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雪と肉まんと、彼の笑顔。

明日、東京は雪の予報。
雪と聞くと、思い出す人がいる。

これはもう何年も、向こうの話。
だけど忘れられない、あの時の彼の笑顔。



わたしが育った街はとっても田舎で
外灯も信号機もなく。
夏には田んぼの蛙が合唱するし
夜道にはたぬきが飛び出して来るような場所だから

もちろん、電車もバスも通っていない
移動は車か自転車の世界。

大体の家はひとり一台車を保有していて
もちろんわたしも車の運転をしていた。

ある日、コンビニのバイトにいつも通り車で行った日
仕事の途中で雪が降ってきた。

若かったわたしには責任感など何もなく

ただただ
外を眺めて雪が落ちてくる様子を見ながら
ぽけーっとして
4時間分のお時給を頂いた。

帰る時、うっすら積もってしまった雪。

雪を眺める仕事しかしなかったわたしに店長は、

「寒いから、肉まん持ってきますか?」とすすめてくれた。

その肉まんはほかほかと湯気を上げ
店長の頭みたいでかわいくて。

ひとつずつ丁寧に包んでくれた優しさに
ほこほこしながら車に乗った。

雪の日の運転は初めてだけど、

「積もってないし!雨と同じ。」と張り切って乗り出した。

家に帰るには、まずコンビニを出て左折。
そのまままっすぐ走って
最後に一回右折するだけ。

余裕。

まず、左折! 

「えっ…」

早速滑った。

スリップして車が斜めになり、
少しだけ道を塞ぐ形で停車したところ

ブレーキが間に合わなかった後続車に
突っ込まれた。

最大限のブレーキのおかげで、
ほんの少し『コツン…』くらいの衝撃。

「ごめんなさい、大丈夫ですか?」と、わたしより少し年上のお兄さんが降りて来た。

なんとなく、この辺の人じゃないような
ちょっとだけ都会の匂いがした。

「大丈夫です、こちらこそ滑ってごめんなさい。」

自分が悪くても悪くなくても、まず謝ってしまうのはこの頃から変わっていない。

「車は大丈夫かな。」と言うお兄さん。

「大丈夫だと思います!ごめんなさい。」
わたしは何度も謝った気がする。

少し話してから
じゃぁ、と言ってお互い車に乗り
また前後に連なって走り出した。

信じられないかもしれないけど
次の信号で止まった時にわたしはまた、衝撃を感じた。

そんなこと、あるのか。
そもそもこの辺のドライバーは皆
冬になるとスタッドレスタイヤに履き替える。

なのに、二度も当たられた。

ハザードをたいて、車を降りお兄さんのもとへ。

「なんか、すみません…大丈夫でしたか?」
との問いかけに

なぜだかわたしは

店長が持たせてくれた肉まんをお兄さんに差し出していた。

「気にしないでください。あの、肉まんふたつあるんで食べませんか?」

過去の自分に問う。
なぜ、2回も当てられた相手に肉まんを差し出した?

でもあの頃の自分は
お兄さんになぜか運命的なものを感じてしまった。

今ならわかる。それは違うこと。
でもあの時のわたしはわからなかった。

全て若さのせいにしよう。

雪が降ったのも、スリップしたのも
店長が肉まんをふたつもくれたこと
ぜんぶ神様が仕組んだこと。
全てはふたりが出会うため。

そう、わたしは少女漫画を読みすぎていたのだ。

肉まんを食べながら、ふたりは少し会話をした。

最初に滑ったとこの近くのコンビニで働いていること、

そこの店長はとてもいい人で今日は雪だから肉まんをふたつくれたこと、

店長はいつもわたしに敬語で話してくれること、

ちょっとこの肉まんと店長の頭が似てること

傘もささずに、話した。
雪がふたりをロマンティックに演出する。

肉まんはもうすっかり冷めていた。
けれど、反対に心があったかくなっていた。

お兄さんは、今度コンビニに来てくれると言った。
今日のお詫びがしたいからと、次のシフトを聞かれた。

雷に打たれた気がした。(雪だけど)
ビリビリ感じる、これは。

これからふたりは何かが始まるんだ。

また会える約束をしたから
その日はお互いに名乗らなかった。

少し頭に雪が積もっていたので
はらってから車に乗り込み

バイバイをした。

無事に家につき
ぽやぽやしながらお夕飯を食べ
一連の流れを両親に話したら
こっぴどく叱られた。

まず、どんな事故でも事故は事故だから警察を呼ぶこと。

事故をした時に、体にすぐに症状が出ない場合もあること。

自分が反対の立場だったら、相手を思い絶対に警察を呼ぶこと。

その前に、まず
迎えに行くまで待ってたらよかったのに!と。


両親が、車よりわたしの体を心配してくれて
少し冷静になれた。

そうだ、思い出した。
お兄さんはわたしの体を心配してくれる発言はしていなかった…。


「相手の連絡先は?」と聞かれ

「今度コンビニに来てくれるって」と答えるわたしに

両親は呆れ顔。

「逃げられたな!!」と。

その日からコンビニの自動ドアが開くたび
お兄さんを待ったけど
わたしがそこを辞めるまで来なかった。

親の言うことは、大体いつもあっている。

無知とは怖いもの。
人は痛い目にあって、初めて気づくこともある。

あの日から
人を見たらドロボウと思うようになった。


雪と聞くとあの日のふたりを、客観視する
わたしが出てくる。

きれいに雪が舞っていた。
ドラマの主人公になったみたいだったよ。

勘違いでも、ヒロインでありたかったあの頃のわたし。

あの優しい笑顔のお兄さん。
今どこで何をしていますか?

一瞬でも好きだったから

しあわせでいて欲しいと願うわたしは

どこまでもおひとよしでアホなのかもしれない。

事故の次の日。
日が出て明るくなってから車をチェックしたら

ちょっと傷になっていたのも

いい思い出かもしれない。

いや、よくないわ。

でも、命があるからよしとしようよ。

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