米Appleが複数の自動車メーカーと接触 その狙いとは:「MaaS」と自動車産業の未来(思惟かねのWeekly News 22 Vol.6)

この記事は、Youtubeで水曜日に放送している「思惟かねのWeekly News 22」第4回で放送した内容の記事です。

◆ニュースの概要

2月8日、iPhoneなどで知られるアメリカのApple社が、韓国の現代自動車と行っていた自動運転車の開発についての協議を打ち切ったことが、ロイター通信により伝えられました。
また2月15日にはファイナンシャルタイムズが、Apple社が自動運転車の開発に関連して日産自動車にも接触していたと報じました。

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こうしたニュースにも伝えられる通り、自動運転車へのコミットが徐々に明らかになるApple。
しかしなぜ、IT企業であるはずのアップルが自動車産業へと手を伸ばそうとしているのか?

今日はその裏にある自動車産業の大きなトレンドと、今まさに起きようとしている変化についてお話していこうと思います。


◆Appleと自動車産業

Googleなどをはじめとするテックジャイアント、いわゆるGAFA-Mの一角として知られるApple社

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現在その時価総額は200兆円を超え、年間売上高は26兆円。世界最大の自動車メーカーの一つである日本のトヨタと並ぶ巨大企業です。

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Appleは売上の約80%をiPhoneをはじめとするハードウェアの売り上げが占め、残り20%をApple MusicやiCloudなどのサービス事業が占めます。当然、自動車に関する売り上げはゼロです。
しかし以前よりAppleは、ライバルであるGoogleと並んで自動運転技術の開発に積極的に取り組んでいることが伝えられていました。

一方で2019年には、同社が190人もの自動運転部門での人員削減を明らかにしていました。

こうしたことから、一部ではAppleは自動運転から撤退するのではないかという見通しが強まっていましたが、しかし同社は依然として自動運転プロジェクト自体を中止したわけではありませんでした。
2020年12月にはApple社が2024年に一般向けの乗用車の生産を目指していることが報じられ、プロジェクトが再び大きく前進していることが明らかになりました。

そして今回のニュースでは、こうした計画に向けて生産を委託する自動車メーカーとの協議が積極的に行われていることが明らかになりつつあります。

しかし、なぜそもそもコンピュータ企業であるAppleが自動車産業への参画を算入しようとしているのでしょうか?
その答えは、次世代の自動車のトレンドにあります。


◆次世代の自動車のキーワード:CASE

2021年、今自動車産業は一つの大きな転機を迎えようとしています
前回の日本半導体産業のトピックでもお伝えしたそのキーワードが「CASE」(ケース)です。
CASEは2016年ごろに提唱された言葉で、

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Connected(ネットワーク接続)
Autonomous(自動運転)
Shared&Service(カーシェア)
Electric(電動化)

という自動車にこれから起こる大きな変化の総称です。つまり、これからの自動車は5Gネットワークに接続され、高度な自動運転が可能になるとともに、より一層シェアリングサービスが発展し、そしてその多くがEVになる…と考えられています。

ここで初めて、Appleと自動車という二者が繋がってきます。
つまりCASEという変化によって、自動車はネットワークに繋がり、高度に電子制御されるようになる…これはある意味で、自動車がスマートフォンとよく似た存在に変化するという風に考えることもできます。

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その先駆けが、現在の自動車でも一般的になりつつある「Apple Carplay」です。

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iPhoneを自動車に接続することで、iPhoneを使った音楽再生やナビゲーションが利用できるCarplayは、現在多くの自動車で採用されています。見方を変えれば、自動車がiPhoneを通してネットワークに接続することで、高度な検索やナビゲーション、ストリーミングサービスを利用することができるようになったとも言えます。

今のところは、まだ音楽再生やナビといった一部の機能のみしか使われていません。
しかしこれが、例えばiPhoneを介して高度な自動運転機能が提供されるようになったら?あるいはiPhoneそのものが車と一体化して一つのシステムになったら…?

