日の名残り第46話1

カズオ・イシグロ『夜想曲集』#1「 Crooner /老歌手」がどれだけ暗号だらけなのか僕が解説するとしよう!~『日の名残り』徹底解剖・第46話



~~~ 三日目・夜 五島・福江島 ~~~


忘れてる人もいるかと思いますが、オイラたちは今、長崎県五島市の福江島にいます。

そしてようやくカヅオさんの妹さんがいる修道院まで辿り着いたんだけど、肝心の妹さんは、そこにはいませんでした。

なんでも素行不良で問題となり、無人島の「サザエ島」に「お清め」のために三日間籠っているそうです。

明日の朝、妹さんを迎えに「サザエ島」へ行くことになっているんだけど、ちょっと興奮して眠れないから、おかえもんの読み聞かせ&解説を聞くことになりました。

だけどその本『夜想曲集』が、おかえもん曰く「トンデモナイもの」らしく、オイラたちはまた長話に付き合わされるハメに…


御免ね、毎回ハナシが長くて。

僕の中では言いたいことを最小限まで削りながらやってるつもりなんだけど…

これでか!?

何処のトンマが小説一本解説するのに40話もかけるっちゅうねん!

しかも途中でまた別の作品の解説を始めるっちゅうのは、どないな了見や!?

鶴は黙ってろ。

あいつの好きにやらせてやれ。

そうだよな…

俺たちがここまで来れたのも、おかえもんのお陰だし…

ケッ、なんやねんお前ら…

いつのまにそんな「いい人キャラ」になっとんねん…

泣く子も黙る秘密エージェントと違ったんか!?

まあまあ落ち着いて…


トントン…


ん?

誰かがドアをノックしてる…

はい、どなたですか?

夜分遅くに申し訳ありません。

トイレに起きたら、まだこちらのお部屋の電気がついてましたので…

何か不都合でも御座いますでしょうか?

部屋がお寒いとか…?

人の迷惑省みず、やって来ましたベンヤミン…ってか!

不都合なんかあらへん。いたって快適やで!

何だか興奮して寝付けないだけなんだ。

心配はいらない。

さようで御座いますか…

では、失礼いたします…おやすみなさいませ…

おやすみなさ~い

さて、ちゃっちゃと進めるか。

ハイ。

前回紹介した冒頭シーンの描写は、あの後も「受胎告知」と「洗礼者ヨハネ」のための「聖書ジョーク」が続きます…


「過去と伝統にしがみつくベネチア」は、エルサレムのことで…

「サウンドホールが卵型になっているギター」は、イースターのこと…

そして「町に受け入れられないギタリスト」とはバプティスト(洗礼者)のことでしょうね。

ほうほう。

「名前や出自を伏せられる出稼ぎ労働者」は、ユダヤの地にいたヘレニスト(ギリシャ系ユダヤ人)のことで…

「3つのバンドの同時演奏問題」は、三位一体のことを指している。

そして唐突に「ジュリー・アンドリュース」の名前が出て来る…

実は彼女には、ちょっとした面白い話があるんだ。

ああ、知ってるその人!

『シュレック』の王女様とか『怪盗グルー』のママの声の人だ!


21世紀世代は、わけがわからんな。

ジュリー・アンドリュースっちゅうたら『サウンド・オブ・ミュージック』やろ!

Julie Elizabeth Andrews『I Have Confidence』

彼女のお父さんは学校の木工の先生...つまりちょっとした大工さんみたいな人だったんだけど、大人になってから「本当の父ではない」って知らされたんだ。

どっかで聞いたような話だな…

イエスだろ。

なるほど!

ちなみに、ジュリー・アンドリュースが速足で歩きながら歌う、この『I Have Confidence』という曲は、イエスの「受胎」と「死と復活」を歌ったものなんだ。

へ?

両方とも三月下旬頃の「春」の出来事だからね。

この歌は「地上世界に降臨する際の覚悟・意気込み」を歌ったものなんだよ。

ミュージカル映画『サウンド・オブ・ミュージック』は、ホントに名曲揃いだよね。作詞家オスカー・ハマースタイン2世と作曲家リチャード・ロジャースの名コンビの腕が冴えまくっている。

リチャード・ロジャースって、どっかで紹介したね…

何の人だったっけ?

誰やったかな…


せや!

『ブルー・ムーン』の作曲者や!

