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自分を取り戻す。

会社員としてバリバリ働いていた頃、自分をいつも後回しにしていた。

急ぎの仕事があるから、今日は体調があまり良くないけど、出社しなきゃ。

今日は、夜楽しみにしていた用事があるけど、周りに迷惑がかかるから、残業して終わらせなきゃ。

他人や会社が一番で、私のことはその次だった。

そんな生活を8年も続けていた頃、ついに私の体がいうことを聞かなくなった。

俗に言う「うつ状態」と言うやつだ。
記事で読んだ、朝体が重くて起きれない、と言う症状は思っていたよりもきつかった。

うつ伏せの背中の上に、自分の体重よりも重い何かが乗っているような、そんな感覚だった。

加えて原因不明の高熱が続いた。
昼過ぎから熱が上がり始めて、夕方頃に落ち着く。

そんなこんなで、私は、会社を休みがちになり、結果、休職をする形となった。

そうして思いもしなかった休職に入った私。
今までいつも優先していた他人や会社が、私の日常からいなくなった。

ほっと安堵する反面、私は不安だった。
体調が悪いからではない。
私自身が何をしたいのかがわからないからだ。

今まで、他者のためにしていた行動を、今度は自分のためにする時がやってきた。それも毎日だ。

休職してから2週間、ほぼ寝っぱなしの日が続いた。
そうして少し体が楽になってきた頃、私は自分のために料理をしようと思った。

時間が有り余っているからだ。
そして、お腹が空くと言う感覚がわかってきたからだ。

仕事やプライベートなど「やらなきゃいけないこと」に追われていた時、私は「やりたいこと」がわからなかった。

お昼の時間になったから、なんとなく食事をとる。
この時食べるものは、そこら辺に置いてあるカップ麺やらコンビニ飯ばかりだった。

夜ご飯も同様だ。
なんとなく食べる。ただその時間になったから。

でも休職してから、私の日常から仕事による時間の縛りがなくなった。

いつでもご飯を食べて良いのだ。
しかも時間もたっぷりある。

火曜日の午前10時ごろ、私は久しぶりにスーパーへ出かけた。

平日の午前中のスーパーは、人が少ない。
おじいちゃんや、主婦の人がほとんどだ。
同世代の人などほぼいなかった。

それがなんとなく心地よかった。

異世界に来たみたいだった。

買い物かごを一つとって、ぶらぶらとスーパーを歩く。

野菜やフルーツがキラキラしている。

店員のおばさまが、入荷したての食パンを売り場に並べている。

刺身コーナーも、値引きシールが貼られていない新鮮な魚たちがたくさん並んでいる。

いつもは、仕事帰りの閉店間際に入り、早歩きで売り場を進み、すぐ食べられそうなものを適当にカゴに入れていたような気がする。

でも今日は違う。

いつもくるスーパーなのに、こんなにも違って見えるのか。


私は、キラキラと輝く旬のフルーツと、思わずよだれが出そうになるブリの刺身をカゴに入れた。

今の私が食べたいものを選んだ。


そうして家に帰り、久しぶりに白米を炊く。
炊いている間に、豆腐とわかめで味噌汁も作ってみる。

そうして、白いテーブルの上に、炊き立てのご飯と、ツヤツヤの刺身と、味噌汁を並べる。

いつもは会社用のPCに半分占領されているテーブル。
でも今日は違う。
そのPCはクローゼットの奥深くに追いやられている。
今日は、テーブルを全部私のために使うんだ。

「いただきます。」

お気に入りの箸で、ブリを取る。
醤油とわさびを少しつけて、口に運ぶ。

ブリの次は、炊き立ての白米だ。
大きな一口をとって、すかさず口に運ぶ。

あまりの美味しさに思わず一人で叫びそうになった。

私のために、私が選んで、作ったご飯。

私は今日、自分のために食べたいものを食べた。
そのことがただ嬉しかった。

なんとなく適当に済ませたのではなく、一つ一つ選び取って、自分の心に素直に行動できたのである。

私は今日、私を取り戻したのだ。

「ご馳走様。」

そうして食べ終えた後、とっておきのアレを取りに、私は浮かれた足で冷蔵庫に向かう。

季節は秋、そう、冷蔵庫で冷やしておいたシャインマスカットだ。

私を取り戻した記念すべき今日に、私は私の好きなものを私に贈った。






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