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野生のリサイクル

野生のリサイクル

 ライオンが獲物を捕えて、食い散らかす。その後、ハイエナが残り物をあさり、そのまま放置する。続いてネズミや虫がやってきて、取れるものだけ取って、去る。最後には微生物が獲物を分解する。誰もゴミ処理のことなど気にもせず、食い散らかして放置することで、自然の中でリサイクルされる。
 庭の落ち葉を放っておけば豊かな生態系になるだろうに、人はせっせと掃き集めて自治体のゴミ処理に出す。人は、カラスが生ゴミをあさることを断固として許さず、人糞を一刻も早く身辺から遠ざけることに精を出す。自然によってリサイクルされるのを極力避けて、科学と経済の力によるリサイクルを目指しているということか。
 人の社会では、一定の手続きを経ることで物を所有できる。勝手に自分の物にしたら、泥棒と呼ばれる。使用済みの物を廃棄する際にも所定の手続きが必要で、それをしないと不法投棄もしくは近所迷惑と呼ばれる。多くの物を所有すれば、多くのゴミが発生することは必然で、それをいかにリサイクルするかが課題になる。
 一方、野生の世界には、所有にも廃棄にもルールは無い。勝手に捕まえて、勝手に捨てる。そうすることで、野生のリサイクルが成立する。ライオンが丁寧にゴミ処理したら、ハイエナは困るだろうな。手続きを経なければ微生物が獲物を分解できないとしたら、みんな困っちゃうだろうな。

 このリサイクルのやり方を人間社会で実践するには何かしらの障害が発生するのかもしれないが、忘れちゃいけない観点のように思う。

オレが死んだらライオンのエサにしてくれ

 こんな遺書を考えた。

オレが死んだら、遺体をライオンのエサにしてくれ。
残ったものは虫のエサに、最後は微生物のエサにしてくれ。

 ボクたちは生き物を食べている。レストランでも家庭でも、食事でもおやつでも、ボクたちが口にしているものは、水と塩以外はすべて動植物だ。太古の昔から現代に至るまで、どんなに科学技術が進んでも、その事情は変わらない。
 先日動物園に行って、園内のレストランで昼食をとっているときに、その考えが浮かんだ。けれどもその場に一緒にいたのが娘とその友達だったから、いくらなんでも場違いだと思って黙っていた。草を食う動物、肉を食う動物を見物して、その途中にボクらは草と肉を食っていた。同類である。
 ボクたちは生き物を、生き物だけを食べている。まわりに人工物があふれている中で、食べ物だけはとことん自然の産物なのである。当たり前のこととはいえ、つい忘れそうになることでもある。そのときはたまたま動物園で思い出した。
 
 人が死んだらその後どうなるか? 自然に帰るというのが1つの答えであるならば、ライオンのエサになるのも選択肢の1つとして悪くない。

みかん畑の SDGs

 こちら をどうぞ。

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死ぬまで生き延びる方法 〜
▷ 農地的な生き方     
▷ 野生のリサイクル    
▷ 幼児と老人が気が合うわけ

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