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エピローグ第7話:チェーホフ『猟場の悲劇』と『スリー・ビルボード』中篇 『THREE BILLBOARDS OUTSIDE EBBING, MISSOURI(スリー・ビルボード)』徹底解剖


では、そろそろチェーホフ『The Shooting Party(猟場の悲劇)』と映画『スリー・ビルボード』の登場人物やストーリー上の共通点を説明しようかな。

『スリー・ビルボード』で謎だった描写や回収されずに放置されていた伏線の意味がすべてわかるよ。

なにせ「そのまんま」だからね…

おお!そいつは楽しみだ!

・・・・・

ちなみに前回はコチラよ。

ザクっと言ってしまうと、チェーホフの『猟場の悲劇』という物語は…

19歳の若い娘が何者かに殺されて…

真犯人は捜査を主導した中年の予審判事で…

実は二人は秘密の不倫関係にあって…

予審判事は捜査の中で証拠を次々と隠滅し…

小説の中では事件の真相が解明されないまま終わる…

というものなんだ。

あんたの主張する『スリー・ビルボード』の本当のストーリーそのまんまじゃんか!

そうだよ。

しかもこの小説『猟場の悲劇』には、新約聖書の『Acts of the Apostles(使徒言行録/使徒行伝)』という名前がキーワードとして何度も登場する。

『使徒言行録』は『ルカによる福音書』の「続編」ともいえる書で、イエスの死と復活のあとの出来事を描いたもの。

使徒ペテロと回心者パウロ(サウロ)の二人が中心になって、原始キリスト教が作り上げられていく過程を描いたものだ。

そして小説『猟場の悲劇』は、この『使徒言行録』と『ルカによる福音書』がベースになって物語が構成されている。

もちろん他の三福音書マタイ・マルコ・ヨハネからのネタも多く使われているけどね。

これも『スリー・ビルボード』にそっくりそのまま転用された。

しかもチェーホフは小説内で「侮蔑表現・差別用語」などの汚い言葉を多用するんだけど、これもマーティン・マクドナーは『スリー・ビルボード』でそのまま再現してみせた。

映画の中でミルドレッドやディクソンが悪い言葉を連発するのは、全部チェーホフのせいなんだ(笑)

そうだったのか!

オ、オモシロイ スイリデスネ…

ずっと僕は「なぜ使徒言行録なのか?」と疑問に思っていたんだ。

なぜ『スリー・ビルボード』を書いたマーティン・マクドナーは、あそこまで『使徒言行録』にこだわったのか?という疑問をね…

でもチェーホフの『猟場の悲劇』を読んで、その理由がわかった。

マーティン・マクドナーは『使徒言行録』と前日誕『ルカによる福音書』がベースになっている『猟場の悲劇』を、徹底して現代風にアレンジすることに心血を注いだんだよ。

たとえばオープニングシーンとか…

オープニングシーン…デスカ…?

まず『使徒言行録』はこのように始まる。

1:1 テオピロよ、わたしは先に第一巻を著わして、イエスが行い、また教えはじめてから、
1:2 お選びになった使徒たちに、聖霊によって命じたのち、天に上げられた日までのことを、ことごとくしるした。

いきなり「先に著した第一巻」という言葉が登場するんだけど、これが『ルカによる福音書』のことなんだよね。

その「第一巻」である『ルカによる福音書』は、こんなふうに始まる。

1:1 わたしたちの間に成就された出来事を、最初から親しく見た人々であって、
1:2 御言に仕えた人々が伝えたとおり物語に書き連ねようと、多くの人が手を着けましたが、
1:3 テオピロ閣下よ、わたしもすべての事を初めから詳しく調べていますので、ここに、それを順序正しく書きつづって、閣下に献じることにしました。
1:4 すでにお聞きになっている事が確実であることを、これによって十分に知っていただきたいためであります。

小説『猟場の悲劇』は「前書き・小説本文・後書き」という三段構成になっている。

まず「前書き」では、「とある殺人事件の関係者であり、捜査や裁判も担当した男」が『予審判事の手記より』という題名の「ルポルタージュ風の小説」を出版社に持ち込み、編集長に出版をお願いするんだ。

まさにテオピロ閣下に献上する『ルカによる福音書』の第1章みたいにね。

ここに本があるから、最初の部分を見てみてごらん。


(花笠君、小説の前書きを速読する)

確かにそうね…

男はやたらと大袈裟に編集長を持ち上げてて、本当に「閣下扱い」してる…

小説『猟場の悲劇』の導入部は、まさに『ルカによる福音書』の冒頭だわ。

そしてマーティン・マクドナーは『スリー・ビルボード』の冒頭シーンで、同じように「広告の出稿依頼シーン」を描いた。

殺されたアンジェラの母ミルドレッドが、レッドの広告代理店を訪れて、三枚の広告看板を出すことを依頼するんだね。

せやけど『猟場の悲劇』では依頼するのが「犯人の男」で、『スリー・ビルボード』では「被害者の母」やな。

「そのまんま」ではない。

いや、ある意味「そのまんま」なんだ…

<続きはコチラ!>


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