『BLUE MOON』AL BOWLLY

衝撃の第7話で紹介したな…

『マイ・ファニー・バレンタイン』でも知られているね。

バレンタイン・デーが近くなると、よく耳にする曲だ。

Matt Dusk『My Funny Valentine』

そういえば、ジュディ・ガーランドが出演した『ワーズ&ミュージック』は、この『ブルー・ムーン』『マイ・ファニー・バレンタイン』を作ったコンビ「リチャード・ロジャース&ロレンツ・ハート」を主人公にしたミュージカルだったよね!

ジュディに名曲をいっぱいプレゼントした人だった!

『WORDS AND MUSIC』Richard Rodgers&Lorenz Hart

そうだったね。

チーム・ジュディの重要人物だったロレンツ・ハートを、ミッキー・ルーニーが好演している。ミッキーはジュディとコンビを組んで、いくつもの恋愛コメディミュージカル映画を生み出したんだよね。

Mickey Rooney(1920 - 2014)

おお!

ミッキーといえば『ティファニーで朝食を』でオモロイ演技しとったな!

カトちゃん?

いまや伝説ともいえる、謎の日系人「ユニオシ」だね。

90年代頃から「アジア人蔑視」だと攻撃されるようになり、一躍有名になったキャラクターだ。

歴代映画における「面白いけど人種差別的なキャラ」のベスト1にも選ばれた。

白人社会のヨーロッパで暮らす日系人として、なんかよくわかる気がする…

こういう表現を毛嫌いする人もいるんだろうけど…

僕はね、カズオ・イシグロがこのミッキー・ルーニーの大ファンなんじゃないかって思ってるんだよ…

ええ!?

ウィキペディアの「カズオ・イシグロ」ページには、こんなことが書かれているんだ。

「小津安二郎や成瀬巳喜男の映画を好む」

それで?

これって「ジュディ・ガーランドとミッキー・ルーニー」のことだと思うんだよね…

ハァ?

だって「小津」は「オズ」で…

「成瀬巳喜男」の「みきお」が「ミッキー」…

いやいやいや、それはないでしょ~!(笑)

ありえるぞ。

へ!?

こうやって「人を煙に巻く」ことを好む「ある種の人間たち」がいるのだ。

ある種の人間?

基本的に彼らはシャイで、周りは自分のことをわかってくれていないと思っている。

だからわざと本心と違うことを言ってみたりするのだ。

そして相手の反応を見て「やっぱりわかってくれてないな」と失望し、いっぽうでそこに一種の優越感を感じている…

そんな変わった人たちがいるの?

これまでたくさん紹介してきたじゃないか、そういう人たちを…

ボブ・ディラン、ジョン・レノン、クリストファー・ノーラン、そしてカズオ・イシグロ…

ええええ!?

彼らに共通するのは、インタビューなどで「絶対に本心を明かさない」ことだ。

作品の意味について聞かれても「特に深い意味はない」とか答えたり、核心に触れることは伏せて「当たり障りのない情報」を与えたりする…

そういえばそうだったね。

ボブ・ディランもジョン・レノンも…

クリストファー・ノーランもせやったな…

毎回映画を公開する前に「本作に影響を与えた作品」を発表するんやけど、あれは全部ダミーやった…

本当はビートルズと宮崎駿をひたすら追いかけておるのに…

『栗麻呂ノ暗号』シリーズ

カズオ・イシグロも、その種の人間のひとりだ。

奴は本心は絶対に明かさない。作品の中にすべての答えを隠してあるのだ。

・・・・・

僕も薄々そう思っていた…

なんかクリストファー・ノーランに似てるな、って…

そして今回『夜想曲集』を読んで、それは確信に変わった…

中断したままの『栗麻呂ノ暗号』…

忘れとらんかったんやな…

もちろんだとも…

あれを書いていた時は自分の中での確信が「80%」だったけど、今は「100%」になった。

再開を楽しみにしててくれ。

再開か…

その場に俺が存在できないのが残念だ…

カヅオさんのことは、ぜったい忘れない!

ワイもやで!

むりくり回想シーンとかでお前を登場させたる!

お前たち…

おセンチなドラマはそれくらいにしとけ。

先に進もう。

え、ええ…

そして主人公のヤンは「ゴッドファーザー」の『愛のテーマ』を1日9回も演奏させられたと愚痴を言う。

「ゴッドファーザー」とは、子供の洗礼の際に立ち会う代父母「godparent」のことだよね。

前に「ジュディ・ガーランド」と「ゴッドマザー」の話をしたのを覚えてる?

