」
 そう言うと、黒影はコートの中に大事に持って来た時夢来の本を開き、時計の針を巻き戻して懐中時計を嵌め込む。
「起きたら……帰って来い。……直ぐにだ!」
 と、黒影はサダノブに言う。
「なっ、何をするつもりですか?」
 サダノブは黒影を茫然と見乍ら聞いた。
「時夢来は時を正しくする。……此れが夢でも無い単なる世界ならば、必ず此の世界の時を針に合わせて修正する筈だ。だからサダノブ……お前は、眠りに落ちる前の、僕が今針を戻した時間に肉体は戻り、目覚めたと同時に現在の時間に引き戻される」
 と、黒影は答える。
「先輩は?犯人にバレる前に夢から出られなかったら?!」
 サダノブは黒影を案じて聞いた。
「そうだ。……サダノブならそう言うと信じていた。お前はそれで良い。僕は此処で犯人を迎え打つ!……正直、時間が無い。……サダノブはお前自身の正義が指す方へ、ただ走れば良い」
 黒影がそう言った直後、サダノブは体が軽くなったのを感じ慌てて、
「ちょっ、ちょっと待って下さいよぉー!」
 と、如何にもサダノブらしい馬鹿な響きを残し、真実の丘から姿を消した。
 黒影はクスッと笑ったが、背後に気配を感じ咄嗟に振り向き、瞳に真っ赤な業火を浮かべて殺気立つ。
「……今、逃したね。お前、能力者か」
 やはりサダノブを逃した事に犯人も気付いている。
「お前も……だろう?」
 黒影は夢を脅かした犯人を見て、ニヤリと笑い言った。
 何も策は無い……。
 だが、サダノブに真実の記憶を残したまま現実に放り出した。
 此れで良い筈だ。
 ……サダノブ、後は頼んだ……。
 今は……此の犯人の顔が見られたのだから、其れだけで構わない。
 サダノブが到着するまで……生き延びれば良いだけ。
 ――――――――――

「……はっ!先輩っ!」
 サダノブはキョロキョロと辺りを見渡す。
 ……夢?……あれ……違う気がする。
 少しだけ頬が痛い……生きてる!
 サダノブは自分の手や体を見て確認してみる。
「サダノブさんっ!」
 穂が急に飛び付いて来て、首が締まるかと思った。
「ほら、黒影の旦那は一度決めたら意地でもやるって言ったじゃないか」
 涼子が日本酒を引っ掛け乍ら言う。
「穂さん、涼子さん……。……俺、行かなきゃ!涼子さん、すみません。穂さん……もう少しだけ待っていてくれるかな?」
 立ち上がりサダノブは二人に言った。
「漢と漢の約束なら仕方無いさね。……ほら、穂もサダノブが目覚めた祝いだ。此方は女同志楽しく宴会でもするよ」
 涼子は穂にもお猪口を出し、ほろ酔いでふわふわと着物の袖を振り乍ら、徳利を持っている。
「あんまり飲み過ぎないで下さいよっ」
 サダノブが二人に言い、出ようとした時だ。
「サダノブさん!……信じていますから」
 穫は少し涙目になって微笑む。
「うん!信じて良いよ。先輩の事なら大丈夫にするし、俺も大丈夫だからっ」
 そう言うと満面の笑顔で大きく手を振り、バイクに跨り慌しく去って行った。
「……何なんですかね、男って。……何時も待たされるのは女ばっかりじゃ、何だか癪ですね」
 穂はサダノブを見送った後、あんなに心配掛けておいてまた直ぐ出掛けたサダノブに思わずそんな事を言う。
「おやおや、珍しい。……そんな古風に待ってやる事ないさ。帰って其処にいりゃあ安心する生き物なんだから。散々騒いで呑んで待っていても、何にも言えやしないよ」
 と、涼子は笑うとお猪口をグイッと飲み干した。
「それもそうですね。後でしおらしく待っていた自分を馬鹿らしいと思うより、其の方がずっと楽な気がします」
 と、穂もグイッと一杯飲んで笑った。
「ああ……でもねぇ」
 涼子が一言言い忘れた様で、穂は涼子を見て何かとキョトンとした目を向ける。
「帰って来て飲み過ぎにバレたら、酔いに任せて甘えちまいな」
 と、言って幸せそうに酒を飲み乍ら笑う。
「そんな器用になれますかね?」
「……惚れてりゃ自然とそうなるよ」

