第341話 深読み『千と千尋の神隠し』vol.40「銀河鉄道の夜㉒夜の讃歌 前篇」
前回はコチラ
2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
もう、こんな話は嫌…
悲し過ぎるじゃん…
まだ12歳だったにもかかわらず、ゾフィーはノヴァーリスにとって、理想の「妹」であり、理想の「恋人」であり、そして理想の「母」だった…
無垢でありながら母性にあふれたゾフィーを、ノヴァーリスは「究極の女性」と感じたわけだ…
まさに宮沢賢治にとって理想の女性像だった妹トシ(とし子)…
理想の少女であり恋人であり母である…
宮崎駿監督が描くジブリ映画のヒロイン像もそうですね…
最愛の人ゾフィーを失ったノヴァーリスの衝撃は、はかりしれないものだった…
プロテスタント敬虔主義者の父と対立し、信仰や詩作のことで確執を抱えていたノヴァーリスにとって、ゾフィーは唯一の理解者であり、「すべて」ともいえる存在だったから…
そしてゾフィーの死からしばらくたったある日のこと…
ノヴァーリスはゾフィーの丘墓で、ある不思議な体験をする…
この出来事によって、ノヴァーリスの詩人としての才能が覚醒し、そこから彼の3つの代表作が生まれることになるんだ…
不思議な体験とは、どんなものだったのでしょう?
天空の彼方から…
「それ」が、やって来たんだよ…
「それ」がやって来た?
「それ」って、いったい何ですか?
「ゾフィー」だ。
ええっ!?
丘墓で佇んでいたノヴァーリスのもとに、天空の彼方からゾフィーがやって来たって…
まるでジョン・レノン『OUT THE BLUE』のヨーコじゃないですか!
この曲も泣ける。
まるで青天の霹靂のように目の前に現れ、本当の幸せを気付かせてくれた理想の女性ヨーコを歌ったものよね。
ヨーコは宇宙(そら)の彼方からUFOのようにやって来たと歌われる…
UFOとは「unidentified flying object」の略、未確認飛行物体のこと…
賢治の「銀河鉄道」も、宇宙(そら)の彼方からやって来た未確認飛行物体、つまりUFOね。
銀河鉄道はUFO… 確かにそうだ…
そしてジョンは、ヨーコを「Lord & Lady」と喩え、出会えたことに日々感謝していると歌った。
つまりヨーコは自分にとっての「救世主キリスト」であり「聖母マリア」であると。
これはノヴァーリスが運命の人ゾフィーに対して抱いた想いそのものであり、ノヴァーリスの作品の中に通底するテーマでもある。
おそらくジョンはノヴァーリスを読んでいたんじゃないかな。
John Lennon & Yoko Ono
ジョン・レノンの『OUT THE BLUE』の歌詞はノヴァーリスの影響?
そんな、まさか…
アリエール!抱いて!
「抱いて」って、松田聖子の歌じゃないんですから…
この歌はヤバいって…
これ以上あたしを泣かせないで…
それではノヴァーリスの話に戻しましょう。
不思議な「ゾフィー体験」に…
失意のノヴァーリスのもとへ、最愛の人ゾフィーが帰って来た…
『ゴースト ニューヨークの幻』のように、ということでしょうか…
んもう、ジョーったら…
こんなん見せられたら、さらに涙腺崩壊じゃん…
「それ」は、この世の存在ではないから、姿かたちは見えない。
だけどノヴァーリスは、自分のすぐそばに「ゾフィー」を感じた。
そして、「ゾフィー」の「愛」と、自分の「愛」が、重なり合って一つになった瞬間…
ノヴァーリスは至福、エクスタシーに達し、身体と意識が世界と溶け合った…
その時、この世界の「すべて」、つまり、宇宙の「すべて」が見えたんだ…
至上の愛に包まれて、宇宙のすべてを見た…
なんだか『ヨブ記』みたいですね…
至上の愛と一体化したノヴァーリスは、世界を理解した。
過去や未来、つまり、世界が誕生してから終わるまでの「時間」というものは、ひとりの人間の中にある…
なぜなら、ひとりの人間は、独立した個であると同時に、宇宙を構成する全体の一部分であるから…
そして、神が宇宙のすべてを作ったのなら、人間以外の物にも同じことが言えるはずと考えた。
一つの石コロや砂粒の中にも、一本の川の流れの中にも、そこには宇宙の摂理があり、過去と未来の記憶がある…
人間が自分自身の「内なる声」を聴けるように、世界と調和し一体化すれば、あらゆるモノの「内なる声」も聴くことが出来る…
かつて人間が持っていたこの能力を取り戻すことで、人類は再び幸福な時代を迎えるだろう… とね。
かつて世界と調和していた人類は、自然界のあらゆるモノの声を聴くことが出来た…
ノヴァーリスは、そう理解したのですか?
そうだ。
神が創造した理想世界「楽園」にいた人類は、自然と完璧に調和した日々「黄金時代(ゴールデン・エイジ)」を生きていた。
だけど罪を犯して「失楽」したことにより、人類は本来持っていた能力を失ってしまい、自然と切り離され、不安を抱えながら生きることになった。
そんな中、文明や技術の進歩で増長した人類は、自分たちを自然の上位存在だと錯覚し、神のように世界をコントロールできると勘違いし、さらに堕落の道を突き進んで、これまで以上に不幸を生み出すことになった。
この不幸の連鎖が終わるのは、人類が自然を征服した時ではなく、世界全体と調和する能力を取り戻し「復楽」した時…
こう悟ったんだね。
「失楽」から「復楽」へ…
まさにフラ・アンジェリコ『受胎告知』のテーマ…
『Annunciation』Fra Angelico
だけど、すべての物が発する「声」を聴くって…
ちょっとヤバい人っぽくない?
