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風を読み風を解き風を編む風のひと、滝本晃司さん


この空を選んだ風の吹く夕暮れ
(2020年12月10日16:19 東京西部・多摩丘陵のほとりより南西方向をのぞむ)



そう。そうなんだよな。
ガンシップは風を切り裂くけど、
メーヴェは上昇気流をとらえて、
そこにふわっと躯体を乗せ空の高度まで舞い上がる。
鳥たちの飛行と同じ。

目には見えない。
けれどもたしかに風は吹いてそこに存在していて。

宮崎駿さんのメーヴェの飛行シーンは鳥たちの体感をまさに憑依させてるというか。空を飛行することで目前にひらけくる身体の喜びを、うつろいゆく谷や腐海や雲海やするすると小気味よく風を読み空気層を進みゆくスピード含めて、目に見えぬ多様な風の存在までまるごと抱きしめて描き出してるよなあと。

あるいは鳥たちの体感を感じるべく、実際の鳥たちの飛行を彼方まで見て見て見て、観察して。見ることで捉えた実感と体感を、飛行力学や凄まじきイマジネーションの力を駆使してアニメや漫画なる想念へと帰結させる手腕の凄み。

いや、むしろ実際の鳥たちをも越えたアニメや漫画ゆえに可能なデフォルメ的実感と体感であることも含め。
そのシーンにふれるたび、目に見えぬ風という存在の実存をも包摂して掴み取ろうとする、執深き身体性をおびたまなざしの熱圧に圧倒される。自身をヨリマシとして獲得された表現の強度というか。

ひるがえって滝本晃司さんを思うとき。
宮崎さんの執深きそれとはあきらかに異なるものの、自身をヨリマシとして獲得された表現の強度はその身体的感度の緻密さ繊細さと言葉選びのシンプルさにおいて、むしろ天性の触覚と感応とまなざしでいまここの一瞬を切り取り掴み取っている点で、極めて強靭であると。

あらためて強く強く思う。
たとえば風の表現にしても。私の大好きな空色の歌詞。
「この空を選んだ風の吹く夕暮れ」
とにかくこれ「この空を選んだ」という言葉がめちゃめちゃ印象深くぼくの中のただひとつのいとしき特定の空を描き出そうとする切なさ&かかり言葉として効いてて(泣)

影の中やみずいろにも登場する選ぶという言葉。ごくさりげなく歌詞に織り込まれる印象に反して、じつは滝本さんの中でかなり意味深い言葉だと私は思ってるんだけど。
選ぶ。選んだ。選んだこと選ばなかったこと。
多様に立ち現れるものの中から、みずからの意思をもって明確に何かをつかみとる行為。

ぼくが選ばれるのではない。選ぶのはぼくなのだ。
その選ぶが、「この空を選んだ」という明確な意思をもった特定の空をまなざす一語となり、そのあとの「風の吹く夕暮れ」へと差し色の目覚ましさでまっすぐ接続されるのを初見で聴き、その言葉の成立過程のあまりの美しさ切なさあたたかさに泣けた。

そう、この空と夕暮れの風は確かにあたたかさをやどしているのだ。そのあたたかさは季節性の気温や夕日の熱だけでなく、ぼくという特定の血と体温をやどす存在に選ばれた熱の伝導と、その場所と時間をあたためていたぼくという存在そのものも確かに投影されるからではないか。

そして「この空を選んだ」という言葉を頂点に、見えないふれえないその風のそよぎを、こんなにもやわらかく優しく体得してもう2度と訪れることのない今日というただひとつのその日の空のいとしさもろとも夕暮れの中に映じて写しとる感度の凄み。

しかもその言葉の構造が滝本さんの発語の特長である、喩のレトリックをもちいない極めてシンプルな飾りなきものであることにあらためて打たれる。
そうしてあの夕刻の迫った京都紫明会館から訪れた滝本さんの空色なる風の歌の。
遠来の響きをおびたその歌の、なんと深くあたたかく優しかったことか。

あらためて、「この空を選んだ風の吹く夕暮れ」。
この言葉こそ滝本さんご自身がその夕暮れに遭遇したそのときの、時間と情景と実感と体感を、その稀有なるヨリマシなる身体性をもって緻密に繊細に感受する感応と転写なくして生まれえない言葉だと。深く深く身に沁みて思う。



