シン・日曜美術館『深読み 夏目漱石の坊っちゃん』㉛「余談 風立ちぬ part14」
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1989年5月某日(日曜)午後
藪蔦屋 りうていの間
で、プリンスの『Sometimes It Snows in April』の2番で「俺」が見つめていた「絵」とは、いったいどんな「絵」なんだ?
『パープル・レイン』が「答え」って、いったいどういう意味なのさ?
君は本当に気付いていないようだな…
『Sometimes It Snows in April』における「snow in April」の本当の意味…
そして『Purple Rain』との関係を…
だから聞いてるんじゃないか。
手短に頼むぞ。僕らの本題はプリンスではないからな。
堀辰雄の『風立ちぬ』第三章の「四月の雪」に戻らなければならない。
OK。それでは単刀直入に行くとしよう。
「答え」は映画『パープル・レイン』の「あのシーン」を見れば一目瞭然だ。
一目瞭然も何も、ただプリンスが歌ってギター弾くだけのシーンじゃんか。
演奏の最後にプリンスは「何か」をしたよな?
何か? バンドのギタリストにキスしたことか?
その通り。
最後にプリンスは、自分のバンドThe Revolution(ザ・レヴォリューション)のギタリストWendy(ウェンディ)にキスをした。
恋人が見ている前で、裏切りのキスを…
だから何なんだ?
確か映画の中では、あのギタリストが『パープル・レイン』を作曲したという設定だったよな?
素晴らしい曲を書いてくれたことへの感謝の意を込めたキスだろう?
そして、あのキスの時に…
他にも「何か」が映し出されていたはずだ…
キスの時に? そういえば…
大勢の観衆とは別に、関係者席みたいなところから見ていた人たちが映し出されてたな…
背後から強い照明があたって逆光になり、顔は見えなかったけど…
そう。彼らは会場にいた他の人々とは違って「背後に光」がある。
彼らは何人いた?
人数? えーと…
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11…
全部で11人だけど、それが何か?
まだ気付かないのか?
『パープル・レイン』の歌詞…
歌い終わった後のキス…
そして、それを見ていた、背後に光のある11人…
ん? それって、もしかして…
やっと『パープル・レイン』演奏シーンで「何」が行われているのか、わかったか…
あの会場はただのナイトクラブではない…
あそこには、誰でも知っている「ある有名な場所」が投影されている…
その場所とは…
オリーブ山の麓… ゲッセマネの園…
その通り。
プリンスによるギタリストへのキスは、ユダの接吻…
『Judas's Kiss(ユダの接吻)』
Gustave Doré(ギュスターヴ・ドレ)
そして、それを見ていた「背後に光のある11人」とは、ユダを除く使徒11人のこと…
多くの宗教画において、聖人である彼らの背後には「光背」と呼ばれるものが描かれている…
『Last Supper(最後の晩餐)』
Tintoretto(ティントレット)
つまり『パープル・レイン』の歌詞は…
「ゲッセマネの園での出来事」を歌ったものってことなのか?
君は、あの出だしの歌詞を聴いて、気が付かなかったのかい?
そのまんまだろう?
I never meant to cause you any sorrow
I never meant to cause you any pain
I only wanted to one time to see you laughing
I only wanted to see you laughing in the purple rain
悲しませたかったわけじゃない
苦痛を与えたかったわけじゃない
僕は見たかっただけなんだ、君が笑うのを一度だけ
見たかっただけなんだよ、君が笑うのを、紫の雨の中で
「悲しみ」や「苦痛」の部分はわかるけど「君が笑うのが見たかった」って…
ゲッセマネの園の出来事には何も笑える要素はないよな?
これのどこが「そのまんま」なんだ?
おいおい。頼むよ。
ゲツセマネの園でキスされる人物は、どう見ても「laughing」だろ?
あれを「laughing」ではないと言う方が笑われるぜ。
は?
まだわからないか?
