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深読み 米津玄師の『さよーならまたいつか!(『虎に翼』主題歌)』第12話


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2024年3月中旬 渋谷
NHK放送センター



NHK放送センター内
小会議室



すいません… 二週間も遅れてしまって…


いいんですよ、米津さん。

いいものを作るには時間がかかるのは当然のことですから。


そう言って頂けると助かります…


それに主題歌は4月1日の放送開始前日まで公開されません。

まだ約半月もありますし、米津さんの曲に合わせてオープニングのアニメーションを作る作業も一週間あれば十分でしょう。


キツキツのスケジュールになって、シン・ヤマザキさんには悪いことしたなあ…


シン・ヤマザキではなくシシヤマザキです。


やっぱりミュージックビデオはあとにすればよかった…


ミュージックビデオ… と言いますと?


実はミュージックビデオの撮影で遅くなってしまったんです…


はい?


だからミュージックビデオの撮影で…


ミュ、ミュージックビデオを撮影したんですか!?


ええ、そうですけど。それが何か?


つ、つ、つまり… 曲はもうすでに全部出来上がってしまっていると?


はい。依頼された日の三日後に曲が出来ちゃったんです。

まさかそんなに早く出来上がるとは自分でも思ってなくて…


・・・・・


そこから当初の約束の日までまだまだ時間があったので、待ってるのも暇だからレコーディングしちゃおうということになって…


・・・・・


それでもまだ時間があったんで、ついでにミュージックビデオを撮影しちゃおうと…

ほら、鉄は熱いうちに打てと言いますよね?

創作のインスピレーションがホットなうちに映像も撮った方がいいものが出来ることが多くて…


・・・・・


そしたら撮影日のスケジュール調整やら編集作業やらで、予想外に時間がかかってしまい…

ちょっと特殊な撮影だったもんですから…


・・・・・


あの… さっきからお二人とも固まって…

どうかしましたか?


わ、我々が… な、何のためにこの機会を… 設けたと思ってるんですか…


何のため?

出来上がった曲を受け渡しするためでは?


そうじゃありません!

曲のリスクをチェックするためですよ!


曲のリスクをチェック?

ああ、なるほど…

歌詞の中に商標登録されたものの名前が入っていたらマズいってことですね…

たとえば俺の曲『Moonlight』の HUNTER×HUNTER(ハンターハンター)みたいに…



そ、それもあります…

山口百恵の『プレイバック part2』の「ポルシェ」も放送できませんでしたから…


でも最近はOKになったんですよね?

瑛人の『香水』の「ドルチェ&ガッバーナ」はそのまま放送されたはず。



企業名やブランド名はまだ何とかなるからいいんです…

最悪の場合、その固有名詞を別の言葉に差し替えればいいだけですから…

しかし、表現自体が不適切だった場合は…


と、言いますと?


米津さんはお若いから御存じないかと思いますが…

今から約50年前に『金太の大冒険』という曲がありました…


金太の大冒険? そんな歌、聞いたことないな…


歌詞だけを見ると他愛もない歌詞なのですが…

音の区切りを変えるとトンデモナイ意味になってしまうというトンデモナイ歌で…



何ですかコレ?


だから『金太の大冒険』です!


そうじゃなくて、あのカチカチ音がするボールのおもちゃというかオブジェ。


カチカチ音がするボール?

あれは Newton's cradle、ニュートンのゆりかご!

というか、そんなことはどうでもいいんです!



ああ、そうだった。ニュートンのゆりかご…


今から約五十年前、この歌の仕掛けに気付かずに岐阜の地方局が放送してしまって大惨事になったことがあるんです…

「金太 守って」「金太 負けが多い」「金太 負けるな」「金太 回った」「金太 瞬いた」「金太 マスカット ナイフで切る」「ねえ 金太 まだ」「金太 ましなビル」「金太 待つ 神田」に、まさか別の意味が隠されているとは気付かずに放送してしまって…

苦情の電話が鳴りやまず、局長クラスの首が飛ぶか飛ばないかというところまで…


いや、さすがに朝の連続テレビ小説の主題歌なんですから、そういう下ネタ系は入れませんよ…


そ、そうですね…

国民的歌手ともいえる米津さんともあろう人が、そんな不適切な表現をするわけがない…


でも『みんなのうた』の『パプリカ』はOKでしたよね?



え?


「晴れた空に種を蒔こう」がOKだったんですからね。

あの時はNG出るんじゃないかとちょっとヒヤヒヤでした。


あの…「晴れた空に種をまこう」の、どこが不適切なのでしょうか?


だってオカシイと思いませんか?

パプリカ 花が咲いたら
晴れた空に種をまこう

種をまくタイミングは「花が咲いたら」じゃないですよね?

花が咲いた後に種をまく人なんていません。


あ… 確かに…

しかも種をまくのは普通、空ではなく地面です…


ですよね。

ちなみに「種をまく」からイメージする絵は何ですか?


「種をまく」からイメージする絵?

やっぱりミレーでしょうか?


『種まく人』
ジャン=フランソワ・ミレー


やっぱりそうですよね…

だけど、そういう固定概念というか先入観を持っていては『パプリカ』の歌詞は理解できません。


え?


なぜなら「種」は「花が咲いたら」まかれたもので、しかも地面ではなく「空」へまかれたもの。

だから歌のタイトルは『パプリカ』なんですよ。


どういうことでしょうか?


「花が咲いたら」次にすること、それは何ですか?


花が咲いたら次にすること?

お花見?


