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篤があつしに変わるまで 4 『2つの「たら・れば」』

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「わかりました!」
 実はなにもわかっちゃいない。
 なにがなんだかわからないが、とにかくボクが本を書けば、この人が本を出してくれる。
 どうもそうらしい。

 本ってそんなに簡単に出せるものなのか?
 いや、しかしこの人は出版社の社長だ。
 まさか、思い付きでや気まぐれで「出版しようよ」とは言わないだろう。
 でも・・・、本当にボクでいいのか?
 本当にボクなんかが本を書いていいのか?
 いや、そもそもボクに本なんか本当に書けるのだろうか・・・。

 ボクは、再び思考の迷路をさまよい始めていた。

 だめだ。考えれば考えるほどわからなくなる。とりあえず考えるのはやめにしよう。
 これ以上考えても仕方がない。これ以上ここにいてもらちがあかない。とにかく、早く家に戻ってさっそく取り掛かってみよう。

 幸い、接客を終えた憂鬱なオペレーターは、パソコンの前には座らずに自分の机で雑誌を広げて読んでいる。
 もうボクの説明を受ける気もないのだろう。
 福島社長の登場は、彼女にとっても「予期せぬ援軍」だった、ということか。

 そうとなれば話は早い。
 百人一首はまた次の機会でいいだろう。

 人間の運命に「たら・れば」はないと言う。
 しかし、あの日、あの時間にボクがあそこにいなければ。
 いや、仮にいたとしても、もしマックの電源が消えていたら。
 今でも、この2つの「たら・れば」が頭をよぎる。

 その後、実際に自分の本が世に出るまで、いくたびもの「たら・れば」の綱渡りをしなければならないことなど、家路に急ぐボクには知る由もなかった。

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