見出し画像

何を選んだって後悔するんだよ

意思がこもったトスに見惚れてしまった。

高校生の頃、憧れの先輩がいた。自分より3学年上の戸澤先輩だ。
入部した男子バレーボール部のOBとして練習を見にきてくれることが度々あった。私と同じポジションの先輩で、戸澤先輩が上げるトスは私と違って、強く意思がこもっているものだった。
戸澤先輩が上げるトスを見た時、スパイカーに委ねるような優しいトスをモットーとしていた私はかなりの衝撃を受けた。
そんなプレーをしてもいいのか、と。

先輩にはトスのいろはを教えてもらったが、正直なところあまり参考にならなかった。
なぜなら私と体格もプレースタイルも考え方も丸切り違ったからだ。
でも明らかに自分より上手な先輩の姿は憧れであり、追いつけない存在だった。


時は流れ、大学生になった私も後輩たちの部活の練習に参加するようになると戸澤先輩と一緒のチームでプレーをする機会が多くなった。
戸澤先輩はとにかく周りの状況を見て、勝利のために懸命に考えを巡らせていた。
それはバレーボールだけではなく、もはや生き方にさえ思った。
憧れの先輩は何を考えプレーをし、生きているのか。
純粋な強い興味にかられた私は自分からアクションを起こし、一緒にご飯を食べに行く機会を設けてもらった。

渋谷のスペイン料理店。
20歳を超えた私はお酒も飲めるようになり、社会人の戸澤先輩に連れられて少し背伸びをしたその店で色々な話を聞いた。
就職の時の話、大学生のころに考えていたこと、今やった方がいいこと。
話は多岐に渡ったが、戸澤先輩はいつも少しおどけながら、「俺はそんな尊敬されるようなことしていないけど」と言いながら自分の体験を等身大に教えてくれるのだった。
おしつけがましいことも、答えを出すようなことも言わない。ただただ私と真正面から話してくれるのであった。

例えば就職したときのこと。
戸澤先輩は大手の不動産会社に就職をしていた。
まちづくりに関する仕事をしながら、将来どんなことがやりたいのかをおしえてくれた。大手の会社名に面食らう私だったが、そんなことよりもとにかく実直に、自分のやりたいことに向き合う戸澤先輩の姿は輝いて見えた。
大手に入りたい、将来でかいことをやりたいという漠然としたやる気だけで鼻息荒く生きていた私にとって、地に足のついた戸澤先輩はとてもかっこよかった。

何回かご飯に連れて行ってもらうなかで、私が将来にむけてウダウダと悩みを打ち明けたときだった。
「でもさ、何をやったって後悔するんだよ。だからこそ、今やりたいことをやった方がいいんじゃないの?」
大学でバレーボールをやりながら、将来新聞記者になろうと考えている自分にかけてくれた言葉だった。
大学の部活を途中離脱してまで、将来の夢につながりそうな長期インターンシップにいくべきか。
自分にとって都合のいい選択肢を天秤に乗せて悦に浸っていた私に、物事の覚悟を決める一言をくれたのは戸澤先輩だった。

それからというものの、この「何をやっても後悔するから今やりたい方を選べ」という指針は自分にとって大きな軸となった。

その考え方が大きく現れたのは就職活動の時。
音楽系の会社と新聞社から内定をもらい、大好きなアーティストと一緒に仕事をするか、まだ見ぬ様々な人に話を聞く仕事をするのか迷った。
私は当時、とにかく色々な人に出会える新聞記者の方がワクワクすると思って音楽系の会社の内定を辞退した。そしてその選択は見事に自分に合っていたと思う。
音楽フェスに行くたびに音楽系の会社で音楽にまみれる生活も楽しかっただろうという後悔を感じる。ただ、自分にしか書けない記事を書き、出会ったことのないような人に会えたこれまでの体験はとても貴重に思い、その後悔よりも大きな財産を得たと感じる。


徐々に寒さも増してきた。今の会社で人事異動があり、退職者や家庭の事情で長期休暇をとる職員がいるなか、自分の今後の身の振り方についてもいつも頭の中に漂っていて、考えを巡らせている。

まだ答えはでない。
今の会社でまだまだできることもしたいこともあるし、新しい道、またはこれまでの道にもどって生活することも考える。
また、パートナーと一緒に住むことも、自分一人で好きなところへ行くことも視野に入っているが、そのどちらの道を選ぼうか迷い続けている。

でも戸澤先輩に言われた「何を選んでも後悔するから好きな方を選べ」という言葉がある。
この言葉を何度も思い返すと、無駄な悩みが剥がれる感覚がある。
その先に残った大切にしたいことを見つめ、ここから歩み出したいと思っている。
そしてそこにはパートナーの顔が浮かぶし、大好きな親友たちと笑い合っている姿が浮かんでくるのだ。

何をしても後悔というのは生まれてしまう。ただ、その後悔に引っ張られすぎず、大切にしたいものはなんなのか。
今、自分は徐々にはっきりとしてきている大切なものたちを抱えながら、この人生の岐路を歩もうとしている。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?