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こう考えてみると、なんとなくAppleが思い描いている「未来の車」の姿と、そこに参入する思惑が見えてくるのではないでしょうか。
AppleはiPhoneに続く新たなコンピュータ・ハードウェアとして、自動車をターゲットにしているのです。


◆本当に大事なのは「形のないもの」

しかしこうしたAppleの意図を読み解くには、ただハードウェアとしての自動車に注目するだけでは不十分です。
むしろ重要なのは、ハードウェアではない「形のないもの」…つまり「サービス」と「ビッグデータ」です。


突然ですが、皆さんは「ドリルを買う人は何が欲しいのか?」という話を知っていますか?

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この答えは「」です。お客さんはドリルが欲しいのではなく、ドリルであけられる穴が欲しいのです。

これと同じで、私たちは何のために自動車を買うのでしょうか?
もちろんドライブやスポーツ的な楽しみとして買う人もいるでしょう。けれど大半の人は「移動するため」に自動車を買うのです。
言い換えれば大半の人は、自動車が欲しいのではなく、自動車が提供する「どこへでも移動できるというサービス」が欲しいのです。

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こうした考えが、今現実になろうとしています。
そのキーワードが「MaaS(Mobility as a Service、マース)」と呼ばれるものです。

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もしこのMaaSが実現するとしたら、例えばこんな形でしょう。
皆さんはどこかへ移動するのに、自家用車を買う必要はありません。代わりに無数の自動運転タクシーが街中を走っていて、スマートフォンから呼び出せばどこからでも乗ることができます。
これはタクシーの配車サービスであるUberなどが、有人ではありますが既に部分的に実現していますね。

もし遠くへ旅行に行くときは、この自動運転タクシーが鉄道などの別の交通手段とも自動的に連携します。ついた駅で指定の電車に乗り、行き先に着けばまた自動運転車が勝手に出迎えてくれる。何も考えず、移動が一つのサービスとして有機的に連携して提供されるのです。そしてその全てが、例えばスマートフォンなどから一つのアプリで決済できる
…こんな時代が、10年以内には到来すると考えられており、そのために自動車や鉄道各社はこのMaaSに向けて大きく力を入れています。

実はこうしたMaaSサービスは既に一部の地域で実現していて、フィンランドの企業であるWhim社がタクシーやバス、鉄道やカーシェアなどを連携させて「定額制」での移動というサービスを提供しています。2019年には日本でも試験的にサービスがスタートしました。
もはやMaaSというのは夢物語ではないのです。

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ではそんな未来では、どんな技術が重要になるか?
いうまでもなく、それはネットワークに繋がれた自動車。そして自動運転サービス、シェアリング。つまりCASEです。
CASEMaaSは、このように深くかかわりあっているのです。

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また、あらゆる移動が一つのサービスとして提供され、そのいずれもがネットワークに繋がっている
ということは、どれだけの人がどこからどこへ移動する、という情報…移動データが、今よりもはるかに高精度に大規模に集められるようになります。

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これはMaaSサービスの効率化はもちろんのこと、それ以外のビジネスにも巨大なビジネスチャンスを生み出します。
イメージしやすいものだと、人が多く通る場所や、その人通りの多い時間帯を瞬時に把握できます。あるいはある場所を通る人が会社に行くのか、旅行に行くのか、買い物に行くのか、ということも他のデータと結び付ければ分かりますから、効率的な集客方法やターゲット選びが可能になります。いわゆるビッグデータを使ったマーケティングです。
当然これはビジネスをする側にとって、喉から手が出るほど欲しい情報でしょうね。たとえ多額のお金を使っても

こうしてみると、MaaSの大きな軸となる「自動車のネットワーク機能とデータを握る」ということが、どれだけの利益を生み出すかが想像できるのではないでしょうか?
Appleが、そしてGoogleが自動運転を通して狙っているのは、まさにこうした移動サービスの中核を担うこと、プラス、それによってもたらされる高精度な移動ビッグデータがもたらす利益なのです。

ただ自動車を作って売る、従来の「ドリルを売っていた」自動車メーカーとは根本から違う変化を、AppleやGoogleは起こそうとしているのです。


◆自動車メーカーの反抗

もっとも、こうした動きを自動車メーカーも黙ってみているわけではありません。
実際あのトヨタ自動車までもが「100年に一度の大変革期」「勝つか負けるかではなく、生きるか死ぬか」という強い言葉で、その危機感を公言しています。

