【瞬間的な気持ちが湧き出ても、そっと宝物箱にしまい込む♡】
こんなルールありませんか?
・1分遅刻したら遅刻(これは当たり前か…)
・休憩時間は決められた時間内厳守
・出社と帰宅の時は元気よく「おつかれさまです」と言う
ルールは確かに人材を管理しやすくし、みなが同じ目線を保つ上では大切かもしれません。また暗黙の了解のようなものも出来上がっている場合も。
ぼく自身もルールを決める時は、自分の都合のいいように考えてしまいがち…この呪縛から誰もが逃れられないと思っています。
だって楽(らく)したいですもの…。
ルールを変えて、また変えて、さらに変えてたら、ルールの意味が無くなってしまいますし、運用も大変になる。
だがしかし、こんなことが起こっているのではないかと、私は常々思っているのですよ。
ルール=思考停止
よく分からないまま、何の思想設計から創り出されたルールか分かりませんが、昔から変に残っていることもありますよね。
たぶん、それに慣れてしまったヒトであれば、深い追及をしないかもしれませんが、新しく入ったヒトにしてみれば違和感の塊そのもの。
これって本当に、現場のためになっているのだろうか…。
そのためルール制作者の頭の中を少し考えてみました。
▼ ルールを作る人
なぜルールを作りたいのか?
・決められたことを守ってもらう方が楽だから
・細かいことの手間が増えないように
・平等さを作り出すため
みんなのためでもあるし、自分のためでもある。
こんなところが正直な気持ちかなと。
ルールは法律とは言えないものの、そのコミュニティにおいては、かなり影響力のある決め事。強制的に従わせられます。
▼ ルールを当てはめられる人
なぜルールに従っているのか?
・みんなも守っているから
・最初からあったから
・とくに意識はしてない
ルールを作った側の思考を何も考えず、とくに意識しないで活用している事が多いのではないかなと思います。
まさにぼくみたいな状態。
法律だと、かなり広範囲に影響があるため、ある程度きびしい、細かい内容が必要かと思いますが、一組織、一コミュニティは小規模なので、現場に応じて変えてもいいんじゃないかと常々思っています。
なにより、従わせられてる感がとっても嫌々。
少しルールに異議を唱えようすれば、
「ルールなので。」
「イレギュラーは認めません。」
こんな言葉が弾丸かと思うくらいのスピードで返されてくる。
これではルールを盾にして、利権を貪っている印象しか受けない。
ルールはそもそも、みんなの行動を促進させるため、環境を良くさせるための取り決めのはずなので、結果的にそれが害されていたらルールの意味はないと思っています。
ルール = 思考停止
ではなく
ルール = 常にアップデート
上記の形だと、健全な状態になるのではないかと。
確かに何度もアップデートをするのは大変ですが、例えば仕事で言えば、お客様に対して手厚く対応するためのオペレーションは常に改善しているのに、現場で働くスタッフには制限を設けて鞭を打ち続ける。
これでは、お客様を満足させられる品質を創り出すことはできません。
(ちょっと強気に言ってみました。)
常に変化させて続けていくことが、ルールには必要であり、そこに時間をかけていくのも、また必要なことであると自分なりに感じたタイミングがあったので、noteにしたためてみました。
ルールにモノ申しておきたいと思ったのですが、気分が悪くなられた方がいればごめんなさい…。
この気持ちもぼくにとっては大切なものだったので、noteという宝箱にしまっておきたいと思います。
終わり。