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魔法少女の系譜、その71~『タイム・トラベラー』と口承文芸~



 今回も、前回に続き、テレビドラマの『タイム・トラベラー』を取り上げます。
 この作品と、伝統的な口承文芸とを、比べてみます。

 テレビドラマの『タイム・トラベラー』も、原作の小説『時をかける少女』も、基本的な構造は、同じです。
 未来の世界から、超科学力を持った少年がやってきて、ヒロインの少女に、超能力を授けます。ヒロインは、超能力を使って活躍しますが、それを嫌がります。最終的に、少年は、ヒロインの記憶から自分のことを消し去り、未来の世界へ帰ってしまいます。ヒロインの超能力も、消えました。二人の間にあった、淡い恋も、消えてしまいました。

 この話は、伝統的な「異類来訪譚」と、同じ構造です。未来から来た少年、ケン・ソゴルは、現代人―放映当時の、一九七〇年代の日本人―から見れば、立派な異類ですね。
 異類によって、ヒロインが、超能力という「福」を授けられます。伝統的な口承文芸と違うのは、それが、「事故」で起こることですね。
 口承文芸では、良いことをした報償として、何らかの福が授けられるのが、普通です。神さまが、もてなしてくれた人間に福を与える、といった例があります。日本の伝説「蘇民将来【そみんしょうらい】」や、ギリシア神話の「バウキスとピレモン」などですね。

 意図せず、事故で超能力が与えられたために、ヒロインには意味がわからず、混乱し、恐れます。「福」のはずが、「災い」になってしまいました。
 これは、民話の「三つのお願い」などと、似ています。妖精などに願いをかなえてもらうのですが、自分の願いでありながら、それを持て余してしまい、結局、元どおりになることを願う、といった話です。
 民話の「三つのお願い」では、自業自得という感じが強いです。けれども、『タイム・トラベラー』のヒロインは、悪いことや、わがままなことをしたわけではありません。特に良いこともしていません。本当に、事故で、超能力を得てしまいます。

 口承文芸でも、事故で、「福」や「災い」を得る話が、ないわけではありません。そういった「福」や「災い」は、最後には取り除かれることになります。
 『タイム・トラベラー』でも、最後に、ヒロインは、超能力を失います。原作の『時をかける少女』では、ケン・ソゴルの薬の効き目は、時間が経てば薄れることになっていました。
 テレビドラマのほうでは、どう処理されていたのか、記録がありません。内容を覚えている方がいらっしゃれば、教えて下されば、幸いです。

 口承文芸では、「福」なり「災い」なりを与えた異類は、最後には、異界へと帰ってゆきます。ケン・ソゴルも、最後に、未来へと帰ります。
 ここまで、ほぼまったく、口承文芸の伝統から、外れていません。だからこそ、多くの人々の心を打ったのでしょう。娯楽として、わかりやすいですからね。

 『タイム・トラベラー』には、少し、恋愛要素も入っています。ごく淡い恋ですが、ヒロインの芳山和子とケン・ソゴルとは、惹かれ合います。
 恋愛は、娯楽の重要な一要素ですね。これが入ることにより、『タイム・トラベラー』は、より印象深い青春物語となりました。

 『タイム・トラベラー』が異類来訪譚だと考えると、魔法少女ものとしては、『魔法使いサリー』や、『魔法使いチャッピー』―『タイム・トラベラー』と同時期に放映されていた魔法少女アニメですね―などと近いことになります。
 とはいえ、『魔法使いチャッピー』などと、『タイム・トラベラー』とを比べると、大きな違いがあります。ヒロインが異類ではないことです。

 『魔法使いサリー』でも、『魔法使いチャッピー』でも、ヒロインが異類で、異世界からやってきます。異類なので、「魔法」が使えることになっています。
 『タイム・トラベラー』では、ヒロインは、最初は普通の人間です。それが、異類によって、勝手に能力を授けられてしまいます。ヒロインではなくて、ヒロインの相手役の少年が、異類なんですね。

 日本のアニメなどに登場する魔法少女としては、この形は、珍しいです。
 二〇一七年現在ですと、ヒロインに魔法の能力を与えるのは、たいてい、マスコットの仕事ですよね。ヒロインの相手役の男子ではありません。

 「相手役男子が、ヒロインに魔法的能力を与える」パターンは、『タイム・トラベラー』後も、あまり根付きませんでした。ここは、興味深いところです。「相手役男子」の役割の一部が、「マスコット」に分化されたということでしょうか。

 今回は、ここまでとします。
 次回も、『タイム・トラベラー』を取り上げる予定です。



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