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温暖化した世界で生きる


二酸化炭素 CO2 は「究極のゴミ」

 気候変動の直接の原因は二酸化炭素 CO2 ですね。これはいわば「究極のゴミ」と言えるものです。
 SDGs 17項目のうち他のものについては、語弊があることを承知で言いますが、解決策はいくらでもあるのです。例えば、

#2 飢餓をゼロに
   → 農地を広げて、どんどん作って、ひたすら運べ
#4 質の高い教育をみんなに
   → 世界中のすべての子供に ipad を買い与えよう
#7 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
   → あらゆる場所にソーラーパネルを敷き詰める

 このように、他の項目と矛盾していいなら、その項目だけを見て他の項目を無視していいなら、何でも言えてしまいます。だから企業も易々と入り込めるのです。
 けれども「 #13 気候変動に具体的な対策を」だけはそうじゃない。二酸化炭素は究極のゴミだから、何をやっても大抵のことはここに返ってくるのです。やればやるほど二酸化炭素が増えるから、逃げようがないのです。
 その意味で、これが最も難しいとも言えます。真っ先にやるべきことでもあります。

「具体的な対策」には2つの方向性がある

 さて、SDGs の目標 13番目のタイトルは「気候変動に具体的な対策を」ですが、ここで言う「具体的な対策」には2つの方向性が想定できます。
 1つは「気候変動を食い止める」ための「具体的な対策」です。こちらを想定する人がおそらく多いのでしょう。けれども、他の方向性もありますよ。
 もう1つの方向性は、気候変動が現実となった際に「温暖化した世界で生きる」ための「具体的な対策」です。つまり、気候変動を既定の現実と受け止めて、その先を考える立場です。すなわち、どうやって生き延びるか? どうやって食いつなぐか? という話です。
 確実に食い止められるなら、前者の方向性だけを想定すれば良いでしょう。けれども、そうでないなら、後者の方向性が必要です。私はこれから後者の方向性で語ります。

温暖化の何が問題なのか?

 大気中の二酸化炭素 CO2 が増えれば、気温が上がり、気候が変わります。気候がどのように変わるかというと、典型的には降水量が変わります。内陸国では降水量が減って干ばつになり、日本のように海に囲まれた国では降水量が増えて台風・洪水も増えるでしょう。(※1)
 ところで、そもそも SDGs 17項目全体で何を問題にしているかというと、端的に言えば「今のままでは人類の生存が脅かされるのではないか?」ということだろうと思うのです。要するに「現代文明が終わる」可能性を踏まえながら「多くの人が生き延びる」術を探っているのだと思うのです。そしてそうなると、真っ先に確保したいのは食料です。

(※1) 雨は地球の冷却システムです。太陽から届く熱を、水の循環を利用して宇宙に排出することで地球の温度は保たれています。太陽から届く熱の総量と宇宙に排出する熱の総量は同じです。熱は一時的に地球にとどまっているわけです。
 温暖化とは「一時的に地球にとどまる熱が増える」ことです。それをもたらすのが二酸化炭素などによる温室効果ですが、太陽から届く熱量はこれからも変わりませんから、最終的に地球から出ていく熱量も変わりません。ですから温暖化が進んでも、地球全体の降水量はそれほど変わらないはずなのです。
 ですから「内陸国では降水量が減って干ばつになり、日本のように海に囲まれた国では降水量が増えて台風・洪水も増える」という予測が立つのです。

日本ではむしろチャンスと捉えよう

 二酸化炭素が増えて、気温が上がって、日本で雨が多くなるなら、農業にとってはとても良いことなのです。世界の他の国ではそうでないケースも多々あるでしょうけれど、日本にとっては比較的有利な状況です。(※ 2)
 でも、東京ではきっとダメでしょう。農地が無い。いや、その前に人口が多すぎる。(家庭菜園にも有利に働くでしょうけれど、「生き延びる・食いつなぐ」にはまるで足りない)
 一方で、田舎ならたぶん大丈夫。暖かい気候の中で、水と二酸化炭素をたっぷり吸って、農作物はすくすく育つことでしょう。SDGs の他の項目を達成する可能性も出てきます。
 しかも今は田舎にチャンスが溢れています。農業従事者の高齢化、後継者不足、耕作放棄地の増加 … など、危機のように言われていることのいずれもが、考えようによってはすべて大いなるチャンスなのです。都会を離れて、地方に住んで、これから農業を始めようという人にとっては特にそうでしょうね。

(※ 2) 余談ですが、宮沢賢治の童話の中にも「二酸化炭素による地球温暖化」の話が出てきています。1932年(昭和7年)発表の童話「グスコーブドリの伝記」です。

ある晩ブドリは、クーボー大博士のうちを訪ねました。
「先生、気層のなかに炭酸ガスが増えてくれば暖かくなるのですか。」
「それはなるだろう。地球ができてからいままでの気温は、大抵空気中の炭酸ガスの量できまっていたと云われているくらいだからね。」

 でも、これは「社会に警鐘を鳴らしている」わけではありません。むしろ逆で、そこにあるのは「東北地方の冷害対策」という発想ですから「二酸化炭素による地球温暖化」を良いものと受け止めているということでしょう。

