恋にも勝る知性という武器を
昨年空前の話題となったNetflixドラマシリーズ、「クイーンズ・ギャンビット」を観ただろうか?
2020年10月23日に配信開始されてから、約1ヶ月で全世界の6200万世帯で試聴された。
アメリカ、イギリス、ロシア、香港、フランス、台湾、オーストラリアなど92の国でTOP10ランキングに入り、イギリス、アルゼンチン、イスラエル、南アフリカなど、63の国ではランキングの1位に輝いた。
「クイーンズ・ギャンビット」では、孤児の少女がチェスを覚え、その才能を開花する。
やがて彼女は世界を相手に、1人で戦っていくのだった。
「チェスのルールは分からないけれど」
チェス映画が人気と聞いたとき、「チェスのルールがわかる人、そんなにいるの?」と思った。
まさに、「クイーンズ・ギャンビット」のおもしろいところはそこだ。
みんな、"チェスのことはよく分からないけどよかった"と言う。
実際に観て思ったが、チェスのルールや戦術がメインなのではなく、一つのスポーツをしているように感じた。
チェスという競技をメインとしたスポーツを観戦しているようで、その熱気が伝わってきてこちらも興奮する。
少年漫画のようなアツい展開で、刺さる人は数知れないのが納得できる。
60年代ファッションへのリスペクト
「クイーンズ・ギャンビット」において、ファッションがもたらす影響力は計り知れない。
主人公ベス・ハーモンの衣装が上品かつミステリアスで、とても印象的だ。
幼少期のベスは少し流行から外れた、時代遅れな印象だが、自信と経済力を身につけるにつれ、どんどんと洗練されていく。
印象に残っているのはデザイナーであるガブリエル・バインダーの、「常にキャラクターの内側で起こっていることをファッションでミラーリングしたい」という、強い意思だった。
特にチェック柄はベスのメタファーであり、こう語られている。
「勝負の世界のシビアさやチェス盤の世界を表現しています。それは例えば、花柄のプリントでは得られない、圧倒的な勝ち負けなのです」
(エル デジタル より)
チェスの腕だけではない、覚悟や意思の強さもファッションから伺える。
ファッションが好きな私にとって最高の作品だったが、一つ一つの洋服に対して全て意味があると思うと、さらに見応えがあった。
美しさと知性
「クイーンズ・ギャンビット」の主人公ベスを演じるアニャ・テイラー=ジョイの圧倒的な存在感が、作品の要だ。
チェスの対局中は静寂に包まれ、彼女の顔がアップになる。それだけで画面が保ってしまう。
もちろん、彼女の美しさが理由だ。
しかしアニャ自身はインタビューで、「これまでも、そしてこれからも、自分のことを綺麗だと思うことはないと思う」と、自分の外見に対するコンプレックスを明らかにしている。
アルゼンチンで育った後で、8歳の時にロンドンに移り住んだアニャ。
移住した当初は英語が話せなかったためにイジメに遭っていた過去も告白している。
「子供の時は本当に孤独だった。孤立しているように感じて、頭の中で物語を創り上げていた。孤独は悪いもので、1人ぼっちなのも悪いことだって」
(英Daily Mailインタビュー より)
彼女の中にある記憶が、主人公ベスの孤独とリンクしているのではないかと思わせる言葉だった。
全くコンプレックスを抱いていない人が演じるのと、コンプレックスを抱きながらも必死で抗う人とでは、魅力が違う。後者の方が、1人の女性として圧倒的に知性を感じられる。
また、アニャは母からはいつも、「物事の表面だけでなく、中身を見なさい」と言われて育ったそうだ。
彼女は鏡に映った自分をしげしげと眺めることはほとんどないという。
「それは、自分から逃げているわけではなくて、私について、一番美しいところは外の世界に触れたいと願う、強い気持ちだと思っているから。そして、外の世界に触れているとき、人が目にするのは自分ではなく、目の前にいる人のはず」 (VOGUE JAPANより)
アニャは、1週間に3冊のペースで本を読む読書家で、「クイーンズ・ギャンビット」の原作も夢中になって読んだそうだ。
(読み終わったあと、主人公は赤毛でなくてはならないとひらめきを得たと言うので鳥肌がたった。)
演出に対してもこだわりをを持ち、それを提案できる意思の強さ。アニャの知的さと柔軟性が伺えるエピソードだと思った。
孤独を乗り越えるには
「クイーンズ・ギャンビット」の主人公ベスは、幼い頃母親を亡くし、孤児院へ入った。孤児院の用務員でありながら、経験豊富なチェスプレイヤーであるシャイベルさんにチェスを教えてもらい、才能を開花させた。
対局するなかで、ときには他のプレイヤーと恋に落ちたり、別れたり、薬物依存と戦う姿も描かれていた。
しかし、彼女は彼女自身の知性と意思で立ち直り、薬物と過去の亡霊を断ち切り、仲間との絆を深める。
チェス盤の前で戦う彼女は1人だが、孤独ではなかった。それはまるで、人生のようだ。
人生という孤独を乗り越える鍵は、自分自身が握っている。
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