 ……待ちぼうけの寂しさも、楽しみも
 ……貴方がくれるものならば……
 受け取りませう、仕方なきと笑い乍ら

 ……一つ、許した心を想って下さい
 ……二つ、貴方を信じる私を信じて下さい
 ……三つ、笑顔でご無事に帰って来て下さい
 つれない貴方への数え唄
 貴方が幾つ守れるか、予想しながら遊びませう
 お猪口一杯、一唄弾ませ

 ――――――――――――――――

「只今戻りましたー!!」
 サダノブは息を切らして勢い良く帰って来た。
「おや、家出の気は済んだのかい?皆で心配していたんだよ」
 風柳は寝ずに茶を啜っていたみたいだ。
「先輩はっ!?白雪さんはっ!?」
 サダノブはリビングを見渡し風柳に聞く。
「多分、寝るのが不安で二人で眠ったんじゃないか?」
 と、風柳が答える。
「新婚の二人がいる部屋って、ノックすれば入れますかね?」
 と、サダノブは慌ているからか遠慮無くはっきり風柳に聞く。
「……あ、本当は出て来る迄待った方が良いんじゃないか?」
 と、風柳が答えたので、サダノブは眉間に皺を寄せて、
「二人共寝ていたら?一人が夢で戦っていたとしたら?」
 今の急いでいる状況を伝えて真面目に聞く。
「そりゃあ、普通は無い状況だからな。……そんな急接近出来る程、黒影は器用な奴じゃないと思うがなぁ。サダノブは如何思う?」
 と、風柳が逆に聞くのでサダノブは少し考えると、
「……当分進展無しっすねっ!じゃ、遠慮なく行って来ます!」
 そうきっぱり言うなりダッシュで階段を上って行く。
「聞く必要あったか?」
 風柳はクスッと笑って、サダノブが黒影を今度は連れて帰って来るんだろうと、未だか未だかと待っていた。
――――――――――――――

 黒影の部屋のドアをガンガンと勢い良くノックする音がして、白雪は目を覚ました。
 目覚めると黒影は未だ眠っている。
 肘掛けに乗せられた腕を揺すってみるも、やはり目覚めない。
「先輩!先輩!……白雪さんもすみませんけど、ちょっと急用で……入りますね!」
 と、最低限の声を掛けて安楽椅子に眠る黒影と、其の肘掛けに両手を掛けて、今にも泣きそうな顔でサダノブを見る白雪を見付ける。
「遅くなりました。白雪さんは大丈夫ですか?」
 サダノブは白雪の視線に屈んで合わせると、無事か聞いた。
「ええ、少し眠ってしまったけれど何も無いわ。……其れより、サダノブ……黒影が……」
 白雪は黒影の眠っている横顔を見て、今度こそ黒影の前では無く強がりの糸も切れ、ぽろぽろと泣き出した。
「起きないんですね。……大丈夫です。先輩、俺に八つ当たりして言ったんですよ。俺を助ける為に、自分で白雪さんを泣かす選択をした自分が許せないって。だから泣かしてしまったのは俺だから御免なさい。今から先輩を治しますから、許せとは言わないですが、また先輩が帰って来たら笑顔見せてやって下さいよ」
 其の言葉に白雪は、
「黒影、そんな事を言っていたの?……またサダノブに甘えて八つ当たりして……。本当に、私がいないと駄目なんだから……」
 と、眠っている黒影に言うと、サダノブが黒影の思考……つまり脳の夢を読む為、横に移動した。
「未だどんな状態か読むだけです。先輩は時夢来を持っているので、時間を早めるという犯人の能力は使えません。如何も夢の中で決着を付けるらしい。多分肉弾戦です。先輩には不利だ。だから先輩がやばかったら俺ももう一度行かなくてはいけません。肉弾戦なら此方に勝機がある!睡眠薬を用意して貰えませんか?読み終えたら使うかも知れません」
 サダノブは素早い判断で白雪にお願いした。
 ……全然馬鹿でも無いし、使い道があり過ぎなのに、本気の出し方が極端なだけなのよね。
 と、サダノブの目が黄金色にギラついているのを見て、白雪は少し安心して思った。
「分かったわ。黒影をお願い」
 そう言うと、白雪は下に降りて行く。
 折角俺だけでも出してくれたのに、また行くとなると先輩は怒るかも知れない。けれど、自分の正義とやらが指すのは、突っ込んででも助ける。
 其れ一択だ。

