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ゆっくり深読み 中島みゆきの『ヘッドライト・テールライト』その⑩


前回はこちら





木村祐一が演じるトラックドライバーの中学時代の同窓会が行われているホテルの宴会場が「島」でもある?

そして、それは「17」のある「島」?

どういう意味でしょう?



だから何度も言ってるだろう。

目に映る全てのことはメッセージ、だ。

この宴会場に「17」のものがあるんだよ。


え? この中に「17」のものが?



一目瞭然だろう?


いえ… わかりません…

「17」のものとは何でしょうか?


「穴」の数だよ。


あな?


あの宴会場の側面には、ちょっと変わった縦長パネルがついている。

そこに開いている正方形の「穴」のことだよ。

下の方は人がチョロチョロ動いて見にくいけど、あのシーンでは「17」の「穴」が映し出されていた。



確かにそうですが…

あの縦長パネルに「17」の穴があることに何の意味が?


サントリー缶コーヒーBOSSのCM『ヘッドライト・テールライト篇 2019』は、フラ・アンジェリコの絵『コルトーナの受胎告知』を再現したものになっている。

キム兄の同窓会シーンも、この絵の「一部分」を表したものなんだよ。


『Annunciation of Cortona(コルトーナの受胎告知)』
Fra Angelico(フラ・アンジェリコ)


この絵の一部分? いったいどこですか?


「淀島中学校 第17期卒 同窓会」とは、ここのこと。



エデンの園? 失楽園?

つまりあの嫌味な男と、その隣にいた女は、ドロ沼の不倫関係にあるということですか?

まさか、この同窓会の後も二次会へ行かずに、そのまま二人でホテルの部屋に…



そして二人は清水アキラがモノマネする五木ひろし『よこはま・たそがれ』状態に…



なんてこった…


てゆうか、そんなわけないでしょ(笑)

そっちの「失楽園」じゃなくて、本家の「失楽園」だ。


え?


フラ・アンジェリコの絵『コルトーナの受胎告知』の特徴は、「失楽園」から「復楽園」に至る人類の壮大な物語が落とし込まれていることにあった。

アダムとイヴの堕落によって人類が失ってしまったパラダイスを取り戻すために、インマヌエルである神の御子キリストが乙女マリアの胎に宿り、肉体をもつ存在として生まれ、人類の罪を背負う贖いの小羊として死に、そしてイエス・キリストの名を呼ぶ者が世界の終わり終末に死者の中から蘇ってパラダイスへ行くことを示すため、そのデモンストレーションとして自ら復活してみせる…

これだけの内容がシンプルな構図の中に落とし込まれているから、制作から数百年たった今でも、多くの芸術家たちにインスピレーションを与え続けているというわけだ。


しかし「17」と「島」は?

エデンの園がある丘は少し「島」っぽいですが、「17」のものなんてどこにも見当たりません。



実は『コルトーナの受胎告知』には「姉妹作」がある。


そんなこと改めて言わなくてもわかります。

『ヘッドライト・テールライト篇 2015』は、その姉妹作を元ネタにしたものでしたから。



そうじゃない。

『コルトーナの受胎告知』と並行して制作された「姉妹作」だ。

フラ・アンジェリコが『コルトーナの受胎告知』と全く同じ時期に、全く同じように「失楽」と「復楽」を描いた「姉妹作」がある。


そんなものがあるのですか?


フラ・アンジェリコの『Giudizio Universale』…

『最後の審判』だ。


『The Last Judgement』
Fra Angelico


こ、これは…


だからキム兄と同級生は、こんな会話をしていたんだよ。


同級生「久しぶりやなあ。今なにしてんの?」

キム兄「大型のトラック乗ってる」

同級生「トラックドライバーかあ。かっこええなあ。日本の物流を支えちゃってるってわけや」

キム兄「そんな大袈裟な…」

同級生「日本中が俺の庭って感じやろ?」

キム兄「・・・・・」


確かに、そんな会話をしているように見える…



カーペットの模様も上手く使ってるよね。

あれは楽園の「生命いのちの木」と「着物を洗う池」だ。



つまり、縦長パネルに開けられた「17」の穴とは…

これのこと…



あの「17」の穴は墓穴で、最後の審判のために死者が蘇ったことを表している。

左側の穴が「9」で、右側の穴が「7+1」だ。

この数の意味は知ってる?



