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「マーガレット・サッチャー」冨田浩司(著)

 連日自民党総裁選についての報道が相次ぎ、続々と速報が出ては情勢が変化している現在自民党総裁候補は主に3人に絞られせめぎ合いを繰り広げている。

今回私がこの本を読むきっかけになったのはその自民党総裁選に立候補している高市早苗氏が尊敬する人物が英国初の女性首相にして戦後最長政権を築いたマーガレット・サッチャーだったからだ。

高市氏の掲げた政策を見て「サッチャーってどんな理念で政治に携わった人だっけ?」とふと思い返して本書に向かった。両者の政治理念は似つかない部分が多分にあるが、サッチャーの行動力と強さというものは高市氏の目指すものと重なるのかもしれない。

 マーガレット・サッチャー首相は高潔で熱く理念に燃える政治家だった。本書ではマーガレット・サッチャーの人生と当時のイギリスの情勢から彼女の成した事柄について淡々と語られている。

イギリス政治に詳しくない人には知らない人名や単語が出てくるが、逆に言えばこの本を読めばサッチャー政権前後のイギリス、即ちイギリスの現代史に深い見識を得ることができるだろう。

・強く凛々しい女性

 今でこそ「女性の権利」「フェミニズム」といった言葉や思想が重視され、様々な政治活動が行われるようになったが、マーガレット・サッチャーが歩んだ人生の多くの期間において男性中心の社会だった。

特に政治となるとその傾向は一層深まる。日本でも女性国会議員の人数が少ないと問題にされるが、彼女が政界入りした1950年代などは今よりも遥かに女性議員の数は少なかった。

その中で彼女は男性中心の秩序に挑戦し、権力への道を歩んでいくことになる。その姿はあまり意識されないかもしれないが男女平等を語る女性やフェミニストにとっては象徴的なことのように思えるが、フェミニストがサッチャーを賛美する姿を私は知らない。私にとってサッチャーとは男性中心社会だった政治の世界を変革した強く凛々しい女性だったと思う。

・戦い続けたリーダー

 彼女は女性として、政治の世界にあらわれた特異の存在として自らの出世のために理念の実現のために男性と政敵と党と戦い続けてきたわけだが、彼女は政権の座についても戦うことをやめなかった。彼女は女性であり政治家であるだけでなく闘士でもある。

彼女が政権の座についてから戦った代表的な敵はアルゼンチンと労働組合だ。WW2以降「戦争」というものはより一層嫌われ特に先進国の間では戦争を起こすことは国際社会での立場を難しくする可能性があった。そんな中アルゼンチンがイギリスのフォークランド諸島を占領するという事件が発生する。サッチャーは首相としてこのアルゼンチンの行動を非難し、武力による解決を目指し紛争を引き起こす。多少の犠牲の下、アルゼンチンに勝利した時、サッチャーの支持は大きく広がった。

 サッチャー政権は発足直後から厳しい自由主義政策を行い、不況を悪化させているとの批判の下支持を失ってきたがこの世論に屈せず政策を続行。アルゼンチンに勝利したことは同時に世論に自らの方針を支持させるという点での勝利もあった。

 その後は当時ストライキばかりでイギリス社会を困らせていた労働組合と本格的に対立。労働組合による揺さぶりにサッチャー以前の複数の政権は太刀打ちができなかったがこの状況をサッチャーは変革する。労働組合に妥協しないという徹底的な理念の下勝利し、労働組合の影響力を削ぎ、経済や社会を正常にしていった。これもまた冷戦下において国内における社会主義勢力との戦いでの勝利でありその意味は大きい。

 他にも彼女は多く敵を作っては闘い続けてきた。そして自らの理念を押し通していく様は身勝手に見えることもあるだろうが、多くの改革をなし自らが信奉する自由主義、自助と共助を中心とした個人が自立した自由な社会の形成を促した。このリーダーシップを持った女性首相は総選挙で負けを知らない戦後最長の政権を作り上げたのである。

・理念に燃えるがゆえの末路

 彼女の実行力は自らの持つ理念に裏付けされたものである。キリスト教的価値観と自由主義社会における個人の在り方(=自らの足で立ち、人生を切り開く)、これらを強く意識したサッチャーは当然、社会や党内の常識から遊離することが多かったのも事実だ。結果、閣内が分裂し彼女の政権は終わりを告げた。

サッチャー政権は多くの改革を成したがいい事ばかりではない。サッチャー政権による改革は景気を向上させた一方で失業者の増加を招いた。彼女が行った戦いの中では当然犠牲者も出たし、人頭税の導入など反発を招く政策もあった。外交では香港返還の筋道をつけた一方で欧州との協調路線を拒み、分担金の減額の交渉や通貨統合の拒否なども行っている。

人間いい面だけではないわけだが、彼女においてもそうだ。当時のイギリス政界、国内社会、国際社会、理念に燃えて戦い続けた彼女は最後、その理念の独創性によって孤立し行政から去ることになった。この事実は興味深い事実だ。

・最後に

 女性であり、闘士であり、個人主義者であり、また二児の母でもあるサッチャー。女性として、政治家として、首相として多くのことにチャレンジしたサッチャー。働く女性の理想像の一つとして彼女を見ることは自然のことのように思える。

またリーダーとして行動していく彼女の実行力、推進力も関心を持つだろう部分であるし、いい面も悪い面もあり、評価が割れるところも人間らしさがあっていい。個人的に私は彼女のようなリーダーは嫌いではない。

このような熱い人は我々男に切磋琢磨を促すいい競争相手でもあるように思えるからだ。彼女がイギリスに与えた影響、そして戦い続けた彼女の闘志としての姿の全貌が本書の全てだと思う。

またメリル・ストリープが主演でサッチャーの伝記映画もあるのでそちらもおすすめする。


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