それじゃあ「ユダの接吻」の直前を描いた、この絵を見てみろ。
『An angel comforting Jesus before his arrest in the Garden of Gethsemane(ゲツセマネの園で逮捕前のイエスを慰める天使)』
Carl Bloch(カール・ブロッホ)
イエスの表情は「悲しみ」と「苦痛」に満ちているけど、どう見ても「笑っている」ようには見えない…
なぜこれが「laughing」なんだ?
それでは聞くが…
あの絵の中のイエスの背後には何がある?
背後? オリーブの木があるけど。
あれは十字架の投影だろ?
そうだ。しかし「もう1つ」描かれているものがある。
イエスと、十字架が投影された木と、重なるように描かれたものが…
ほら、見えるだろう?
えっ!?
あの動物の頭部のような影は何だ?
背後の闇の中に何かが潜んでいる!
カール・ブロッホが、イエスの背後の茂みの中に描こうとしたもの…
それは「子羊」だ…
こひつじ?
あれをクッキリ描くと、こういう風になる。
何だこれは?
同じように木の背後から子羊が頭を出しているじゃないか…
そして、その前には天使の羽と、横たわる若者の足…
もしや、あれは…
そう。アブラハムの息子「イサク」だよ。
『Abraham Sacrificing Isaac(イサクの燔祭)』
Laurent de La Hyre(ローラン・ド・ラ・イール)
気のせいかな…
なんか、この2つの絵… 似てる気がする…
似てるのも当然だ。
パーツを組み替えると、全く同じものになるからな。
嘘だろ… マジかよ…
新約の肝である「父の手で生贄にされる子キリスト」の原形は…
旧約の肝である「父アブラハムの手で生贄にされる子イサク」…
新約というのは旧約の預言の数々が成就・現実化されたものだからな…
だからプリンスは「I only wanted to one time to see you laughing」と歌い、最後にキスしたんだ…
ゲッセマネの園で祈りを捧げ、ユダにキスされたイエスは、まさしく「laughing」であり、それは人類史上一度きり「one time」の出来事なのだから…
だからなぜイエスが「laughing」なんだ?
父の手によって処刑されるんだから、全然笑える状況じゃないだろう?
ここまで言っても、まだ気付かないのか?
「I only wanted to one time to see you laughing」とは…
「僕はただ欲していた、君が一度きりの《贖(あがな)いの子羊》になることを」
という意味なんだよ…
贖いの子羊?
あっ… そうだ…
イエスの予型「Isaac(イサク)」とは、ヘブライ語で「laughing(笑う)」という意味だった…
やれやれ。やっとわかってくれたか。
「Purple Rain」の「purple(紫)」とは「青と赤」を混ぜた色だ。
プリンスはこう語っている。
「パープルレインとは、青い空の中で赤い血の雨が降り、それが混じり合うイメージ」だと…
ゲッセマネの園で父に祈りを捧げる際、イエスは恐怖のあまり全身から血の汗を流した…
青い上着の中で…
「purple(紫)」とは最高位の権力者のみが身につけることを許された色。King of Kings、王の中の王の色だ。
それじゃあ「Purple Rain」というのは「青い上着の下で流れたキリストの赤い血の汗」という意味なのか?