この数はダンテ・アリギエーリの『Divine Comedy(神曲)』にも描かれている、ギリシャ哲学の宇宙論を取り入れたキリスト教神学の世界観…

穴の位置が1つだけ異なる右側「7+1」は、プルガトリオ(煉獄)を意味し…


『The Ordering of Purgatory(煉獄の秩序 )』
Michelangelo Caetani(ミケランジェロ・カエターニ)


左側の穴の数「9」は…

神の領域に向かって9層構造になっているというパラダイス(楽園)を意味する…


『The Ordering of Paradise(楽園の秩序)』
Michelangelo Caetani(ミケランジェロ・カエターニ)


その通り。さすがだね。

ちなみに河出書房の『神曲』第2巻の表紙はこのフラ・アンジェリコ『最後の審判』なんだけど、タイトルは「煉獄篇」なのに「楽園」の部分が使われている。

なかなかのミステリーだ。



宴会場の縦長パネルの17の穴は、あの絵の中央に描かれている17の墓穴だった…

つまり、あの同級生が茶化した「日本の物流を支えちゃってる大型トラック」とは…



そう。墓穴から持ち運ばれて置き去りにされた「棺桶」のことだね。

このCMのクリエーターは、あの「置き去りにされた棺桶」を、大型トラックの「置き去り式コンテナ」に見立てた。

日本の物流の危機「2024年問題」を救う救世主と呼ばれている スワップボディ(スワップボデー)に。



似ている…

もう、そうとしか思えない…



ちなみに、このキム兄の『ヘッドライト・テールライト篇』が放送された2019年は、日本におけるスワップボディー車の普及拡大元年だった。

これまでは法の壁があって日本では導入が難しかったんだけど、2024年問題に向けた物流改革のために大幅な規制緩和が行われたんだ。



そして「スワップボディ」といえば…



尾美としのりと「転校生」の話は、シーン2「夜の公園」でたっぷりしよう。

その前に注目しなければならないのは、キム兄と会話を交わした「同級生」だ。



トラックドライバーと物流を茶化した人物ですか?

この同窓会の中で一番偉そうにしている雰囲気でした。

自分の女と子分みたいな奴を引き連れて、いかにもボス気取りといった感じ。

おそらく中学時代もそうだったんでしょう。


ボスである彼は「ピンク」のネクタイをして、「ダークブルー」のスーツを着ている。


ええ、そうですけど、それが何か?



彼はイエス・キリストだ。


は?


ボス的存在はピンクのネクタイとダークブルーのスーツ…

そしてキム兄は黄色のジャケットとカーキ色のパンツ…

つまりあの場面は、こういう構図にもなっているんだよ。

ボス的存在:イエス・キリスト
ボスの女:聖母マリア
ボスの子分:ヨハネ
キム兄:十字架と棺桶を運ぶ天使


ええっ!?


だからボスは「久しぶりやなあ。今なにしてんの?」と尋ね、物流と聞いて茶化したんだ。

最後に会った「あの時」に運んでいたのは「お知らせ」で、重たい十字架や棺桶なんて運んでいなかったから。


なるほど… 確かにそうですね…


だからボス役には、この俳優が起用された。

この人以上に「この状況」に相応しい役者は、日本にいないだろう。

尾美としのり、新井美羽と並ぶ、このCMの重要パーソンだ。



誰なんですか、この人?


この俳優の名は、筒井 巧(つつい たくみ)…

筒井巧といえば…

わかるよね?


筒井… 巧…?

あっ!わかった!

映画『釣りバカ日誌』の鈴木建設 営業三課、ハマちゃんの後輩「赤井」役の人!

真面目な性格で、いつも最前列で鈴木建設社歌を歌っていました!



確かに筒井巧は『釣りバカ日誌』鈴木建設営業三課の赤井だが、世間一般的にはそこまで認知されていない。

それよりも、もっと有名な作品があるだろう?

日本国内のみならず、地球の裏側でも知られている「当たり役」が…



地球の裏側でも知られている作品?

もしや…

ブラジルのコーヒー農園の労働者たちが、豆を収穫しながら主題歌を日本語の歌詞で口ずさむと言われている、あの作品…


その通り。

筒井巧の代表作といえば、なぜかブラジルで絶大な人気を誇る、東映メタルヒーローシリーズ第7弾『世界忍者戦ジライヤ』だ。



しかしフラ・アンジェリコ『最後の審判』と「ジライヤ」に何の関係が?



