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新規就農10年でカフェオープンの夢を叶えた、糸島の果樹農家

福岡県糸島市にある「お菓子と暮らしの物 りた」は、有機や無農薬栽培に取り組む若松潤哉さんがご夫婦で開いた農家直営のカフェです。農業を始めて数年後に6次産品を開発、10年弱でカフェをオープンするなど、次々と挑戦を続ける若松さん。そのエネルギーの源泉には何があるのでしょうか。

若松潤哉わかまつじゅんやさん|わかまつ農園
1975年東京都生まれ。前職は航空会社の整備士。東日本大震災などの影響で環境と人との関わりを考えるようになり、のちに退職。2013年に福岡県糸島市へ移住し、就農。以前からの夢であったカフェを2021年にオープンした。

昔からの夢だった空間を糸島で実現

わかまつ農園は、甘夏などの柑橘やオリーブ、野菜の栽培のほか、養蜂、6次産品を製造しています。2021年夏には直売スペースを併設したカフェ「お菓子と暮らしの物 りた」の運営もスタートしました。
 
もとは木材置き場という大きな倉庫をリノベーションした空間は、天井が高く、ソファやテーブルがゆったりと配置されています。お客のお目当ては福岡県産の全粒粉や強力粉などを使い、天然酵母で発酵させたピザで、農園の野菜がたっぷりのっています。

スイーツなら、オリーブの粉末を練りこんだクッキーや、シルクスイートというサツマイモを主体に、ビーツやオリーブなどで色付けをした和洋風な「糸モナカ」もあります。華美ではなくとも、どれも唯一無二なものばかり。ジュースはもちろん自家製柑橘の搾りたてと、どのメニューからも、りたらしさが伝わってきます。

幸せは人と人との共感からしか生まれないから

そもそもカフェは若松潤哉さんの、“人と人が集まれる場を作る”という長年の夢が結実したものです。「誰かがそばにいて、“そうだね”と共感してくれる。それが人生の楽しみで、そのための場です」。“空間を作るならカフェまたは宿泊施設” “そこには食事は欠かせない” “食にはこだわりたい” “それなら農業をやるしかない”と、計画は連鎖していきました。場を作るという目標が、農の道へと向かわせたのです。謙虚と尊重の気持ちをもちながら、誰かの声に耳を傾けて対話すれば、そこから広がるものがあると若松さんはいいます。りたという場にはそういった役割があるのです。

自然いっぱいのなかで育った子ども時代

子どもの頃は、柑橘農家を営む鹿児島の祖父の家や、民宿を営む千葉の祖母の家などで、自然いっぱいの体験をしていた若松さん。大人になってからも休日には海や山、川へ行っていたといいます。現在住んでいる糸島は、海と山に恵まれた地域です。幼少期の体験が今につながっているともいえそうです。

「かっこよくいうわけじゃないけど、自然がないと人は生きていけません。植物は花が咲いて実がなり、種が落ちてまた花が咲く。そうやってのようにつながっていきます。植物のように自分も次に続く行動をしないとしっくりこないんです」。何事もとことん原理を突き止める若松さん。環境を守るという点からも、有機栽培や無農薬での栽培を選んだのは当然の成り行きだったようです。

有機農業を続けることの大変さ。販売先の開拓、そして6次化に着手

農業に従事して約10年ですが、スタートして2年目には早くも6次産品に取り組みました。
「有機農法で育てた作物は、直接卸し先を見つけることが多くなります。その上で農業で1年に400〜500万円稼ぐのは、並大抵のことじゃないとすぐにわかりました。販売先へ営業にいったり、九州や大阪、東京のマルシェにも出ました。少しずつホテルや飲食店に卸せるようになりましたが、それでも限界があり、そこから日持ちのする加工品の生産を考えるようになりました。当初はオリーブの葉からとる精油に挑戦しましたが失敗。次に甘夏で蒸留をやってみたところ、リラックス効果の高いリモネンという成分が抽出できたのでこれを使って洗剤にしようと」。
今では甘夏みかん洗剤のほか、精油などさまざまな加工品が生まれています。

収穫は人に合わせるのではなく、人が実りに合わせる

有機農業には苦労がつきもの。でも苦労を苦労とも思わず、工夫と努力を重ねてきた若松さん。栽培についてのこだわりを伺うと「収穫のタイミングですね。それでほぼおいしさは決まります。甘夏なら3日以上晴れた日で、だいたい午後2時から3時の間で獲るのがいい。6時間光があたると糖質がどんどんできあがっていくんですよ」。作物は年に一度しか試せないため、多品種の果実を同時に育てる試みもしてきました。そんな中で見出した方法は、収穫時期を人の都合に合わせるのではなく、実りに人が合わせるやり方だったのです。前述のように人も自然ののなかにいる、若松さんの作業一つからも、そんなことが伺えます。

自分にとって農業は何か、何がしたいかをとことん考える

若松さんご夫婦。「ケンかはしません。してたら畑作業ははかどりませんしね(笑)」と由加利さん

最後に新規就農の方に向けたアドバイスをいただきました。
自分にとって農業は何なのか、何がしたいかを突き詰めておくことです。農業は朝から晩まで働かないと追いつかないし、炎天下でも働かないといけない。つらいことが多いです。だから自分がどういう農業をしたいかという軸を最初からもっておかないと、こんなはずじゃなかったとなるし、周囲にも振り回されます」。農業で何を成し遂げたいか。それが若松さんの場合は環境を守ることと、共感の場所を作ることでした。とはいえ、高い志があっても心が折れてしまうことはないのでしょうか。「あきらめないでやり続けることです。中途半端でもやり続けることです」。

【編集後記】
「お菓子と暮らしの物 りた」の店内は広々としており、まさに人と人が繋がれるホッと一息できる空間でした。店内にある机や椅子は、りたを開業する何年も前から若松さんが「これを置きたい」と思ったものを密かに集めていたのだとか。お話を聞いていると、長年の夢を叶えることができたのは、若松さんの固い信念があったからこそだと感じました。「チャレンジ精神を忘れずに、失敗を恐れないこと」を大事にしているという若松さん。今後の挑戦にも目が離せません。

甘夏の幹周りの草刈りはクワガタモアーが活躍。「革命的な機械で大変助かっています」と若松さん

■お菓子と暮らしの物 りた HP

■お菓子と暮らしの物 りた Instagram

■ECサイト コダワリノワ。
わかまつ農園さんの商品は、ORECが運営するECサイト「コダワリノワ。」でも購入できます。