持続可能な未来は食料から

 現在の農業は、肥料と農薬を撒いて、機械を使って耕して収穫して、さらに世界中に運んで、プラスチックで包んでいます。肥料も農薬もプラスチックも元をただせば石油ですし、機械の動かすのも運搬するのも燃料は石油です。現代に住む私たちは石油を食べて生きているようなものです。
 そこそこ美味しくて、まぁまぁ安全なものを、いつでもどこでも大量に安く消費者に届けるのが、現代農産業の基本方針だと言えるでしょう。
 食料によって得られるカロリー(エネルギー)よりもはるかに多くのエネルギー(石油)を投入しているのが現実で「現代人が排出している二酸化炭素の ◯◯% が食料の生産と輸送に因る」という報告もあります。(※ 3)
 そしてその裏で「食べられるのに捨てられる食品(食品ロス)が多い」こと、「飢餓と飽食が同時に並行して存在する」ことが問題になっています。
 それらのことを考えると「地産地消」という言葉が表す世界が進むべき方向でしょう。端的に言えば、田舎に住んで農業に勤しむ人が増えることがいま最も必要なことだろうと、そしてそれを実行した人が生き延びるだろうと私は思うのです。
 まずは自分が生き延びるためです。そして多くの人がそれをやれば未来は変わるでしょう。

(※ 3) 「現代人が排出している二酸化炭素の ◯◯% が食料の生産と輸送に因る」の◯◯にどんな数字が入るのか? それについて私が根拠を示すことはできませんが、聞いた話を紹介しますと、NHKの番組の中で「4分の1(=25%)」という数字を挙げていました。また私が視聴した オンラインのイベント の中で「3割(=30%)に達するという試算がある」という発言がありました。
 どちらの数字も、私は確認はできませんが、「ざっくりそれくらいかな」とは思います。

脱炭素社会を当てに出来るのか?

 脱炭素社会が実現するかもしれません。可能性はゼロではないでしょう。でも、当てには出来ないと私は思うのです。当てにしたら騙されて酷い目に遭うような気がします。

◇ 炭素の流れには2系統ある
 炭素の流れ(大気中の二酸化炭素が増えたり減ったりする要因)には「地表の植物」と「地中の資源」の2つの流れがあります。この2つをきちんと区別して捉えましょう。
 そうすると「化石燃料を使って発生した二酸化炭素を森に吸収させる」という話の無理が見えてきます。それは、短期的・局所的には成り立つように見えるかもしれませんが、中長期的・大局的には成り立ちません。

炭素の流れ

 地中から掘り出した分の二酸化炭素は、ずっと大気中に残るのですよ。そう考えましょう。

◇ 掘り続ける人々
 脱炭素社会、カーボン・ニュートラル、持続可能(サステナブル)… いろんな言い方があって、立て続けに聞いていると、ふと安心した気持ちになりそうですが、いやいや、現実を見てください。化石燃料の生産量も使用量も、二酸化炭素の排出量も、大気中の二酸化炭素濃度も、増え続けていますよ。

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 でも政治家も企業も、みんなこぞって言うんですね。「我が国は(ウチの会社は)二酸化炭素を減らす(出さない)」と。個々のケースも怪しいと私は思っていますが、全体として見ると明らかなウソです。そう受け取った方が現実的だと私は思います。

◇ 効率アップを埋めるもの
 メーカーが二酸化炭素を出さずに製品を作ることはほとんど不可能です。そこでメーカーが言えるのは「他のに比べれば良い」ということです。典型的な言い方は「効率アップ省エネ」という言い方で、そこだけ見ると、なるほど良いことのように見えます。
 さて、問題は「浮いたエネルギー・資源・お金をどうするか?」です。結局のところ、浮いた分を人は他の用途に使うに違いないのです。

・(消費者) 他の欲求を満たすために …
・(生産者) 他の需要に応えるために …
・(金融機関)残ったお金を融資投資して …

 こうして結果として少しも省エネにならないのが常なのです。資本主義社会の当然の振る舞いだと言えるでしょう。

◇ 「一人一人ができること」の効果のほど
 ペットボトル・リサイクルを推進する一方で、ペットボトル消費量は増えるばかりです。レジ袋が有料になる一方で、スーパー・コンビニのほとんどすべての商品がレジ袋より遥かに大量のプラスチックで包装されています。
 「一人一人ができること」は地球規模の問題を個人レベルの問題に小さくしているわけですが、結果として「人に安心感・満足感を与えるだけで、全体で見ると何も変わっていない」(むしろしばしば悪化する)のです。その点では省エネと同じですが、むしろ「人の心に踏み込む分だけタチが悪い」と私は思っています。みなさんはいかがお感じですか。

まとめ

 今から気候変動を食い止めようとしても、すでに手遅れかもしれませんよ。一方で、今から農業に転身すれば、何とか間に合うでしょう。
 考えてみると、二酸化炭素が増えて、気温が上がって、日本で雨が多くなるなら、農業にとってはとても良いことなのです。
 かく言う私は、実は都会に住んでいて農業をしていません。ですから今のところ、口先だけです。そんな私だからこそ、自分の背中を自分で押すつもりで、言いたいのです。「都会を離れ、地方に移住して、農業を始める」、それが温暖化した世界で生きるための唯一にして現実的な対処法だ、と。

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▷ 首都直下地震が怖い  
▷ 温暖化した世界で生きる
▷ SDGs は食べ物から   

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SDGs と向き合う方法 〜  
▷ 気候変動の回で何を語るか?   ┐ ▷ エコロジストの3つのベクトル
▷ 何をもって持続可能を言おうか? ┼ ▷ 温暖化した世界で生きる   
▷ 「一人一人ができること」の効果 ┘   + リハーサル動画     

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