それだけではない。
聖書やゴスペルソングで「雨」は「主の降臨・めぐみ」を意味する。
プリンスが敬愛するシンガー/ギタリスト Sister Rosetta Tharpe(シスター・ロゼッタ・サープ)の代表曲『Didn't It Rain?』のように…
なるほど…
そういえば英文学や英詩の世界では、同じ「レイン」という発音の「rain」と「reign」が掛けられることも多いんだよな…
「君臨、統治、支配、治世、御代、御世」という意味の…
その通りだ。
つまり「Purple Rain」は「主の降臨」とか「主の御世」とも読める。
そうすると2番の歌詞も…
I never wanted to be your weekend lover
I only wanted to be some kind of friend
Baby, I could never steal you from another
It's such a shame our friendship had to end
そのまんまだな。
ユダがイエスにキスをして「売った」のは金曜日。
そして3番も…
I know times are changing
It's time we all reach out
For something new, that means you too
「times are changing」とは、旧約から新約へ時代が大きく変わること…
「that means you」である「something new」とは「New Testament(新約)」だな…
最後の晩餐の時、イエスは弟子たちに向かって、自分が「贖いの子羊」になることを告げたが…
ゲッセマネの園へ移動して弟子たちが眠ってしまった後、密かに死の定めに苦悩していた…
ユダである「俺」は、そのことを言っている…
You say you want a leader
But you can't seem to make up your mind
I think you better close it
And let me guide you to the purple rain
「close」には「cross」が掛けられている。
トム・ウェイツの『CLOSING TIME』が『CROSSING TIME』であるのと同じこと。
「I think you better cross it」で「その心ごと十字架に掛けてしまえばいい」だ。
そして最後の歌詞…
If you know what I'm singing about up here
C'mon, raise your hand
I only want to see you
Only want to see you
In the purple rain
俺が何について歌っているのか分かったなら
さあ、手を上げるんだ…
こう歌いながらプリンスは、上げた手を左右に大きく振っていた。
上げた手を、左右に…
これだ…
『磔刑図』カール・ブロッホ
これでわかっただろう。
『Purple Rain』は「ゲッセマネの園」が舞台で、語り手の「俺」はユダ…
おそらくプリンスは、カール・ブロッホの絵からインスパイアされて歌詞を書いた…
だけどなぜプリンスは自分をユダに重ねて曲を作ろうと思ったんだ?
おそらくそれは、多くの宗教画でユダが「黒人の血が多く入った人物」として描かれているからだろう。
ギュスターブ・ドレの絵でもそうだったし…
世界で最も有名な絵のひとつである、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』でもそうだった…
そういえば、そうだな…
他の使徒は「白人」として描かれるのに、いつもユダだけ肌の色が茶褐色だ…
『Judas Iscariot(イスカリオテのユダ)』
James Tissot(ジェームズ・ティソ)
これは僕たち西洋人の、キリスト教の黒歴史でもある…
長らく白人は、肌の色が濃い人々を劣った人種だとし、それは呪われたカインの末裔だからと考えてきた…
だから呪われた存在であるユダも「非白人」として描かれるようになったんだ…
正義は「白」で、悪は「黒」だとね…
それは日本でも一緒だ…
「白」は勝者で、「黒」は敗者…
「白黒つける」と言った場合、誰も「黒」になりたいとは思わない…
だから僕は将来映画監督になったら「黒」をネガティブなイメージで使わないつもりだ…
ダークなヒーローが活躍したり、ブラックホールが人類を救済したり、黒人を主人公にした映画を作りたい…
へえ… 君はそんなことを考えてたんだ…
誰にも言うなよ。君と僕だけの秘密だ。
うん。わかった。
それじゃあ『Sometimes It Snows in April(四月に雪が降ることもある)』の話に戻ろうか。
「俺」が見ていたという「his picture」の話に…
「his picture」ではない。
「H」が大文字の「His picture」だ。
へ?
やれやれ…
『パープル・レイン』をここまで説明したのに、まだ気付いていないとは…
そもそも君は肝心なことを忘れている…
肝心なこと? 何さ?
あの歌は『Purple Rain』の次作映画『UNDER THE CHERRY MOON』の主人公「Christopher Tracy(クリストファー・トレイシー)」について歌ったものだ…
「キリストの跡をたどる者」「キリストをトレースする者」という意味の名前をもつ男について…
あっ… そうだった…
まったく信じられないほどのそそっかしさだな。
『パープル・レイン』がわかってしまえば、『Sometimes It Snows in April』はわかったも同然。
いくら鈍感な君でも、プリンスが何を歌っているのか、さすがに気付くだろう。
そこまで言うなら、もう一度聴かせてくれよ…
『Sometimes It Snows in April』を…
いいだろう。
よーく歌詞を聴きたまえ…
つづく
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