ゆあ

▶︎ 哲学 ▶︎ 芸術 ▶︎ 言語 ▶︎ IT ▶︎ 世界 🌏

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マガジン

  • つぶやき・告知

  • 日本語うざいわってなった時に他言語に避難しようのシリーズ

    日本語ではない言語を用いて執筆した記事集になります。

  • 理解してくれとは言わないけれど

    「伝わるようには書いてないけど、伝わってくれたら嬉しい」 そんな思いで書いたもの達です。

  • こんなこともあったなあのシリーズ

    私の過去の経験について回想しつつ、それらについて語る記事集になります。

  • 誰かのお役に立てたら嬉しがる記事の顔を思い浮かべて

    「伝える努力」を施した記事集になっております。

最近の記事

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【語学学習による生産的現実逃避のすゝめ】

◼️ 生産的な現実逃避をしたい人に向けて目の前の現実を受け入れたくない、受け入れられないときがある。 ここではそんな、直視し難い現実・問題から目を背けたいとき 「単なる現実逃避では終わらせない、生産的な手段」 として を提案したい。 ◼️ なぜ語学学習なのか?1. 大義名分性の担保 現実逃避の手段はいくらでもある。 ゲームをする、漫画を読む、酒を飲む…etc ではなぜ語学学習を推すのか? それは である。 「いつまでゲームしてんだ」 「いつまで漫画読んでんだ」 現

    • 執筆中の私の頭の中

      さて、久しぶりにnoteでの執筆を再開して早3日目。 昨日一昨日と投稿をしていると、今日もまた日付が変わる前にとりあえずは1投稿して毎日更新を継続したくなる。 とはいえ何について書こうか、アイデアはいろいろと浮かぶもなんともしっくりこない。 「それでも何かしらは投稿せねば」 と言っているうちにもここまでで既に約150文字。 「記事のテーマがイマイチ決まらんねんなあ」という悩みをテーマにした記事としてここいらでポチッと投稿してしまえば楽なものだがこれではあまり捻りがきいていな

      • まるくなる

        1人で食事をするのが好きだった。 匂いに味に食感に、見た目とそして口の中で奏でる音に。 五感を研ぎ澄まし食を楽しむ、そんなときに人は邪魔だった。 人がいた方がいいときもあった。 そう美味しいとは思えないものを食べる時には、他者との会話が良い調味料になった。 健康のためにと苦手な物を食べる、そんなときにも誰かがいることが助けになった。 それでも基本的には、美味しいものは1人で食べたかった。 感覚の共有にはあまり期待していない、それなら1人で集中した方がいい。 しかしながら

        • さてそろそろ再開といこうか

          やらなければならないことなどないということをしばしば失念する

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        記事

          これだけで名言っぽくなるというものだ

          これだけで名言っぽくなるというものだ

          常に傲慢であれたらと願う

          厳密には嘘ではない 1を10にはしたかもしれない けれども0を1にしたわけではない 嘘とはなにか 事実を捻じ曲げることか それでは事実とはなにか 真実はいつもひとつではなく、解釈の数だけ事実が存在する 浮気などしていない 盗んでなどいない あなたのためを思って 私にとって、嘘を定義することは容易ではなく 他者を嘘吐きであると断ずることもまた然り しかしながらどれほど言い訳を積み重ねても、消えてはくれぬわだかまりがここにある 自身を正当化するために、私は世界が欺瞞に溢れ

          常に傲慢であれたらと願う

          真に捕まるには

          没頭出来る何かを 常に探している いざのめり込んでみれば 過ぎたるを恐る そうして抜け出せなくなる前に 今度は飽きることを願う 味がしなくなるまで噛み締める 沼に突っ込むのは片足だけでいい 深淵がこちらを覗いていることに気づいている私は まだ深淵を覗けていない