 黒影の頭上に手を翳し、今如何なっているのか探り始める。
 真実の丘だ。……いた……先輩だ。
 犯人とやはり肉弾戦になっている。影では無く炎を使っている。攻撃をするなら確かに其れが良い。ただ、影を使えば攻撃も交わせる筈……何か理由があるんだ。
 ……そうだ、脱出口……若しくは犯人を他の夢か世界に移動させるかも知れない。もう、あのギャラリーの予知夢の夢しか無い。俺の夢ともリンク出来るが其れでは意味が無い。ならば何処を使う気だ?……逃げない、移動していない。
 そうかっ!……俺と急いで出る為に、先輩は現在の影を予知夢のギャラリーの予知絵の直ぐ前に繋いで、戦っている。
 ……正解は、此れだ!
 先輩と今度こそ逃げ切る!逃げるのは今なんだ。読めたっ!……夢の中の其の思考も。
「サダノブ、持って来たわよ」
「すみません、何時も。先輩を連れて帰る流れが出来ました。やはり、一度戻らないといけないみたいです。今なら先輩のお陰で体も軽い。……で、先輩が調べていたリストの此奴が犯人です。逮捕して意識を無くすか、寝かすかさせて欲しいと風柳に伝えて下さい。帰って来たら犯人本体の思考を読んで記憶捜査します」
 と、サダノブはタブレットを見せ白雪に言う。
「ええ、今日もポチは鼻が効くわね」
 と、微笑むと薬と水を渡した。
「本当は用法用量を守らないといけないけど二回目の特別よ。喧嘩しないで仲良く帰って来てね」
 白雪は何時もと変わらない様に心掛け言った。
「はい、行ってきます!」
「行ってらっしゃーい」
 そう言うなりサダノブは瞼を閉じる。
 白雪は眠りに就く迄暫く黙って静かにしていた。

 ……早く帰って来い!……其れは黒影の元にと言う意味だったのだと、サダノブは思い乍ら眠りに誘われて行く……
 ――――――――――――

「夢の中では俺が神だ。こんな夢から少し繋いだだけの世界で目眩しでも出来たつもりか?」
 と、犯人は言う。
 滑空し乍ら飛んでは攻撃する犯人の速さに、肉弾戦向きでは無い炎を纏った黒影は、息を切らして熱風と火の粉を散らし、ギリギリで交わすのが精一杯だった。
「僕はお前の顔を覚えた。其れにも気付かずのこのこ出て来るとは、よっぽどサダノブより馬鹿らしいな」
 黒影は其れでも、そんな強がりを言うしかない。
 此れで慌てて犯人が此の「真実の丘」の世界から一瞬でも手を引き、本体を気にしてくれればと思った。
「此の俺が馬鹿だと?夢は俺其の物だ。……どうせ本体に戻るとでも思っているんだろう?俺はこう見えて几帳面だからねぇ。……隠れて寝るんだよ、何時も。そう簡単に捕まらないさ」
 と、犯人は言う。……そうか、やっぱり弱点は隠すものか。……風柳さん、見付けられるだろうか……。
「……其れは几帳面では無く、臆病者の間違いじゃないのか?」
 黒影は回りながら犯人の飛ばす爆弾を避け笑って言った。
「何だ、何で余裕面してやがる!さっきから確実に追い込んでいるのに!」
 と、犯人は憤り黒影に叫ぶ。
 凄まじい爆弾の炎と黒影の身に纏う炎が天空で、轟音と突風を産み交差しては離れるを繰り返している。
 ……サダノブ……未だかっ……。
 黒影に一発の爆風が足を掠って負傷する。
 飛んでいれば何と言う事は無い。
 そう思った次の瞬間、追い討ちを掛けて格段に大きな爆弾が目の前に飛んで来たのが見え、黒影は咄嗟に両手で顔を塞ぎ身構え、其の姿を真っ赤な鳳凰にすると少しでも着弾しない様にと、下へ体を下げ滑空する。
 黒影の体よりかは鳳凰の姿の方がやはり小さく着弾は避けれたものの、黒影の腕でもある羽根を爆風でやられ、黒影は落下し元の姿に戻る。
「何だ、聖霊憑きの炎使いか……」
 と、犯人は上空から確認して呟く。
 犯人は黒影の前に降り立つと、
「ほらな。幾ら聖霊憑きでも夢の神には叶わないって言っただろう?」
 と、珍しい能力者に出会えて如何しようか考えている様だった。
 ……サダノブ!早くっ!……
「惜しいけれど、もうぼろぼろみたいだし……永遠に夢でも見ていると良いさ。ほら、痛みも一瞬だ、感謝したまえ」
 犯人は両手に爆弾をまた具現化すると、其れを振り翳し黒影に向け思いっきり投げ付けた。
 ……白雪っ!……
 約束が守れないと思って動こうとしたが、足と手を一本ずつやられて動けそうも無い。
 ……未だ、こんな所で死ぬ訳にはいかないのにっ!……
 黒影は目をギュッと閉じる。

