マガジンのカバー画像

宮本武蔵はこう戦った

21
運営しているクリエイター

#ケータイ小説

武蔵の微笑み(時代小説『宮本武蔵はこう戦った』より)

武蔵の微笑み(時代小説『宮本武蔵はこう戦った』より)

武蔵は思い悩んでいたのだった。

小次郎に勝てるという自信がなかった。

今まで数々の試合をこなしたが、全て勝つことが出来た。

己の思うままに体を動かせば、難なく相手を倒すことが出来た。

そこには、剣法も理合いも必要としない。

己に宿る野生のままに向かえば、容易に相手を倒すことが出来た。

体の奥から沸き起こる炎で相手を包み込んでしまえばそれでよかった。

戦う前に勝負は、すでに決まっている

もっとみる
たそがれ(『天国へ届け、この歌を』より)

たそがれ(『天国へ届け、この歌を』より)

帰りの地下鉄は、混み合う。

特に淀屋橋から梅田方面に行こうとすると、京阪の乗り換え等で降りる人より、乗り込む人の方が圧倒的に多い。

充分に混んでいるところに、無理やり入り込まなくてはいけない。

たまに、座れそうな席がある車両が来るが、それは、中津行きか新大阪行きである。降りる駅はその先である。乗り換えが面倒なのでそれには乗らない。

いつも、先頭から2両目の2番目の出入り口に乗るようにしてい

もっとみる
己を信じろ!(『宮本武蔵はこう戦った』より)

己を信じろ!(『宮本武蔵はこう戦った』より)

佐々木小次郎は、武蔵が自分の間合いに入る紙一重の時に、頭上に振りかぶっている備前長光を振り下ろした。

一拍子といえども、ほんの僅かながら時間がかかる。

しかし、武蔵は燕よりも遅い。

突進してきている武蔵ほどの速さであれば、切先が武蔵の頭上に達する時には間合いを一寸五分ほど超えており、充分に斬ることが出来る。

小次郎は充分に確信を持って斬り下ろした。

切先は見事に、下げている武蔵の頭上を捉

もっとみる
武蔵が斬られた!(『宮本武蔵はこう戦った』より)

武蔵が斬られた!(『宮本武蔵はこう戦った』より)

全力で砂の上を走る。

見る間に小次郎に迫る。

小次郎の顔が眼前に立ちはだかる。

どうした!

小次郎は、微動だにしない。

小次郎の太刀は大上段、頭上のまま。

動かない。

燕返しの前触れである横に払う太刀の動きがない。

なぜだ?

相手の間合いに入る寸前。そこで躊躇は出来ぬ。

勢いのまま、前に出る。

目の前が小次郎の顔で一杯になった。

ハッ!

頭上に、稲妻。

斬られる!

もっとみる

秘剣 つばめ返し!(『宮本武蔵はこう戦った』より)

おもむろに、佐々木小次郎は背負っている刀を下から前に回し、鐺で大店の軒先にある燕の巣をはたき落した。

白っぽい土煙をたてながら、巣は地面に落ちた。

砕けた。

砕けた中に、何やら黒く動くものが、五つ六つ混じっていた。

それは、よく見ると、子燕であった。

まだ飛ぶことも出来ない子燕は、歩くこともやっとのことで、一つに集まって、唯か弱く泣くばかりであった。

小次郎は、落とした巣には一瞥もくれ

もっとみる
異形のサムライ(小説『宮本武蔵はこう戦った』より)

異形のサムライ(小説『宮本武蔵はこう戦った』より)

父、無二斎より、小倉藩の権力争いのごたごたを収める意味も含めて、「佐々木小次郎」なる剣術師範と試合をしてくれと懇願された時も、さほど気にも留めていなかった。

政治ににかかわる垢じみた剣術家など、いつものように一蹴してやればよいと思っていた。

しかし、見てしまった。

佐々木小次郎の使う剣を。

その存在自体を見てしまった。

それは、今までに見たことのない存在。

自分の範疇の中に入らない存在

もっとみる
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(『宮本武蔵はこう戦った』より)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(『宮本武蔵はこう戦った』より)

「こだわりを捨てよ」

武蔵は、 自分に言い聞かせた。

大地と一体化するのだ。

自然の声を聴くのだ。

運命は、すでに定まっている。

全てに身をゆだねるのだ。

降り注ぐ陽の光が、語り掛ける。

雲の流れる音がする。

波のささやきが、手に取るようにわかる。

見よ。

海面は、我が意のままになっているのではないか。

いや、そうではない。

分かるのだ。

どんなに小さい海面の動きも、把握

もっとみる