そうかしら?
実際、自然界のあらゆるものは「声」を発している。
私たちが何かを「知覚する」ということは、その物質が発する「おしゃべり」や「音楽」を聴くということに他ならないのよ。
どういうこと?
何かを「知覚する」とは、光や音などの波動をキャッチする、つまりグルーヴを感じるということです。
つまり宇宙とは、躍動し続けるエネルギーの熱狂的なダンスであり、永遠に奏でられる壮大なシンフォニーだと言えます。
何だかよくわかんないけど、コトリwithステッチバードの「宇宙ダンス!」みたいにってこと?
まあ、そんなところね(笑)
さらにノヴァーリスは、人類の「復楽」のためには「愛」が鍵であることを悟った…
本当の意味での「愛」の理解が必要だと…
「愛」とは、ただの想いとか概念ではなく、清らかであると同時に生々しい実態を伴って存在するもの…
だから「愛」は、時間や空間を超越して、永遠に存在し続ける…
一粒一粒の砂の中に、川の流れの中に、天空の星々の中に、つまり、宇宙全体に溶け合って…
そして、それは「死」を通して初めて実現される…
ノヴァーリスは丘墓での「ゾフィー体験」を通じて、生と死に秘められた究極のロマンを悟ったんだ…
まさに『千の風になって』じゃな。
久々に聴いたけど、この歌やっぱり泣ける…
名曲だわ。
そして、この時の「ゾフィー体験」が、二年後に発表されることになるノヴァーリス最初で最後の「詩集」の中で歌われる。
最初で最後?
さきほど教官は、ノヴァーリスには代表作が3つあると…
ゾフィーの死が公にされた1797年3月25日から丁度四年後の1801年3月25日…
ノヴァーリスも29歳の若さで亡くなってしまう…
後世、ドイツ・ロマン主義における代表的な詩人として有名になったノヴァーリスだけど、生前はほとんど無名の存在だった…
生前に出版された作品は、わずか1つだけ、幻想的な「ゾフィー体験」が描かれた詩集『夜の讃歌』のみ…
他の2つの代表作『ザイスの学徒』『青い花』は、未完のままで、死後に発表されたものなんだ…
宮沢賢治も、そんな感じじゃなかったっけ…
確か、生前に出版されたのは、詩集『春と修羅』だけだった気が…
その通り。ノヴァーリスと賢治は、本当によく似てるんだよ…
思想や作風だけでなく、その生涯も…
賢治が生前唯一出版した「詩集」である『春と修羅』は、ノヴァーリスが生前唯一出版した「詩集」である『夜の賛歌』と、驚くほど多くの部分でシンクロする…
シンクロする? どういうことでしょうか?
『春と修羅』は、賢治にとって最愛の人であった妹トシへの想いが主題となっている作品集だ。
トシを看病していた11ヶ月間、そして死後の11ヶ月間、計22ヶ月間における賢治の心の移り変わりが描かれている。
だから賢治は、これを「詩集」と呼ぶことに抵抗を感じていた。
収録されているのは、いわゆる定型的な「詩」ではなく、「modified」つまり修正された「mental sketch(心象スケッチ)」だったから。
そして『夜の讃歌』は、ノヴァーリスにとって最愛の人であった少女ゾフィーへの想いが主題となっている作品集。
ゾフィーの死に絶望したノヴァーリスが「ゾフィー体験」を経て立ち直っていく半年間の心の移り変わりを記した日記をもとに作られた。
だからノヴァーリスは、この作品集のタイトル『Hymnen an die Nacht』から「聖歌・賛美歌」を意味する「Hymnen」を取った方がいいのではないかと迷っていた。
伝統的な「詩」の形態をとっているのは全体の中の一部分に過ぎず、大半は日記や随筆のように散文的に書かれていたから。
なるほど。よく似てますね…
まだまだ『夜の讃歌』と『春と修羅』の共通点は数多く見られる。
『夜の讃歌』にメルヘン的要素を加えて発展させたものが、作者の死によって未完に終わった長編小説『ザイスの学徒』と、その修正版ともいえる『青い花』だ。
これは『春と修羅』と『銀河鉄道の夜』の関係にそのまま当てはまる。
そして、メンデルスゾーンが関係していることも…
メンデルスゾーン?
『春の歌』で有名な、あのメンデルスゾーンですか?
ちょっと待って…
この動画の解説にもあったけど、メンデルスゾーンは「1809年生まれ」なんでしょ?
ノヴァーリスが亡くなったのは「1801年」よ…
あっ、ホントだ…
1896年生まれでクラシック音楽好きだった宮沢賢治はわかりますが、メンデルスゾーンが生まれる前に亡くなってるノヴァーリスは…
そうやってモノゴトを決めてかかってはいけない。
「ゾフィー体験」から詩集『夜の讃歌』が出来るまで、そして、そこから長編小説に取り掛かるまでの経緯を知れば、その意味がわかると思う…
いったいどういうことでしょうか?
つづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?