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「心が痛い」ときのオノマトペってなんでしょう?

おそらくほとんどの人がこう言います。


「ズキズキ」


身体的な痛みであれば、確かに「ズキズキ」するでしょう。
でも心は臓器を有しているわけでもありませんし、そもそも痛点を持っていないはずです。
なのに「ズキズキ」なんですよね……

この不思議について、島根大学医学部神経内科の小野田 慶一先生は『なぜ心が痛いのか一社会神経科学における排斥研究の現状一』という研究にて言及しています。

今日はこの論文を軸に、「なぜ心が痛いのか」を考えてみようと思います。




1. 身体的痛みと社会的痛み


冒頭で、2種類の痛みを提示しています。

人間は社会的動物であり,望ましい関係性から排斥されたときに悲痛な感情を経験する。このネガティブな感情は社会的痛みと呼ばれる。多くの動物実験及び画像研究の知見から,身体的痛みと社会的痛みはその機能と神経機序を共有していることが示されてきた。

P30 要約

つまり、社会的痛みを身体的痛みと同等に認識するのは人間の機能であるということです。痛みは『生体にとって重要な何らかのシグナル』(P30 はじめに)と記しています。いうなれば「必要だから痛みを発する」わけです。

ネガティブな感情は身体の痛みと同様、何かのシグナルを発しているのであれば、何を要因に社会的痛みを発するのでしょうか?

それについては社会的痛み(Social Paine)の定義で、次のように触れています。

社会的痛みは,友人や恋人,家族,仲間のような望ましい関係性から排斥されたり,低く評価されたりしたとの知覚に対するネガティブな感情反応である(Macdonald & Leary, 2005)。ここでの排斥とは,無視や嫌悪,死別,生き別れなどを含む。また低評価とは,恋人になりたいのに友人としてしかみてもらえないといったような,望ましい関係性よりも低く評価された状態を指す(Leary& Springer, 2001)。こういった低評価も,排斥の可能性を増大させる信号として働くため嫌悪として知覚されることが指摘されている(Macdonald & Leary, 2005)。

P30 社会的痛みの定義


2. 数々の実験結果による裏付け


数々の動物実験で、モルヒネ(鎮痛剤)を投与された乳児は母親と分離されたときの鳴き声の量が低下したと証明しています(P31 社会的痛みとオピオイド)。つまり、身体的痛みを和らげることは社会的痛みを和らげることにもつながる、よって身体的痛み=社会的痛みという関係性が考えられるとしたわけです。

人に対しても「サイバーボール課題」と呼ばれる実験で検証が行われ、やはり同様の結論が導き出されたとしています。

サイバーボール課題において社会的排斥環境におかれたときの脳活動を品1RIで測定し,その後社会的痛みを質問紙によって報告した。その結果,排斥条件では,背側前帯状回Cdorsalanterior cingulate cortex: dACC)と呼ばれる領域が賦活しており,さらにこの領域の活動は主観指標による社会的痛みと正の相関を示していた。この結果は,dACCが社会的痛みを表象している可能性を示唆しているCEisenbergeret al .,2003)。

P32 社会的痛みと前帯状回

このサイバーボール課題とは、PC1-PC2-人の3者間で疑似的にキャッチボールを行うものです。最初は人にも回ってくるのに、後半はPC同士でキャッチボールをしてばかり、人にボールが回ってこない・・・完全に仲間外れ状態となります。これは対人でなくても結構キツイかも? わたしだったら相当に落ち込みそうです。

そういえば、3人で会話をしているときに自分だけが知らない話題になって、他の二人が盛り上がっているときの感情に似ているかもしれません。疎外感、空虚感といった何とも言えないひきつった笑いを浮かべそうな場面を思い浮かべると、この実験が社会的痛みを感じるには十分なものであることは想像できます。


さらに興味深い実験も提示されています。

さらに,痛みの擬態語を聞かせその痛みを想像してもらう実験が行われているCOsaka,Osaka, Morishita, Kondo, & Fukuyama, 2004)。”ガンガン",“ズキズキ”,“キリキリ"といった擬態語はdACCを含む情動ネットワークの賦活を促した。これらの痛みの情動要素に目を向けた研究は,社会的痛みと同様に,dACCの活動の程度が主観的な痛みと強く結びついていることを示している。

