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【超短編小説】ラブレター

 「こんな風に、紙に文字を書いて気持ちを伝えることは多分初めてですね。あなたとの出会いは数奇なもので、たまたまインターネットの海を漂流していた時、あなたもまた同じく漂流していましたね。

 確か私がそのサービス上に流していた適当な質問をあなたが拾って、答えてくれた。だから、たったそれだけでやり取りは終わるものだと考えていました。だって、それまでもその質問を拾ってくださった方はそこそこいらっしゃったけれど、どの人も一言二言で終わってしまうんですもの。

 けれど、あなたは違いましたね。なぜだか不思議と会話が続いて、気づけばそのサービス上で毎日のように他愛もない会話をしていましたね。あの頃はお互い、顔も声も分からず、ただ匿名で選べたアイコンの性別だけで判断して、良く続いたものだと思います。

 本当に不思議でした。もしかすれば、そのアイコンの性別とは違うかもしれないのに。今お話ししている内容は全て嘘かもしれないのに。私はあなたのことを全く疑うことがなかった。素性もわからないあなたなのに。どんどん惹かれていきました。

 そこに見える文字は、別に手書きでもなく、故に感情や性格が現れることはないのに、私はあなたを心優しく丁寧で強かな人だと想像していました。今となってはお恥ずかしい話です。

 それからいくらかして、とうとう初めて互いの声を聞きましたね。「電話してみませんか」の一言が、ただの文字なのに何だかぎこちなく感じたのを今でも思い出します。

 電話が始まると、お互い上手く喋り出せず、片言に「こんばんは」を言いましたっけ。初々しさが弾ける、傍から見れば中々コミュ障なはじめましてでしたね。でもその一瞬ずつ、どこを取っても楽しかった。特に私は親に聞かれぬよう、誰も居ない寝静まったリビングで通話をしていましたから、それが余計に心を躍らせていました。

 そんな出来事から約1年半あとでしょうか。やっとあなたに会えましたね。とても緊張していて、上手く話すことができなかったことは、多分お互い様でしょう。その日は大変短い時間でしたが、初めてあなたと自然に触れ合えた感動は、しっかりと心の真ん中に飾ってありますよ。

 そんな拙い馴れ初めを経て、やり取りを始めてから3年でしたね。ようやく付き合う決心がついて、今のような形になりましたね。手を繋ぐことすら互いに遠慮して、どうにも不自然なお付き合いでしたこと、私も少しばかり反省していました。

 そんな時に、黙って手を差し伸べてくれたこと、とても嬉しかった。その瞬間は、顔から火が吹き出るような火照りと、ちゃんとしてたっけと色々な漠然とした不安が上っていたのを覚えています。でもそれは私だけではなく、あなたもでしたね。真っ直ぐ前だけ見て、私の目は一切見ず、ただ耳の下は真っ赤になっていましたね。

 昔のあれこれを思い出しながらこれを書いていますから、今、無意識に笑顔になってしまっています。それほどまでに、私の心身はいつまでもあなたに惹かれているのでしょう。

 いつしか隣にいることが普通になり、感謝もトキメキも薄れ、日常の一部となっていったあなたでした。その結果、気づかぬうちに初心を置いてきてしまって、この手紙を書いている今はとても大きな後悔を感じています。

 大切なものは、いつか失ってから初めて、その大切さに気付くとはよく言われたものです。そんなことは、失う前から分かっている。そんなことでどうして誰かを大切にできるのか。と、若かりし頃の私は思っておりましたが、当時の私と邂逅できるならば、私は頬を叩くでしょう。その後悔の大きさに圧し潰されそうになりながら、いつか大切な人に宛てた手紙を書くことになるのですから。

 いけない。馴れ初めの後、それからの思い出の方が遥かに多いのに。思いの丈に対して、手紙は大変不便なものですね。あと数百枚は書かなければ、あなたに全ては伝えきれそうにありません。

 なのでここでおしまいにしますね。きっと書かなくても、言わなくても、あなたは全部覚えているでしょうから。最期までお節介でごめんなさいね。

 でも本当に最期に一言だけ添えさせてね。

 誰かを愛したいという世界一のエゴイズムに、恋してよかった。その誰かになれてよかった。

 またどこかで再会しましょう。そうしたら、今度は私から手を差し伸べるから。次はあなたに恋をさせるから。

 今までありがとう。さようなら。」

 ……気持ちよさそうに眠るあなたの手元にそっと、最初で最期のラブレターを添えた。


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