          真に捕まるには

          そんなもんだと言えるなら

          私は最低だ、そう思うときがある。 私は最高だ、そう思うときもある。 私は最低だ、そう思っているときの私は、客観的にみるとそう最低でもなさそうで、嫌いじゃない。 私は最高だ、そう思っているときの私は、客観的にみるとそう最高でもなさそうで、好きじゃない。 そう悪くはないし、そう良くもない そんな風に自分を認識しているときの私が好きで、中庸を愛す。 ただ、私はときに突き抜けたくなるので、極端を好むときもまた存在する。 ときに打ちひしがれ、ときに世界で最も傲慢に 謙遜と不遜の融

          そんなもんだと言えるなら

          異質物

          タイトルにある「300」という数字は本記事が「300本目の投稿」である、ということを意味しているわけではない、実は。 確かに私がここnoteにおいて投稿している記事のタイトルの大半にはこのような記事番号が振られており、連番となっていることも見受けられるのだが、特定の記事にはこれを施していない。 その理由についてはまあいつか語るとして、「300」という数字はなかなかキリが良いのでそんな数字に相応しい内容をこの記事では書くとしよう、などと私が言うとでも思ったか? 私はこのような

          異質物

          呪縛

          初めての経験を欲している 初めて電車に乗ったとき 初めて高校に行ったとき 初めてお酒を飲んだとき 私が未だ処女として未経験である何かを、探している 食事をするのにはもう飽きた 歯磨きをするのも トイレに行くのも 未知の食べ物を 未知の歯磨き粉を 未知の排泄体験を ワクワクでドーパミンが、アドレナリンが 周りが見えないほどにのめり込める何かを 常に、生涯、探し続ける

          脱糞について本気出して考えてみた②

          さて、以下の記事で「脱糞」について触れた。 (糞を手で触ったということではない。) 上記記事の最後で言及したように、脱糞について少し真剣に考えてみようと思う「きっかけ」となった事件があった。 今回は、この事件について触れていくとする。 (触ってない。) ◼︎ 本編 先日電車内で、ある初老の男性に出会った。 しかし一目見た時から、彼の様子は不自然だった。 臀部に右手を添えながら、おぼつかない足取りで、車両間を行ったり来たり。 「事前」か「事後」か、脱糞にはこの二種類しか

          脱糞について本気出して考えてみた②

          脱糞について本気出して考えてみた

          「糞を脱ぐ」 いや、「大便をすること」の能動的な言い方が、「排便」であるとすると、 受動的な行為である「脱糞」は 糞が「脱げる」 と表現するのが正しいのかもしれない。 というわけで、今日は脱糞について語るとしよう。 ◼︎ 本題 小便の排泄も快感を得られるのだが、大便の排泄はまた別次元である。 体積・質量の問題であるのか、形状に依拠するのか、あの感覚は代替できない。 クリトリス、Gスポット、ポルチオか射精か 性感帯における *オーガズム に匹敵するような感覚であるか

          脱糞について本気出して考えてみた

          ポジショントーク

          彼を「怪物」と呼んだ人々にこそ、狂気を感じたものだが 彼を「怪物」とは呼べない私もまた、怪物なのかもしれない。 集った怪物が、自身らを「普通」と自己定義する程には市民権を獲得したとき、新たな怪物が定義される。 デビルマンを思い出す

          ポジショントーク

          良き天候は反芻と決意を促す

          自分の不甲斐なさに 涙を流す すっかり忘れて笑う自分を思うと 涙が止まる

          良き天候は反芻と決意を促す

          思考の間隙を読む

          お前など産まなければよかった そう言える人も そう言われた人も 誰もが今日を安らかに迎えられることを 禁言であるとするならば 内心の自由とは 誰かが今日を安らかに迎えることを憎む誰かと 分かり合えることを 私の内心が外界に発信されたことで苦しむ誰かに 償いと理解を 彼女から受けた負荷により不機嫌になった私と関わることでストレスを得た貴方にエネルギーの循環を 俯きがちな彼の言葉を聞くことで私の罪は贖われるだろうかと耽る狡猾さに祝福を うまくバランスがとれたらいいな

          思考の間隙を読む

          どこへ行ったっていいのだが

          怖いのは 壊れてしまうこと 壊してしまうこと

          どこへ行ったっていいのだが