「花が咲いたら」次にするもの、それは「受粉」です。

そもそも「花」は人に見られるためではなく「受粉」をするために咲くもの、つまり「子孫を残す」ためのものですからね。

これは「種」も一緒です。


はあ… それがいったい…


つまり「空にまこう」と歌われる「種」とは「胤」…

「seed」ではなく「sperm」のことなんですよ。


スパム?



スパムではなくスパーム。

いわゆるスペルマ、精子のことですね。



ほ、ほ、本当ですか!?


作者の俺が嘘を言うわけないでしょう。

あの曲を作る時に俺がイメージしていた「種をまく絵」は…

クリムトの『ダナエ』です。


『ダナエ』
グスタフ・クリムト


こ、この絵は…


箱入り娘ダナエに一目惚れした神が、空の上から種(光り輝く黄金のシャワー)を放出して、ダナエを処女のまま妊娠させたというギリシャ神話の出来事を描いたもの。

だから『パプリカ』では神を称える言葉「ハレルヤ」が使われるんです。



そ、そういえば…

Foorin の『パプリカ』ジャケット画と、クリムトの『ダナエ』は、よく似ている…



ふふふ。よく似ているというより、パクリですね(笑)


では、歌のタイトル「パプリカ」とは…


男の種(精子)と女の花(卵子)の中に入っている遺伝子「染色体」のことですよ。

パプリカは古くから染色の染料に使われてきましたからね。



あ… なるほど…

だから Foorin のミュージックビデオでは…


子供たちが「染色体」の前で踊っていたんです(笑)



なんてこった… あの何本もの染め物は、そういうことだったんですか…


ふふふ。

このMV、実は俺が絵コンテも描いたんですよね。

その絵コンテで「子供たちのバックに染め物を」と指示したんですけど、その意味に誰も気が付かなかった。

もちろん歌詞のすべてが女性器内で起こることであることにも、誰も気が付かなかったんです。

ただひとりを除いては…


ただひとりを除いて? それは誰ですか?


Foorinの『パプリカ』を偶然テレビで見て、その歌詞と映像の意味を見抜き…

俺に映画『君たちはどう生きるか』の主題歌を依頼した人…

宮崎駿監督です。



え?




NHK理事会室



こ、こ奴らは、いったい何の話をしているのだ!


会長、これは『パプリカ』の話です。


副秘書の君に言われなくても、そんなことはわかっておる!

今日は新しい朝ドラの主題歌のためにわざわざ臨時理事会を招集したのだ!

それなのになぜこんな訳のわからぬ話を聴かされているのかと聞いているんだ!


すみません…


矢口君、今すぐあの者たちに指示を出したまえ!

無駄話はいいから早く主題歌を聴かせろと!


はい会長、かしこまりました…



♬ライン♬


ん? LINE?


あっ… す、すいません…

だ、大事な打ち合わせだというのに、マナーモードにし忘れていました…


よくありますよね、ついうっかりと。


パ、パプリカの件はもう十分わかりました…

『虎に翼』の主題歌に話を戻しますが、今回の歌にもそういう仕掛けが? 


いえいえ。今回のはそっち系ではありません。

『パプリカ』は東京オリンピックのキャンペーンソングでテーマが「未来への躍動・輝く命」でしたが、今回の『虎に翼』は「女性と法」の物語ですからね。


ああ、それはよかった…


だけど…


だけど?


ちょっと乱暴に聞こえる表現が…


乱暴? 暴力的な表現が含まれるということですか?


そうです。ちょっと、というか… 結構…


ええっ!?


まあ、そこは俺がインタビュー記事で適当に誤魔化しておきます。

俺が「○○はこういう意味です」と言えば、だいたいの人はそのまま信じるんで。


しかし、それを鵜呑みにしない人もいるでしょう?

「あの歌詞はおかしい」と言う人も…


ええ、そういう人もいますけど…

そういう人は往々にして誰にも相手されないような人だから、誰も聞く耳を持ちませんよ。


確かにそうでしょうけど… 万が一…

万が一、日本の朝の象徴ともいえる連続テレビ小説の主題歌が、大炎上してしまったら…


ははは。大袈裟ですね。

俺の歌なんて、そこまで注目されませんよ。


毎日流れるんです!

半年間、土曜の午後と日曜以外は朝と昼、毎日毎日!

平均世帯視聴率16%で毎日毎日!


そんなに?


そうです!

だから歌詞には慎重にならざるを得ないんですよ!

それなのに我々のチェック前にレコーディングして、あろうことかミュージックビデオまで撮影してしまうとは…


すいません… そこまで大事になるとは思ってなくて…

民放ドラマの主題歌を依頼された時は「すべてお任せします」だったから…


数字が取れればいい民放とは違うんです!

我々は公共放送!「みなさま」のものなんですから!

あらゆるリスクを想定し、少しでも危険な芽は摘んでいかなければならないんです!


だけどもう、レコーディングして、MVも撮っちゃったしな…

そういう話は依頼した日に言ってくれれば…


と、とにかく、主題歌を聴かせてください!


あ、はい…

このUSBチップにMVが入ってます。

タイトルは、さよーならまたいつか!…


さよーならまたいつか?


最後はクエスチョン「?」じゃなくてビックリマーク「!」です。


そんなことはどうでもいいでしょう!

は、早くそのUSBチップを!


そんなに大声出さなくても… はい、どうぞ…


えーと… このフォルダですね…

それでは再生させて頂きます…

ポチっとな…




つづく




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