あるいは、さらに滝本さんのさまざまな風への体感と感応の軌跡を歌の中に探してみるなら。

1)空色「この空を選んだ風の吹く夕暮れ」
2)夏の前日「気を良くした小人が風にとんだぼくのボウシにジャレついて」
3)むし「ここをすぎる風が苦くって夢に出てくる」
4)海にうつる月「ジュースをのんでほどけてしまう景色 ひまわりだけ風がふいてゆれてる」

5)丘の上「夜に見える雲がスピードゆるめてく深さまで」(*風そのものの描写なし)
6)ふたつの天気「洗濯物はもうすぐ乾くためにゆれつづけ ゆれるたびにそのうしろの真っ青な空 見せたり隠したり」(*同・描写なし)
7)レインコート「強いひざしも強い影も強くふく風もなんにもなくって雨ばかりだ」

8)ワンピース「髪がからむほどゆれているのにとてもとても静かなすがた」(*同・描写なし)
9)まばたき「流れる空の雲のスピード 地面に浮かぶ影のうねりよ」(*同・描写なし)
10)100の月「いま強い風がふいたら きみとぼくはすっかり消えるよ あとかたもなく消えるよ」

11)おひる「帽子をとって胸にかざすと強すぎる風が吹き抜けた」
12)楽し楽しい時間「風にのって雲は今をこなごなにして 炎、灰にかえてもっと、もっと/風にのって雲は今をこなごなにして ぼくらのすみずみあまりなく探しあてて」
13)逃げ水「誰もいない部屋ではその時 カーテンがふくらんだりへこんだりをくり返す」(*同・描写なし)

14)やっぱ「抱きしめた君は焚火のにおい カケラとカケラが風の中でまざる夜」
15)落下「風が壊しにくるその時まで 上手く隙間なく並ぼう」
16)オシエテ「広げた手のひらの指のあいだから 君と花と月と風が抜け落ちていく」
17)かけら「真昼の影たち泡のように浮かぶ それを風がかきまわす」

18)オヤスミ「カーテンだけが揺れるこの部屋は濁った静けさ」(*同・描写なし)
19)影の中「その指先に残した夜空の星がまばたいて生まれた 風が眠る君の目を動かして」
20)雨の日の午後「溜息は風のカケラ 一人言はこの世のチリ」
21)となりの黒猫「囁きは風の中 靴音は月の下」

22)アゲハ「青い空を不器用に飛ぶアゲハが残しためまいには音もなく」(*同・描写なし)
23)柿の木「風が吹いて影がイキモノみたいにざわめくと 目の中の目は開きっぱなしさ」
24)幻「大きな葉が揺れる闇の中 腰かけたずっと向こう」(*同・描写なし)

25)お月さん「風のニオイ雨のニオイは全部になる子供をつつみ」
26)つづくことつづくとこ「青空も星空も教えてくれないこと 強い風がうばいきれないもの」
27)真昼の月「今が全部ガランとしていてなんだかおかしくって笑ったら風が吹いて」

以上、試みにざっと列挙してみて、じつに27曲もの風曲が存在することを鑑みると。
まごうかたなき水のひとである滝本さんのさらなる一面として、折々の風を読みそのそのかたちや表情や変遷を記憶の一瞬一瞬のきらめきとして歌と言葉に刻みこむ、風のひとでもあると。
そうお呼びしたい衝動にかられる。


いずれにせよ、滝本晃司さん。
水のひとであり。雨のひとであり。火のひとであり。
青き空のひとであり。太陽と月と星と流れ星のひとであり。…
そうして風のひとでもあるなら。

その多種多様な地水火風空への緻密で繊細な触覚が感知した美しき結晶の数々を、歌として音として言葉としてその存在のすべてとして享受できるしあわせを。いとしく同時代性の中であずかれるしあわせを。
あらためていまここに大切に大切にこの身体に抱きしめ、この風の日々を生きていきたい。


「この空を選んだ風の吹く夕暮れ」





(2021年1月8日ツイート)

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