アルバム配信🎹いまを生きる、私を生きる~児童虐待・毒親育ちを乗り越えて~
本日アルバム配信しました。
虐待毒親育ちが、自分で自分を育て直しながら、歩んできた10年間の音。
一番の気付きは、「親」はこんなにも、我が子を大切に思えるのだと知れた喜び。
娘に出会えて良かった。生まれてきてくれて、本当にありがとう。
最大の見落としは、
祖父母からこんなにも大きな愛情に包まれて育って来てたこと。
お盆に配信出来た御縁に、心から感謝。
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もう少し書く。
娘は来月6歳になる年長さん。重度知的障害で、言語に関しては最重度。
正直、将来への不安もあるし、日々大変なこともあるけれど、
祖父母と過ごせた毎日のなかで育んでもらった「私は私でいいのだ」という想いが大きな力になっている。
もちろん生きていくうえで努力しなくていいわけじゃない。努力は必要。
でも、努力の方向性は「私は私である」ということが大切な土台。
私はそれが分からないまま、40歳まで生きてきた。
両親から、
「親が金を出すのだから、親の言うことを聞いて当然だ」
「10歳下の弟が一人前になるまでの"中継ぎ"として、建築を学んで家を継げ」と言われ、とても嫌だった学生時代。
大学4年で実家倒産。
就職後すぐに借金や保証人。本当は嫌だった。
なぜ必要か、私でなければならないか、エビデンスを一切見せない彼ら。
「子供は親を助けて当然だ!!」と怒鳴ってくるだけ。とても嫌だった。
でも受け容れた。
親に嫌われたくなかったから。
そして、
親の意向を汲めば、自分も10歳下の弟のように愛されると期待したから。
でも違った。私が愛されることは無い。利用できる時だけ近づかれるだけ。
パワハラに遭い、自分が完全に潰れきるまで逃げられなかったのも、
訴えられなかったのも、そういう自分だったから。
そんな自分を変えたかった。
そう思いながら、心理学を学び、音楽療法を知り、
ピアノ即興で「いま自分は何を感じているか」に目を向ける練習をし、
手探りで試行錯誤しながら歩んできた10年間。
両親も、弟も、私が苦しんでいる時にはスッと離れていく。
3月、夫を通じて、私がうつを再発し、娘が重度知的障害と知るや、
両親も弟も、着信拒否。
夫から何度もメールや電話をしても、一切応えない。
これまでの対応から、自分たちが都合が悪くなれば、何事もなかったかのように連絡をよこすのは目に見えているので、
そこらへん、きっちりと対応する。
(補足)祖父母と一緒に暮らせていた時は、愛情を持って接してくれていたことが当たり前で、全然気付けて居なかった。実家倒産で離れ離れになり、身勝手な両親と弟に振り回された20年の中で、少しずつ気付いて行った。深く気付けたのは、娘との日々のおかげ。
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さいごに。今日は8月13日。
多分地元に居たころ、昨日か今日かに、お墓参りをしていたはず。
この曲「Candles」は、
じいちゃん・ばあちゃんへの墓参りとして弾いたもの。
二人とも、あんなにお世話になったのに、死に目にも会えず。
ばあちゃんに至っては、亡くなったことを知れたのは、戸籍を取り寄せてのことだったから…。
長くなりました。
このアルバムを、お盆に配信出来た御縁に、心から感謝です。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
※それぞれ、毒親育ち、ピアノ即興について書いたnote。参考に。※