 目を閉じた瞬間にキィーン……と言う高音が何かを弾いた音がした。
 黒影が目を開けると、其処には大剣を持った男が一人立っている。
「……貴様が未熟だから、こんな遠く迄来る羽目になった。安心しろ。……俺は世界を創る者より、遣わされた」
「……えっ?もしかしてあの人が……」
 黒影は其の男の言葉に、ウィスキーの大好きなあの人を思い浮かべた。
「約束したのだろう?あの者と。俺の世界ではあの者を核(コア)と呼んでいる。此の世界で何と呼ばれているかは知らんがな」
 と、背中を向けたまま、其の男は話す。

 ……必要とする其の時迄……か。あの人の言葉を思い出す。
 黒影には其の男が言った意味が少し分かる気がする。

「お前、何者だ!邪魔をするなっ!」
 犯人は再び両手で爆弾を作り大量に飛ばしてきた。
「……俺の名はザイン。守護を司る神の子だ。神命により、此の聖域を守らせて貰う」
 そう言うと、ザインは大剣を天に翳し大地に突き立てた。ザインと後方にいた黒影を守る様に、其の大剣から青龍の群れが現れ、物凄い勢いで上空迄立ち昇ると、薄青く光る半透明のシールドが円を描いて広がって行く。
 龍が何とも言えない嘆きにも似た唸り声を大地に轟かせる。
 犯人の爆弾は全て青龍とシールドに着弾した筈なのにびくともしない。……何だ?此の温かいシールドは。痛みすら和らいで行く様だ。
「……何だ、此れは?能力者なのか?」
 黒影がザインに聞く。
「否、違う。産まれ持った物だ。……俺は戦わない。守護するだけだ。此の龍が嘆くのは戦うから。俺は唯一、其れを良しとしない存在。もし、其れでも戦うならば我が正義の元に審判を下す。何が故に闘うのか……よく考えろ」
 ザインの声は落ち着き払って怒りも迷いも無い。
 戦わないと言う正義を貫く者……か。
 ……あの人らしい人選だ。
「僕も闘わない、今は。待っているだけです、大事な親友を。もう直ぐで着く筈なのです。彼が来たら僕は闘うかも知れない。けれど、それはただ生きていたいからだ。待っている人がいて、助けなければならない者もいる。僕は未だ正義が何かも解らないが、此の龍の嘆きを……きっと忘れない」
 と、黒影は話す。其の間も引っ切り無しに爆弾が着弾するも、ザインは一歩たりとも動かずただ聞いていた。
「この嘆きを忘れないと言うのならば、何れ正義を知るだろう。お前はあまりに弱い。闘いには不向きだと理解している様だ。俺は神命を全うした。先を行く……」
 そう言うとザインは一粒の涙を落とし、
「神のご加護を……」
 と、言い残し空高く旋回する烏を見付け、大剣を鞘に納める。青龍は其の鞘とザインの体に巻き付く装飾に戻る。
 そして地面を蹴りつけ空高く真っ直ぐ飛ぶと、烏にぶつかった瞬間に強い光を放ち、烏共々姿を消した。
 ――――――――――
「先輩!お待たせしました……行きましょう!」
 サダノブは走って黒影の腕を掴む。
「浅いが怪我をしている」
 其れでもほんの少しザインのシールドの中にいただけで、怪我は動けるまで回復していた。
 サダノブは黒影の言葉を聞くと慌てて手を離し、
「帰りましょう」
 そう言った。
「良く気付いたな。然し、もう少し間合いを取らねば。時間を稼ぎたい。野犬は元気か?」
 そう黒影が聞くと、
「勿論」
 と、サダノブはにこにこ笑う。
「一体何なんだ、今日は……」
 犯人は上空の消えたザインを見ていたが、視線をサダノブと黒影に戻した。
「……邪魔が一匹去ったらまた邪魔か……」
 犯人は再び爆弾を手に生み出す。
「此の地に着弾させるなっ!」
 黒影はサダノブに言った。
「何でですか!」
 逃げる間も惜しい時に、何を言い出すのかとサダノブが聞いた。
「嘆く者がいるからだ。……良いから、此の地を守り乍ら逃げるぞ!」
 と、黒影は答える。
「逃げる……だと?そうはさせるかっ!」
 爆弾の雨が飛んで来る……。黒影は炎の渦を正面の犯人目掛けて放ち、爆弾は熱風と共に渦へと吸い込んで行く。
 犯人は、其の炎の渦に思わず後方へ下がった。
「今だ!逃げるぞ!」
 黒影は後方に影を飛ばすと、其の姿を鳳凰に再び変え、真っ白な冷気を纏った金色の目の野犬と化したサダノブと、急いで影の中に突っ込んで行く。黒影はサダノブもギャラリーに入ったと確認して影を閉じる。
「次は影絵だっ!」
「了解!」
 姿を戻し、今日は何も描かれていない絵画に安堵し乍ら、黙祷をするなり其の絵に触れた。
 ――――――――