P32-33 社会的痛みと前帯状回

オノマトペを聞くだけでも社会的痛みを感じるということです。
人の話を聴いていて、相手と同じように心が痛むのはごく自然な反応だったんですね。


社会的痛みは、集団に属していた方が子どもの生存率が高まることから進化の過程で身につけた機能と示唆していいます。また、別の神経回路ではなくもともと持っている身体的痛みを感じる神経回路を流用したという見方をしています。ただし、身体的痛みが社会的痛みを流用したのか、それとも社会的痛みが身体的痛みを流用したのかは議論の余地があるとしています(P33 社会的痛みの進化論的考察)。

いずれにしても、痛みを感じる機能を1つで併用し、身体も心も同じように痛いと感じる・・・ヒトって神秘的な生き物ですよね。


もちろん社会的痛みに個人差があることはこの研究でも言及していますし、顔の類似性や人種にも影響を受けることにも触れています。いわゆる帰属意識の高低が社会的痛みの強弱に影響しているということです。会社や学校でポツンと1人にされるのと、たまたま乗り合わせた電車の中で1人になるのとでは大違いですからね。


3. 社会的痛みを和らげるには


では、社会的痛みを和らげるためにはどうしたらよいのでしょうか?
その答えとして、次のように記述しています。

痛み感受性の個人差を生む一つの要因がこのRVPFCの制御機能であるかもしれない。我々は特性自尊心の高低によって痛みの感受性が主観的にも神経生理学的にも異なることを報告した(Onodaet al ., in press)。さらに,この論文において,自尊心高低群間の差はRVPFCとdACCとの機能的結合に依存するとの仮説を検証した。この機能的結合は,自尊心高群では負の相関を示したのに対し低群では正の相聞を示していた。この結果は,特性自尊心の高い個人はRVPFCのdACCに対する制御がよく機能しているために,排斥に対する主観的・神経生理学的反応が抑制されていることを示唆している。それに対し,特性自尊心の低い個人はRVPFCのdACCに対する制御がうまく機能していないために,排斥に対して敏感に反応してしまうと考えられる。

P36 社会的痛みの制御


自尊心とは、英語でセルフ・エスティーム(self-esteem)といい、自己肯定感とも訳されます。自らの尊厳をありのまま受け入れることであり、この自尊心は環境から影響を受けることが、この研究でも示唆されています。

遺伝的な影響と同様に,後天的な社会的環境もまた痛みに対する感受性に影響を及ぼす。Learyらによって提唱されたソシオメータ一理論(Leary& Baumeister, 2000; Leary, Tambor‘Terdal, & Downs, 1995)がその後天的要素に関するひとつの示唆を与えてくれる。この理論では,特性的な自尊心の高低は社会的関係性における長期的な受容と排斥の履歴に依存することが示されている。社会的な排斥を受けると一時的に状態的な自尊心が低下するが,排斥が続くと慢性的に自尊心の低下を招き,それが常態化する。そのため,特性自尊心は他者からの受容・排斥の程度を示すバロメーターであるといえる。社会的な排斥にさらされる機会の多い個人はその兆候を敏感に検出し,対処する必要がある。後天的な社会環境が痛みの感受性に影響を及ぼすのであれば,特性自尊心の低い人は,高い人に比べて排斥に対してより強い痛みとdACC活動を示すと予測される。我々のグループではこの予測を実証したデータをすでに報告している(Onoda,Okamoto, Nakashima, Nittono, Yoshimura, Yamawaki, Yamaguchi, & Ura, in press)。

P34-35 社会的痛みの感受性と個人差

自尊心を高めるためには、いかに周囲の環境が大切かを思い知らされます。
果たしてわたしがいる環境は自尊心を育むにふさわしい状態であるのか……これは自信を省みるきっかけとなりそうです。

また、自尊心が高いほど社会的痛みに対して強い、あるいは痛みが長引かない傾向があるようです。確かに周囲を見回すと、立ち直りの早い人はポジティブなイメージがあり、周囲に対しても明るく元気に接しているように感じますね。だから自分が辛いときにも、いち早く立ち直って元気を取り戻しているように感じます。


