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ギャルズ


酒癖。

これは人間の命運を大きく分けると思う。


20歳前後。
私は素右衛門町のとあるガールズバーで働いていた。

どれだけ飲んでも
バックで倒れていたことは一度もない。

ただ、接客での強みはひとつもなかった。

その為か、ブスという特徴だけで
面白担当という大役を任された。

が、簡単に面白なんて
出来るわけもない。

色気で出す肩と
面白で出す肩とでは

課せられる業務レベルが
どう考えても違いすぎる。



根っからの人見知りも相まって
客との話は一向に弾まなかった。


痺れを切らしたオーナーが、
出勤後私だけビールを飲んでいいという謎の特別許可が降りた。


開店後すぐ一杯のビールを飲み、
日付けが変わる頃まで
キャッチに出かける日々だった。


それでも仕事は仕事。

店長ではないが、
最後の始末と洗い物と締め作業が
下っ端の仕事だという認識が
恐らく人一倍あった。

田舎というギチギチの縦社会を生きた証だろう。

だからこそ
簡単に酔うことも羽目を外すことも出来なかった。



そんな私もバイトを上がると
スイッチがバツっと切れる。

電車で必ず深い寝落ちをしてしまう。そして酔っ払い始める。

気がついたら
奈良県にいたこともある。
甲子園にいたこともある。

運良く行き先の違う電車を交わし、
運良く鶴橋で乗り換え、
運良く自分の駅で降りる。
それだけが毎日の賭け勝負だった。

恐らくパチンコより当たる確率は低い。そして時間を食う。

家に帰り、目覚めたときは
摩訶不思議の連続。

冷蔵庫で携帯をキンキンに冷やしていたり
洋服の引き出しからカントリーマアムやチョコレートの大袋が出てきたりする。

タバコを逆から吸った残骸が散らばっている。


ただ、
それが日常茶飯事だったので
たいして驚きもしなかったことが
何より怖い。



詰まるところ、
仕事×酒になると驚くほど強かったが、
休×酒になると恐ろしいほど弱かった。

というより、
癖が捻じ曲がっていた。





そして、
この仕事を辞めた途端に


それは爆発する。







忘れもしない。

21歳、東京上京10日目のこと。

中野に住むグローバルなおばさんと仲良くなり、
渋谷に飲みに誘われた。


現地集合だった。
駅で人に押しつぶされ、吐き出されるように渋谷に着く。

何が楽しくてこんな窮屈な場所に
こぞって人が集まるのだろう。
気がしれない。

初めての満員電車に物凄いストレスを感じながら駅を降りた。


するとそこは、

ギャルズで見た世界だった。

(ギャルズとは少女漫画です)

私にとってギャルズ=渋谷
超ど真ん中世代。

渋谷を轟かせるカリスマ女子高生に魅了されていた当時の私は、

母親に泣いて頼み、
西海岸で300円ほどで買ったジーパンを切り離して貰い、
お手製のスカートとブーツカバーを見に纏い、学校に通うという偉業を成し遂げた。


当時、田舎では通用しないファッションとギャル語に、
祖母は
やっちくそもねぇ。
と、首を傾げていた。


そんな憧れの街、渋谷。


おじさんと歩くお姉さんは、
誤ってエンコーに手を出してしまうアヤちゃんに見える。

交番にはヤマトくんとみゆみゆが
居るかもしれない。

そのうち皆んなパラパラを踊り出すのではないか。
もし踊り出したらそれは町田からやってきたウッキッキだ。

金髪赤メッシュの蘭ちゃんを必至に探す。

楽しい!!

右も左もわからない道を人という流れに乗って
スクランブル交差点を突き進んだ。


渋谷センター街。

もう頭の中ではdicotのア☆イ☆ツが流れている。

漫画の世界は確実に同じ時空に存在している!!!!!