「……白雪っ!」
 黒影は目覚めると辺りを見渡し、二人を心配そうに待っていた白雪が、床にぺたんと座っている姿を見付けた。
 潤んだ目が見えた時、黒影は白雪の前にコートを広げて滑る様に座り込むと、頭を抱え込む様に抱き締める。
「只今」
「……お帰りなさい」
 暫く黒影は白雪の泣き顔を見られたくはないのか、白雪を離さないままだった。
 サダノブが目覚めたので、
「サダノブ、待ち草臥れた。タブレットを用意して、夜も遅いがリビングに行こう。風柳さんは出掛けたか?」
 と、黒影は聞いた。
「あ、はい。風柳さんなら本体を探しています」
 其れを聞いて黒影は満足そうに、
「ん、上出来だ。犯人を逮捕しない限りは未だ今夜は寝れそうに無い。風柳さんの後方支援をする。此方は居場所の特定が急務だ。「たすかーる」の穂さんと涼子さんは?」
 と、黒影が特定の早い「たすかーる」に犯人の現在地捜索のヘルプを外注しようと考えていると、サダノブは頭を掻き乍ら、
「今頃、穂さんのアパートで二人共、日本酒飲んで使えるかどうか……」
 と、苦笑いする。
「それは困った。深酒をしてないと良いのだが……」
 黒影は珍しくキョトンとした目で想定外に、少し驚いている。
「黒影……?」
 白雪が、顔を少しずつ上げて呼んだ。
「ああ、いるよ」
 黒影は優しく微笑んだ。
「珈琲作ろうかしらん?」
「うん、お願いするよ」
 そんな会話をすると、白雪は立ち上がりパタパタとスリッパの音を立てて下りて行く。
「先輩、未だ離したく無いって顔してますよー」
 と、サダノブは黒影を茶化す。
「そんな顔はしていない!巫山戯ていないで調査するぞ。其れに協力依頼するか如何かはさて置き、帰って来た報告をしないと、穂さん達も風柳さんも心配している筈だ」
 黒影はそう言うと、
「そうだ。起きて直ぐ飛び出して来たままだ。……絶対心配掛けてますよね。……何時もより今回は尚更。……先輩って、こう言う時って如何してます?」
 と、サダノブが聞くのだ。黒影は何時もの自分ならばと少し回想して、
「何時も通りで、一言謝れば良いんじゃ無いか?」
 そう軽く答えたのでサダノブは思わず、
「さっきのイチャイチャで、其れは無いでしょ」
 と、黒影に言うのだ。
「別にイチャイチャなんかしていない!……あ、やっぱりお前、かまちょか?」
 と、黒影が聞くのでサダノブは、
「其のかまちょですけど、全然キャラに合ってないし、そもそも誰がそんな言葉教えたんですかー?」
 と、呆れて言うと、
「ああ……涼子さんだよ」
 と、普通に答える。
「先輩、其れ絶対また遊ばれてますよ」
 そうサダノブが教えた。
「……そうなのか?」
 黒影はさっぱり気付いていない様子なので、サダノブは全力で首を縦に振りまくる。


🔸次の↓season3-3幕 第四章へ↓

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