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僕の『ちびまる子ちゃん』が終わった日

小学生のとき。

日曜日の夕方には「ちびまる子ちゃん」と「サザエさん」がテレビでかかっていた。特に理由はない。強いていうならば、日曜日だから。

毎週のように観ていたはずなのに、記憶に残っている話はほぼない。ぜんぶ忘れてしまっている。あんまり前のめりに観ていなかったからかもしれない。

『ちびまる子ちゃん』は料理に例えれば「ごはん」みたいじゃないか。率先して食べないけれど、いつもそこにある。ないと寂しい。僕にとってはそういう存在だった。

いつもかかっていたアニメだったけれど、高校生、大学生と年齢を重ねるにつれて、次第に観なくなっていった。放送時間に家にいないことも多くなっていたし、より刺激的なコンテンツがスマホのなかにたくさんあったから。最後に観たのは、10年以上前だと思う。


先日、Amazonのウィッシュリストを整理していたら、さくらももこさん著の『ひとりずもう』というエッセイ本がリストに入っていた。たぶん何かの雑誌で特集されていたときに追加したのだろう。

なんとなく女性向けの内容なのかな、という印象があったので読むのを躊躇していた。でも有給消化中のいまじゃないと読まないよな…と思い、すこし迷いつつもポチった。

日曜日の午前中。kindleを起動し、家のソファでペラペラとページをめくりはじめた。普段あんまり一気読みはしないタイプなのだが、午前中にポチって、夕方にはあとがきを読んでいる自分がいた。

さすが国民的作品を生みだした作家さんだわ…。吸引力がものすごい。どんどん作品世界に引き込まれてしまった。

このエッセイは、まるちゃんが小学生から中学生、高校生になって、そして漫画家としてデビューするまでのお話だ。「ちびまる子ちゃん」のお話の「その後」としても読むことができる。

文章になっているけれど、世界観はまるっきり「ちびまる子ちゃん」。ちょっと滑稽で、それでいて少し笑えるエピソードが綴られている。

中学生になって、なんとなく男子を嫌悪して避けだしたかと思えば、高校生になったら通りすがりの男子に一目惚れしたりと、基本ドタバタしている。

ある時は、素敵なペットを飼うことを夢見て、オカメインコやノラ犬、亀を調達してくるが、まったく言うことを聞かず、結局は家族にペットの世話を押し付ける。なんというやつだ…。

夢見がちな少女が憧れを抱いてあれこれするが、最終的に悪夢として実現することが多いみたい。久しぶりに本読んでて、声出して笑った。


本の終盤。彼女が高校二年生の春休みを迎えたところから、雰囲気が変わる。ぼんやりと漫画家になれたらいいなあと考えていた彼女が、本気で漫画家を目指しはじめるのだ。

ほっこりした日常から、突然に少年漫画の世界になったのか…てくらいガラっと雰囲気が変わった。あれ、これバクマンだったっけ…?

最初は、王道の少女漫画の作家になりたかったそうで、少女漫画を描く。が、全然うまくいかない。絵を描くだけでも大変なのに、ストーリーも次々に考えなくてはならず、こんなの自分には無理かもしれない…と苦悩する。

雑誌の賞に応募するが、案の定、落選。入賞どころか、問題外判定されてしまう。

失恋をしても涙ひとつ出なかったのに、このときは大泣き。夢を一旦あきらめることになる。別の進路を模索しているなかで、突然、落語家になろうか、などと思いたったりもするが、まあ上手くいかない。

あーもう、OLになって専業主婦を目指すか、それも悪くないのかもしれない…と思いはじめた矢先、短大に推薦入学するために書いた作文が先生に絶賛される。エッセイ風の文体がハマったのだ。

エッセイか…。これを漫画にしたら、どうなるんだろう。そう思いたち再び漫画を描きはじめる。今度はエッセイ漫画である。

もう家族からは馬鹿にされている。辞めとけ、どうせ無理だ、と。まわりに応援してくれるひとは誰もいない。

それでも、毎日、夜遅くまで必死に漫画を描き続ける。

私は今、自分の人生の夢に挑戦しているのだ。家族はそれぞれの夢があるんだか無いんだか知らないが、私自身の夢とは無関係だ。私の人生は私のものでしかない。私は今、何が何でもこれをやるのだ。- 『ひとりずもう』より-

まるちゃん頑張れ…!

結末を知っているが、僕は手に汗握って応援していた。

そして一本の電話がかかってくる。

「おめでとうございます、デビューが決まりましたよ」


彼女は賞に入賞した後、漫画家としてデビューを果たす。そこで、この本の物語は終わる。

同時に『ちびまる子ちゃん』が完結した…僕のなかでそんな気持ちが一気に沸き起こった。ロングセラー漫画が長い連載期間を経て完結したときの読後感に近いかもしれない。ああ、ついにこの時が来たか…と。

もちろんこのエッセイは、ちびまる子ちゃんの漫画とは独立した存在である。

漫画自体もとっくの昔に完結しているだろうし、作者のさくらももこさんも亡くなっている。何をいまさら…という気がしないでもないのだが、とにかく「ああ…終わった…」と感じたのだ。

僕からすれば永遠の小学生だったまるちゃん。そんな彼女が、漫画家としてデビューするまでの物語として読むと、また違った味わいがあったのだ。

さくらももこさんは、あとがきでこう述べている。

毎日、人の数だけ違う事が起こっている。同じ日なんて無い。一瞬も無い。自分に起こる事をよく観察し、面白がったり考え込んだりする事こそ人生の醍醐味だと思う。

僕たちは、どうしても日々の生活に刺激を求め、非日常を渇望する。平凡な毎日に、ああ、なんて退屈な毎日なんだろう…と自己嫌悪に陥ることすらある。

けれども、どんなに平坦に思えても、まったく同じ1日というものは存在しないのだ。

『ちびまる子ちゃん』という作品で描かれているのも、なんてことのない平凡な日常だ。そんな日常のなかにも、ちょっと笑えたり、苦しくなったり…小さなドラマがたくさんある。

そういう小さなドラマをないがしろにしないこと。それが毎日を楽しく生きるヒントなのかもしれない。

なんか最後の最後で、大切なことを教わった気がする…。

ありがとう、まるちゃん。


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