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「自分が悪い」と抱え込んでしまった人へ 書籍「能力」の生きづらさをほぐす感想

こんにちは。
1ヶ月かけて本を読み終わり達成感を噛みしめている、おかゆです。
自己理解学者であり、個性収集家です。(自称)

個性的な人が好きで、5年間で300名以上の方と対話をさせていただきました。

近頃、旅先でたまたまお話しさせていただいた方におすすめされた一冊がとても刺さり、今回はその感想を綴りたいと思います。

*解説や概要、というよりも私が感じたことにフォーカスした内容でお送りします。


母から子に贈る本

著者の勅使川原真衣さんは、乳ガン闘病中ながら、組織開発を専門として活動されています。
本作は著者からお子さんに贈る内容であり、未来のとある日の、親子の対話として書き綴られています。

死を意識する状態で執筆された文章たち。
「能力」に関わる内容のみならず、思考法や生き方についても触れられており、とても心に響く一冊でした。

冒頭、

「どうしてうまくいかないんだろう・・・・・・。これって、自分のせい?」

と、恐らくこの本に興味を示す人のほとんどが共感する言葉から始まります。

私自身も、中小・大企業でそこそこに評価されてきたところ、ベンチャー企業で全く活躍できずメンタルがぼろぼろになった経験があるため、非常に心に響く表現でした。

・できないのは自分が悪い、と自責の念に駆られたことがある
・ある環境では評価されたのに別の環境では「できないやつ」認定されてしまった

そんな方におすすめしたいです。

能力の正体については、ぜひ本書の中で「なるほど!」となっていただいたいので、割愛します。

才能は環境次第である

これは本書には直接は関係のない、持論なのですが。私は日頃「強み」や「才能」に関するコーチングを行っており、この言葉の使い方には非常に気を配っています。

昔の私は

「才能がある人は、天才だ」
「私には才能がない」
「自分はなにも特筆するものがない」

ないない、とできないことにばかり着目したネガティブ・オブ・ネガティブ な人間でした。

合わない職場環境でメンタルダウンを経験した時期に、自分のやりたいことや性質について見直し「才能」という言葉への認識も変わりました。

自分には「決断力がない」「適応性がない」「ストレス耐性がない」とまさになにかしらの「能力」が欠けていると課題に思っていたのですが、ある時受けたコーチングで

「得意なことを持たれているのに、その環境では活きなかったのだと思います」

と言われました。

その時間で
「即断即決、昨日の決定が今日変わる、変化が激しい環境」
にたまたま合わなかっただけ、ということがわかりました。

今までの仕事では、決断もできたし、トラブルも対応できたし、ストレスもありつつもそこそこに働けていたのです。私の「才能」が活きる環境だったからこそ、でした。

「才能」とは、生まれ持ってその人が自然とできることであり、特別なものではありません。また、才能は相対的であり、ある環境においては「できる人」として扱われることがありまた別の環境では「活躍できていない人」にもなり得るのです。

それは何かが欠けているのではなく、ただそういったタイプであり、合う合わないというところだけだと、考えています。

得意・不得意はあれど、それは「○○力がないからだ」というわけではなく、その環境や状況に応じるものだということを実感しています。

本書における能力の話も「能力は風見鶏」表現されるものがあり、まさに時代や環境によって社会的に求められるものが異なるということがわかりました。

個人ではなくシステムにフォーカスする

会社の「適性テスト」「人事評価」「査定」など。

何かしらの基準で「正しさ」の尺度があり、そこに容赦なく当てはめられる。

それは、組織を統制する上で仕方がないことなのかもしれません。

けれど、そこで人格を否定されるようなことがあれば、それはあなたが悪いのではありません。今の環境が合わないか、捉え方を改める必要があります。

もしかしたら、うまくいっている人と自分には性格的な違いがあり、自然とはできないのかもしれない。であれば、この人の方法を参考にして、自分にできる方法にしてみよう、とか

上長が口数の少ない人で意図が汲みにくいので、この部分までは共有してもらえたら自分もチームも動きやすくなりそうだ、とか

そういった「違い」を理解した上で協働できたらとても幸せに働けるのではないかと、思いました。

全てが理想通りにはいかないとしても、問題の原因を個人の内面に求めるのではなく現状のシステムにフォーカスすることは、生きやすさに貢献する思考法といえるのではないでしょうか。

教育とはなんのために

話が飛躍しますが、近頃、教育とはなにか?と、よく考えています。

社会が求める人材を輩出することが学校の役目なのか?

個人の興味関心を育むことが教育なのか?

私はたまたま「学ぶのが好きだ!」「社会貢献だ!」と謎の情熱を燃やして大学進学を決め就職もかなったのですが、ただなんとなく過ごされる方も多いのではないかと感じてます。

学びたい時に学び、遊ぶ、というのも平和で素敵な学生生活だと思うのですが。

「大学3年間は遊んで残り1年で、はい、現実!就活だよ!遊びの人生は終わりです!」

となるのは、結構しんどいのではないかと。大学はゴールではなくあくまで人生の通過点なのですから、お金を払って通うからには、本人なりの「人生における大学に通う意義」があった方が楽しめるのではないかと思っています。(これは、情熱ハラスメント?)

親は望んで(そうではない場合もありますが)子供を産みますが
子どもは生まれる親を選べないし、望んで生まれたわけではありません。

なぜ生まれたのか?
どのように生きていくのか?

ただ親や周囲の人の愛を受け取って

「ただ自分は好きに生きればいい。私は大丈夫だ」

と思えれば幸せですが、そうもいかないのが世の中。

私が教育について考えるのは、幸せな生き方について深めたいからかもしれません。

自信がない大人がどうしたら生きやすくなるのか?

それは

・今を再認識するフィルターを獲得すること
・自分なりの生き方を見つけること
・自立すること

だと考えています。
幸せはなるものではなく、気付くことだ、というように
多くの事柄は「見る角度を変える」ことが変化のきっかけになると思っています。

若干話がそれましたが、これからを生き抜くためには、今当たり前と言われていることに対して定義を見直し、未来を自分たちがつくるぞ!という気持ちが大切だと、思うのでした。

本書でも「自分で考える」ことの重要性を伝えてくれていたように思います。

そんな、思考が深まる時間でした。

とりとめもない話になりましたが
「「能力」の生きづらさをほぐす」
からの感想をお届けしました。

あなたの「トリセツ」を言語化しませんか?

最後に私の活動をちょろっとご紹介させてください。

わりと、メンタルジェットコースターで毎日が冒険、みたいな感覚で生きています。そんな日々でも…

私は落ち込んだ時やうまくいっている時
「なぜそのように感じるのか?」を振り返ることで
メンタルのジェットコースターを乗り越えています。

世の中には様々な自己理解のツールがありますが
私は『ストレングスファインダー』にとても助けられてきました。

ストレングスファインダーではあなたの「強み」を知ることができます。
仕事で挫折した時も、ご機嫌な時も、このツールを指標として乗りこなすことができてきました。

もし
・自分の強みがわからない
・周りに理解されにくい
・仕事の方向性を確認したい
ということがありましたら、ぜひおかゆにお声かけください。

新たな一歩に繋がりますように。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、またお会いしましょう。

光ってしまった…🙏

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