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それは前項でお話ししたように、自動運転システム通信システム、それを組み合わせたMaaS移動ビッグデータといった中核部をGoogleやAppleに握られてしまった場合、もはや自動車メーカーはただの大きな「部品メーカー」に転落してしまうからです。
ましてや、MaaS時代が到来すれば、自動車の販売台数は今後15年で半分になるという予測もあります。自動車産業にとって、これからのCASEとMaaSによる大きな変革は業界が始まって以来の大きな試練です。

そのため、例えばトヨタはソフトバンクと手を結び、こうしたテックジャイアントの動きに対抗しようとしています。
自動車メーカーにとって、MaaSでの主導権を握ることが、新車販売の激減を補い、新たなビジネスを掴むために必須となっているのです。

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こうした主導権争いの上で、何といっても自動車メーカーの強みは「自動車」という製造に多数の部品と複雑な製造設備、そして有形無形のノウハウが必要なハードウェアの根本を押さえていることです。

例えばiPhoneMacなどの電子機器などは比較的自社製造が容易です。適切な部品を世界中のサプライヤーから調達できますし、Appleがそうしているようにプロセッサーなどを自社で設計することもできます。製造を請け負う業者(ファウンドリ:前回を参照)もいます。

けれど、自動車はそうではありません。世界広しといえども、世界で最も複雑で、広範な技術力と耐久性、安全性が求められる自動車というハードウェアを作れる企業はそう多くはないのです。
だからこそ、Appleはコンピュータのような自前主義を曲げてまで、現代自動車(の旗下の起亜自動車)や日産自動車など自動車メーカーと交渉を行っているのですね。


しかし相次ぐ交渉決裂のニュースを見る限り、交渉ははかばかしくないように見えます。
それも当然のことで、先ほどの通りAppleと自動車メーカーは、いまや次世代の交通システムの中核をどちらが握るかという、異業種でありながら直接的なライバル関係にあるのです。

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おそらくAppleはなるべくそうした情報を開示せずに、ただ自動車を製造することだけを依頼したいのでしょう。
しかし自動車メーカーは、それではたとえ生産台数だけは増えても、長い目で見ればビジネスとしての競争力のコアをAppleに奪われてしまい、やがて自動車の販売台数が減少していく中で没落してしまうことが見えているのです。

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こうした両者のせめぎあいが、一見して「おいしい」ビジネスに見えるアップルカーの交渉を難しくしているのだと思われます。


◆「Appleカー」は実現するか?

近いうちに巨大なライバルになるであろうAppleに、おそらく自動車メーカーは簡単には肩入れすることはないでしょう。
また現在の情勢から、Appleカーは今なお最先端の技術であるEVとして登場すると思われ、それを製造できる自動車メーカーはごくごく限られた数しかありません。
その中から目先の利益につられてAppleの条件を飲み「部品メーカー」になりたがる自動車メーカーがすぐに出てくるとは考えづらいのではないでしょうか。

もっとも、CASEやMaaSといった自動車の革新がこれからさらに加速していく中で、そうした波に乗り損ねたメーカーが「このまま潰れるよりは」とAppleとの協業を選ぶ可能性はあります。
また、交渉が難航すれば、Apple側が条件面で譲歩してくることも考えられるでしょう。

確かにブランド力やネットワーク社会との親和性という点で、Appleは強力なプレイヤーです。
しかし自動車というカギとなるハードウェアを握っているからこそ、現時点ではまだ主導権は自動車メーカーの側にあります。果たして自動車メーカーはその有利を生かして、自動車の革命をその手で行うことができるのでしょうか?


自動車メーカー対テックジャイアント。
今後数十年を左右するこの大きな戦いが、今まさに静かに幕を開けつつあります。

これから皆さんが聞くであろうAppleカーにまつわるニュースは、そうした水面下の動きをきっと映しているはずです。
これからも各社の動きに注目していきたいですね。


Virtual Broadcasting Center、VBCの思惟かねがお伝えしました。

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なお文中画像は全てWikipediaより引用・改変して利用しています。
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この他にも技術・政治・科学ニュースの解説や、VRやVTuberに関する考察記事を投稿していますので、お時間あればぜひごらんください。

また次の記事でお会いしましょう。
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今回も長文にお付き合いいただきありがとうございました。
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