勇者でもなんでもないボクが、一人で危険な旅に出る話(3)

何とも入りづらい扉の前で立ちすくむ。

「……。ここだよな……。」

北地区のはずれ、あまり入りたくない路地の奥。旅人に紹介してもらった店の前まで来た。
看板は出ていないけれど、とある筋では有名らしい。

ひとつ唾を飲み込んだ。
勇気を出して、重い扉を押してみる。
中を覗き込むようにして、おそるおそる中に入る。

「……。」

店内には誰もいない。
思ったよりは薄暗くなかったが、薄くぼんやりとしている。
鉄のにおいが充満していて、鼻に刺さる。
壁には無造作に、武器や防具の類が並べられていた。

「いらっしゃい。…ってなんだ、ガキか。」

奥の部屋から声がしたと思ったら、人間じゃないおじさん(?)が出て来た。
緑色のゴツゴツとした肌、背が高く、筋肉隆々でいかにも強そうな身体。何より太く伸びる尻尾と、人間でない顔の造りが、目の前にいる人物が異種族であることを物語っていた。

ちょっと待てよ。この街に亜人がいるなんて聞いたことがない。
それどころか、人間以外の種族に遭遇したことなんて今までの人生で一度もない。
ボクは驚いて固まってしまった。

「なんだボウズ、間違えて入ってきたのか。…ったく。だとしたら、はやく帰んな。この店で俺を見たことは、誰にも喋るんじゃねえぞ。」

そう言って、奥の部屋へと戻ろうとするおじさん。
しかし、ボクはこのまま帰るわけにはいかなかった。

「……あの。」
「ん、なんだ。」

勇気を振り絞って、声をかける。

「すみません。……武器を、売ってくれませんか。」

緊張で喉が渇いて、かすれそうな声になった。
亜人のおじさんは眉のあたりをひそめ、いぶかしげな顔で目を覗き込んでくる。
何かを見透かされるようなその瞳に、ボクはまた動けなくなる。
生きた心地がしないとは、このことだった。

「どんなのが欲しいんだ。」
「あの…、旅に出たいんです。それで、外の世界でも生きていけるように、武器が欲しいんです。」
「…ふぅん。旅ね。」

おじさんが覗き込んむのをやめ、視線が外れた。
やっと息を吐きだせた。無意識に呼吸が荒くなる。
おじさんは奥の壁に寄りかかり、値踏みするようにボクを見たあと、深くため息をついた。

「ボウズ、いくつだ。」
「15です。」
「この街を出たことは。」
「ないです。」
「戦闘経験は。」
「……ないです。」
「学校の試合とかは。」
「学校には行ってないです。」
「自分で訓練してるのか。」
「一応…。旅に出るって決めてからは。」
「いつからだ。」
「半年前くらいから。」
「どんな。」
「モンスターに襲われても大丈夫なように、大木を相手に剣で切る特訓とか、あとは素振りとか……、してます。あの、ただの長い棒ですけど…。」
「ふぅん。」

立て続けの質問のあと、再びの沈黙。

どうもこのおじさんは、ふぅん、が口癖らしい。
お世辞にも愛想がいいとは言えないが、今言うべきではないだろう。

「…本気なのか。」
「本気でやってます。」
「そうじゃない。旅に出るのが、だ。」
「…本気です。」
「そうか。」

何を考えているのか、わからない沈黙。
おそらく1分も経っていないであろうこの時間が、とてつもなく長く感じた。
ボクはそれ以上の想いを声に出すことも出来ず、ただじっと目で訴えることしかできなかった。

「旅に出るということは、命の保証はない。それが分かって言っているのか。」
「はい。…覚悟しています。」
「ふぅん、…そうか。それなら、お前はこの店の客だ。好きなもの選べ。」

第一関門クリアといったところだろうか。
立ちすくんでいると、おじさんが店の奥から木の丸椅子を持って戻ってきた。
どうやらボクに出すつもりはなく、自分が座るためのものらしい。
どっかと座り、腕を組んで動かなくなってしまった。

「どうしよう……。」

(4)につづく。

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