きっと何が起きても蘭ちゃんが飛び蹴りで助けに来てくれる。

そんな気がした。




胸の高まりは治らないまま、
約束の店に入った。


そこには、ドンキーコングが飲むようなコップで酒を飲んでいる二人の外国人と、
中野のおばさんがいた。


これが東京なのか。


真新しい環境にワクワクが止まらない。


気さくで陽気な外国人と
これまたユニークなおばさん。
おまけに外は漫画の世界だ。


キラキラした時空に引き込まれるように
アルコールが私の身体を巡り続けた。


あれから一体何ポンド飲んだのだろう。


帰り道、
アルゼンチン人の彼が
2人でもう少し飲もうと言った。

正確にいうと
そう言っていたような気がする。

酔っ払って
適切な選択が出来なくなってくると
もうそれは終わりに等しい。


そうこうしているうちに
彼の駅に着いてしまった。

開口一番、

今日は行きつけの店が休みだ。
代わりに家で飲もう。

そんなニュアンスだったと思う。


そして、
そのまま彼の家に行った。


今思うとゾッとする話だが、
真っ直ぐ歩くことも危ういほど酔っ払っていた私には、
選択の余地などどこにもない。





















あれが私の命運を分けた。


























部屋に入ってからのお話は割愛する。












































ただ、
いちばんゾッとするのは

















































あれが私にとって
初めての経験だったこと。



























































朝起きて現場が全てを物語る。

状況が理解できず、
私はここで死ぬのだと思った。

※誇張は一切していません。

















何故なら、
目の前にいる外国人が
誰なのかが分からないからだ。

何故、私は裸なのだろう。

このベッドは…私のか。

いや、違う。

じゃぁなんで私はここで寝てんだい?


私は生まれて初めて
お酒でマルッと記憶を無くした。



家に帰って落ち着いて思い返した時に
ドンキーコングの人だと分かった。














記憶は多分、
プリンちゃんに消された。
だからきっといい記憶に違いない。


















そう思いたい。














やばいやばいやばい。
ここはどこだ。
この外国人は何故私の名前を知り
そして異様に優しいのか。

………


こわいこわいこわいこわいこわいい!
全てを理解できた瞬間、
頭が真っ白になった。


そしてどれだけ願っても
寿蘭は助けに来ないことを知った。








逃げよう。







足速に服を着る手は
ブルブル震えていた。


あ、あ、ありがとうございました!


トントントンという足音が
玄関で靴を履いている私に近づいてくる。


送っていくよ。


そう言ったように聞こえた。

もう恐怖で振り返ることができなかった私は、
まるで飼っていたインコが
窓から飛び出していく図のように

鍵を開け、家から飛び出し


そして街に放たれた。


















気持ち悪さよりも
恐怖のバクバクが上回っていた。











出来るだけ遠くに走った。

駆け抜けて

駆け抜けて

駆け抜けて

駆け抜けて

駆け抜けて

駆け抜けて

駆け抜けて



巣鴨の駅に着いた。



改札を通り、
駅員さんという安全地帯の側まで行ってから
恐る恐る後ろを振り返った。

彼が居ない事に安堵し、
駅のベンチで当分項垂れた。

いつかの何かの為にと
鞄に忍ばせておいた太田胃酸が
あれほど効いた日はない。


こうして、なんとか
なんとか無事家に帰ることができた。














生きていた安堵も束の間。







次の日、
レディースクリニックに行った。

説明などできない。

私は隠すことなく
先生に、何も覚えていない。
と言った。

そして検査が終わり、
案内された診察室で盛大に叱られた。


東京は親身だ。
親ほど怒る先生も今となっては中々いない。
















病院で渡されたエビアンの水は
途轍もなく苦く感じた
















































人生には
思い出したくもないような黒歴史が、
誰にだってひとつやふたつはある。



それが経験だ。
いつか糧になる日がくる。

















ただ、思い出したくても
思い出せない歴史は

何色の歴史といえばいいのだろう。



いや、思い出したくはない
受け止められない。

だって私は
夜の仕事の危険を
重々知っていたはずだからだ。


欲だらけの男性が
当時から拒絶する程苦手だった。

恋愛も子供染みて見えて
生ぬるそうな空間を出来るだけ避けていた


仕事はしても
それ以外の関わりを一切持たない。







そこに一本の太い軸が確かにあった。






















はずなのに。






















私にとっての最初で最後の経験。

その全貌を
私は未だ知ることができないまま
今後も歳を重ねていく。














そんな女性にだけはなりたくはなかった。




















経験値もレベルも低い
ポッポ一匹、
"すなかけ"だけの命綱で
セキエコウゲンにいくようなものだ。


土壇場で風は起こせても
勝ち目はない。
乗ってはいけない風もあると今なら分かる。










こうして、
酒がめっきり弱くなった。


良くも悪くも
伝説のトラウマの記憶。

そしてもっと恐ろしいのは
この後その伝説が
あともう2回訪れることになる。


酒癖の四天王と呼んで欲しい。
勿論レベルは0だ。


こうしてようやく思い知らされた私は
安易な酒の場には行かないと
硬く、硬く誓った。

目には見えない粒子のレーザーレーサーを着た私の20代は
足早に幕を閉じた。

oki

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