そしてもう一つ重要なものがあります。

情緒的サポートは,思いやり,激励,賞賛などの協力的な行動を意味する(Bemdt& Bridgett, 1986)。情緒的サポートが社会的痛みの低減または消失に有用であることは疑いない。理論的研究から,サポートは2つの重要な役割があることが示唆されている(Cohen& Wills, 1985)。
一つは緩衝効果で,潜在的なストレス事象に対する抵抗力を高めることである。他者が必要な助けや資源を提供でき,またそうしてくれるだろうという知覚が潜在的なストレス事象の再評価を促す。何らかのストレスフルな事象が生起したときに,周囲の親しい人がどの程度自分を助けてくれると知覚しているかを示す指標がサポートの入手可能性である。サポートの入手可能性が高い人ほど,キャッチボールからのけ者にされるという排斥状況に対して主観的な苦痛もdACCの活動もより抑制されていた(Eisenberger,Taylor, Gable, Hilmert, & Lieberman, 2007)。必要であれば周囲からサポートを得られるとの知覚が,社会的排斥に対する抵抗性を高めていることを示唆している。
もう一つは,適切なサポートの実際の提供が主観的,生理的なストレス反応そのものを低減または消失させることである。サポートはストレス事象に対する行動的あるいは認知的な解決策を提供することで効果を発揮する。

P37 社会的痛みとサポート


情緒的サポートは、「一人じゃない」「仲間がいる」「誰かが支えてくれる」という絆や信頼によって紡ぎ出されるものです。

一人では心細くて難しいと感じることも、周囲の仲間がいれば乗り切れそうな感じがしませんか?
心強い仲間たちがいてくれるから、失敗だって乗り越えられると感じられませんか?

これはまさに絆です。
信頼関係によって結ばれたつながりが、安心感を生み出します。
結果として社会的痛みを和らげてくれる、回復を早めてくれるというわけです。


4. まとめ


なぜ心の痛みは「ズキズキ」なのかという疑問を、島根大学医学部神経内科 小野田 慶一先生の研究論文『なぜ心が痛いのか一社会神経科学における排斥研究の現状一』を手掛かりに紐解いてみました。

いかがだったでしょうか?

  • ヒトが持つ機能によって、社会的痛みを身体的痛みとして認知する

  • 背側前帯状回Cdorsalanterior cingulate cortex: dACC)が社会的痛みを表出している

  • 自尊心を高めることや情緒的サポートを得ることが、dACCの活動を抑制する=社会的痛みを和らげる

このようなことが判明しました。


キャリアカウンセリングでは、心の痛みを伴う悩みを多く扱います。

これを、単に「相談者の抱える問題」として捉えるのか、「社会的痛みを表出するシグナル」と捉えるのかで、その後の展開は変わってくるように思えました。

前者であれば「問題解決が悩みの解消」というアプローチが考えられます。そのため、的確に問題を把握するために問いかけ、どうやったら解決できるかを一緒に考えるかかわりが展開されることでしょう。

一方後者であれば「シグナルを発した原因を探り、自尊心を高め、情緒的サポートを確立する」というアプローチが考えられます。そのため、原因となったできごと=経験を聴き、自尊心を低下させた自分の中の考え方=自己概念を確かめ、キャリアカウンセラー自身を含む周囲の助け=情緒的サポートを見出していく、というかかわりが展開されるでしょう。

この違いは、以前noteに書いた「キャリアコンサルティングとキャリアカウンセリング」に通じるものがあります。

わたしは、どちらかというと後者の方が好みのスタイルですね。


スタンスの違いはあれど、忘れてはならないのは『相談者は心の痛みを感じている』という事実です。ズキズキとした痛みを感じている以上、わたしたちにできることをする責任があると思います。

それは、キャリアカウンセラーに限ったことではありません。親、きょうだい、パートナー、先輩、上司など、相手との関係性があれば、資格があるなしにかかわらず誰であっても支える役割は担えるはずです。それが情緒的サポートです。

今回の分析で、改めて相談者の抱える心の痛みに真摯に向き合ってみようと決意しました。

早速この次の学びから活かしていきます。




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