フラ・アンジェリコの『最後の審判』は、新約最後の書『ヨハネの黙示録』のラストシーン、第21章と第22章を描いたもの。

世界最終戦争ハルマゲドンの後に死者たちが蘇り、イエス・キリストによる裁きを受ける場面だ。

だから画面左側に楽園と神の国「新しいエルサレム」の門が描かれ、画面右側には煉獄とサタンの国「地獄」が描かれている。



そして中央では、イエス・キリストが有名な口上を述べています…


『ヨハネの黙示録』22:12-16
「見よ、わたしはすぐに来る。報いを携えてきて、それぞれのしわざに応じて報いよう。わたしはアルパであり、オメガである。最初の者であり、最後の者である。初めであり、終りである。いのちの木にあずかる特権を与えられ、また門を通って都に入るために、自分の着物を洗う者たちは、さいわいである。犬ども、まじないをする者、姦淫を行う者、人殺し、偶像を拝む者、また、偽りを好みかつこれを行う者はみな、外に出されている。わたしイエスは、使をつかわして、諸教会のために、これらのことをあなたがたにあかしした。わたしは、ダビデの若枝また子孫であり、輝く明けの明星である」


そして『ヨハネの黙示録』と新約聖書は、この言葉と共に締めくくられる。


『ヨハネの黙示録』22:20-21
これらのことをあかしするかたが仰せになる、「しかり、わたしはすぐに来る」。アァメン、主イエスよ、きたりませ。主イエスの恵みが、一同の者と共にあるように。


しかり、わたしはすぐに来る…

来たりませ…

『風立ちぬ』で宮崎駿が「あなたのもとへ届きませ」と「生きて(来て)」に置き換えた言葉ですね。

零戦の「ゼロ」とは「初めであり終わりである」数字ですから。



サム&デイヴの大ヒット曲『Hold on, I'm coming』もそう。

『ヨハネの黙示録』最後の言葉が元ネタだ。



先程も言いましたが、この話とジライヤに何の関係が?


歌舞伎や映画、漫画・アニメなどで「児雷也/自雷也/磁雷矢」などと当て字される「ジライヤ」は、江戸時代の天保年間に草双紙デビューした際は「自来也」と表記されていた。

元ネタは中国・宋の時代に人気を博した英雄的義賊「我来也」なんだけど、「ガライヤ」という響きが日本語的ではないので翻訳者が「我」を「自」にして「ジライヤ(自来也)」と変えてしまい、それがそのまま定着したという歴史をもっている。

「それよりのち・それ以来」を意味する言葉「爾来じらい」と掛けたわけだ。


「也」は強調の言葉だから「それ以来や!」か…


江戸時代に自来也ブームが大阪から始まったのは、響きが関西弁っぽいからかもしれないね。

ちなみに「我来也/自来也」という名前のそもそもの由来は、忍び込んだ先に「我 来たる也/自ら来たる也」という文言を残すことから来ている。


『本朝水滸伝 尾形周馬寛行 自来也』
歌川国芳


われ… きたるなり…?


しかり、わたしはすぐに来る。


なるほど… そういうことだったのか…



完璧なキャスティングとしか言いようがない。

「失楽園と復楽園」のために、ジライヤの筒井巧を起用するとはね。


「17」は墓穴の数で納得ですが、もう1つのメッセージ「島」はどこに?


「島」とは、これのことさ。



はい?


この『最後の審判』の形、変だとは思わないかい?


絵の形ですか?

確かに変わった形をしています…

何だか、サザエさんの髪型のような…



I am your Father(笑)



それはミケランジェロの『最後の審判』!

話をそらさないでください!


私のせいではない。

君がサザエさんとレイア姫を間違うからだ。



あれ? ほんとだ…

すみませんでした… 似てるから、つい…


サザエさんとレイア姫の髪型が似てるか似てないかなど、どうでもいいことだ。

問題は、なぜフラ・アンジェリコの『最後の審判』が「あんな形」をしているのかということ。


なぜ「あんな形」なのでしょう?



それは、あの『最後の審判』が「シマ」に描かれたものだからだ。

あの奇妙な形は、絵が描かれた「シマの形」なんだね。


シマの形?


「シマ」とは、ギリシャ・ローマ建築に欠かせない伝統的な装飾部のこと。

出入口や壁の上部、水平なラインの上に「曲線・カーブ」を伴って作られる。

アルファベットでは「sima/cyma/cimasa」などと表記される。



ああ、西洋建築によくあるやつですね…

これを「シマ」と呼ぶのか…


だからキム兄の同窓会は「淀中学校 第17期卒」だったというわけだ。

「島」と「17」はフラ・アンジェリコ『コルトーナの受胎告知』の姉妹作『最後の審判』を表していたんだよ。


そして同窓会の帰り道、公園脇の歩道に落ちていたサッカーボールを蹴り飛ばす…

「なんやねん!」と言いながら…



あの形は「空気の抜けたサッカーボール」とよく似ている。



なんてこった…


では、シーン2「夜の公園」を解説しよう。

このCMを読み解く重要な鍵が隠されているパートだ。



つづく




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