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非常勤講師(26) 部活に嫌いな生徒がいる

 高田裕司は、春から週2回非常勤講師として教壇に立ち始めた中学校で、サッカー部の顧問をやっている教師に空き教室へと呼び出された。

 「高田くん、大学までサッカーやってたんだって?
  部活手伝ってもらえない?ってか、監督やって。
  おれサッカーやったことないし、運動神経ないから困ってるんだよ。」

どうせ暇だしな、と思っていた高田は二つ返事でOKした。授業よりも多い、週4回の頻度で学校に来て、監督として練習の面倒を見ることになった。

 引き受けてみて後悔した。
 みんな驚くほどサッカーが下手だ。下手くそでも意欲があれば教え甲斐がものだけど、それもない。
 昼休みに雨が降ってくると、「よっしゃー!部活中止だー!」と叫んでいる生徒を見かけた時は頭がクラクラした。この生徒たちのために、土日も潰して練習に付き合わないといけないのか。。
 部活にやる気がないということ自体が、あまり好きではなかった。

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 しかし不思議なもので、監督として練習に付き合っていくようになってしばらく経つと、段々と楽しくなってきた。もうすぐ引退を迎える3年生たちはすぐに慕ってくれるようになったし、授業以外で生徒と触れ合うのは普段と違う面が見えて面白い。強くなくても、これで良いじゃないか。やはり教師という職業は良いものだ。

 ただ、和気藹々とした雰囲気の中で、1人だけ全く心を開かない生徒がいた。2年生の太だ。
 小学生の時にクラブチームにいたらしく、なにかとわかった風な顔で物申してくる。
「この練習のシチュエーション、試合中にあると思えないですけど」
「サイドバックはありえないです、ボランチにしてください」
 下手なら無視しておけば良いが、このチームの中では中途半端にできる方だから困る。しかも、3年生の中心人物たちと仲が良い。それも癪に触る。

 正直に言って、嫌いだ。
 教師としてこんなこと思ってはいけない、と無理やり自分に言い聞かせていたけど。気に食わないものは気に食わない。

 そして監督に就任して早々、3年生にとって最後の公式戦が迫ってきた頃、オレは太を試合に使うかを迷っていた。
 総合値で見ると太はレギュラーだ。だけど、決定的な弱点が一つある。ヘディングが苦手だ。アドリブ的に競り合うフリをすることが多く、避けてることが丸わかりだ。本人も自覚はある。そうやって基礎中の基礎の、苦手なことから逃げるのは本人の為にならない。
 何度か練習中に伝えても、うまく伝わらないし、どうしたらいいだろうか。嫌いな生徒に、直接伝えること自体が億劫だ。

 悩んだ末に、3年生のキャプテンを通してそれとなく伝えてみた。
 すると、
「なんで僕に直接言わないんですか?って伝えておいてください」と伝言が返ってきた。
 やっぱり、大嫌いだ。
 プレーが改善される様子もなく、気持ち的にその態度を受け入れることができなかったオレは、太を先発から外すことにした。

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 大会当日。1回戦から、チームは苦戦した。
 一部のうまい生徒が機能すればそこそこ戦えるんじゃないかと少し期待していたけれど、まだまだだった。始まって数分で先制されてしまった。太の代わりに起用した3年生が冷静さを失って足を引っ張ってしまってるのは明らかで、何人かがベンチをチラチラみている。前半だけど、変えるしかないか。

 「太、行くよ」
呼びかけたけど、太は腕組みをしたままベンチに座ってる。公式戦でもコイツは反抗的なのか。

 「太は先輩を助けたいと思わないの?最後の試合になるかもしれないんだよ!」
声を荒げると、ようやくビブスを脱いで溜息をつきながら準備をはじめた。こんな奴がいるくらいなら負けた方がいい。負けたらこいつのせいだ、大嫌いだ。

 交代後、チームは息を吹き返し、一度は追い付いた。皮肉なことに、太が起点になって生まれた得点だった。
 しょうがなく出場させた、反抗的な生徒が起点になったという事実にモヤモヤする。だけど、同点に追い付いてからも懸命にボールを追いかける生徒たちの姿はそんな感情を吹き飛ばしてくれた。オレは声が枯れるまで指示を送り続けた。
 試合は結局、終了間際に相手に勝ち越し点を決められた。
 1回戦で終わってしまった。3年生は引退だ。

 一通り生徒が泣き終えてから、全体挨拶をして解散した。
 他の中学の教師と会場の片付けをしていると、ジャージを着た教え子が1人、泣きながら近づいて来るのが見える。

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 太だ。

 「どうした?」
 「先生、ごめんなさい。オレのせいです。
  練習中から本当にすいませんでした」

 突然の思わぬ謝罪に、意表を突かれた。
 涙を流して頭を下げる太の姿を見て、なんとか言葉を捻り出す。

 「お前のせいじゃないし、あんまり思いあがらないでくれよ。
  負けたのはオレのせいだよ」

 苦し紛れに口から出たのは、自分のせいにしながら、自分の身を守る言葉だった。負けた方が良いと少しでも思っていた、その汚い心も取り繕うような。

 明日からまたよろしくなと伝えると、涙声で太ははい、と返事をした。いきなり素直になられても困るんだよ、たいしてうまくもないくせに。だいたい泣くぐらいなら、最初からオレの言うことを聞けよ。

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 太を見送って1人になってから、途方に暮れた。
 なぜ今日の試合を迎えるまでに、太としっかり向き合ってこなかったのだろう。なぜ太に言いたいことは他の生徒を通して伝えたり、太がぶつかってきたときは鼻で笑ってごまかしたりしたんだろう。
 お互い譲らない関係が続いていた先で、折れたのはオレではなく太だった。この期に及んで、ひと回りも年下の生徒に先に謝られたことにプライドが傷ついている自分もいて、嫌気が差す。

 結局、自分のことばかりだったんだ。
 情けない。

 それでも図々しく、教師らしい感情が湧いている自分に、腹が立つ。
 形だけかよオレ。
 勝たせて、やりたかったなあ。

タイムマシーンについて/メレンゲ   


<太・プロフィール> Twitterアカウント:@YFTheater
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒で地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗を経て、今は広告制作会社勤務。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

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