ジュディとゴッドマザー…?

ああ!

ジュディ・ガーランドと娘ライザ・ミネリの師匠であり、ライザの名付け親でもあった、ケイ・トンプソンだ!

KAY THOMPSON "Clap Yo' Hands"
Funny Face (1957)

その通り…

わざわざイシグロが「1日9回も演奏させられた」なんて強調するくらいだから、この「ゴッドマザー」ケイ・トンプソンは、どこかで重要な役割を果たすに違いない。

そういえば彼女もユダヤ人だ。彼女の父親は、オーストリア・ウィーンでの迫害から逃れてアメリカに渡ってきた質・宝石商だった…

アルトゥール・シュニッツラーの時に話した通り、世紀末ウィーンではユダヤ人差別が深刻だったからね。

『日の名残り』同様に『夜想曲集』もユダヤ人問題が絡んでいるんだろう。

第1話にはそれらしき人物は見当たらなかったから、きっと他の短編で…

フフフ…

楽しみだな。

めっちゃ意味深やな。

お前、知っとんのか?

さあな。

ねえねえ、素朴な質問していい?

なんや?

なんでカズオ・イシグロはユダヤ人やLGBTをテーマにするんだろうね?

本人がそうだから?

アホか!

イシグロは日系イギリス人やろ。

そして異性結婚もしとるし、ナオミという娘もおる!

でも、さっきの『ベニスに死す』でも、主人公は美しい妻と可愛い娘がいるにもかかわらず、ベニスで美少年に心奪われてしまったじゃんか…

しかもモデルとなったマーラーは、カトリック教徒だったけどユダヤ人だったし…

あれ?これってシュニッツラー先生と同じだね…

せ、せやな…

さあ、どうなんだろうね…

彼の宗旨や性的嗜好まではわからないな…

僕は作品でしかイシグロを知らないし、そこに関して発言してるのも聞いたことないから。

そっか。何となく気になってたから聞いてみただけ。

お前は若いくせによく見えてるよな。

どっかの鶴とは大違いだ。

じゃかあしいわボケ!

さて、サンマルコ広場のカフェで老歌手トニー・ガードナーを見つけた主人公のヤンは、大興奮する。

そして、トニー・ガードナーの大ファンだった母との思い出を語り始めるんだ…

旧共産圏で西側のレコードがなかなか手に入らない中で、お母さんが集めて大事にしてたレコードを、ふざけて遊んでいたヤン少年が傷つけてしまうんだったね。

なんだか昔ホントにあった話みたいだよな、イシグロ自身に…

たぶんイシグロ母子の実話に基づいたものなんじゃないかな。

日本も戦時中はアメリカの音楽や映画は「敵性文化」だとされて禁止されていた…

そして戦後しばらくしても、海外のレコードなんて貴重品で庶民は手に出来なかった…

きっとイシグロの母親は、戦前に集めたアメリカ音楽のレコードを大切に大切にしていたんだと思うよ。

たぶんジュディ・ガーランドのレコードをね…

じゅ、ジュディ・ガーランド!?

いまさら驚くところか?

おそらくイシグロの母は、ジュディ・ガーランドのミュージカル映画の大ファンだった…

1955年生まれのカズオ・イシグロ...いや、石黒一雄少年は、母がかけるジュディ・ガーランドのレコードを聞きながら育ったんだと思う…

そしてある時、その母の宝物を傷付けてしまった。

当時はおいそれと買うことのできなかった、洋楽のレコードを…

(;゚д゚)ゴクリ…

1960年、石黒家は渡英する。

一雄少年はイギリスで大人へと成長し、働き始め、仕事でお金が入ると母にレコードをプレゼントするようになった…

かつて自分が傷付けてしまったものと同じジュディ・ガーランドのレコードを…


こんな感じじゃなかろうか?

確かに時代もピッタリだ!

だから主人公を「旧共産圏出身」にしたのか!

日本と約半世紀遅れで「自由化」されたタイムラグを上手く利用したんだ!

それだけじゃないよな。

トニー&リンディ・ガードナー夫妻の「結婚期間」も、イシグロの「結婚期間」のことだ。

ええ!?

じゃあイシグロもトニー同様に奥さんと別れちゃったの!?

そっちの「結婚」じゃないよ。

国との「結婚」のことだ。どちらも「籍」でしょ?

国籍ってこと?

老歌手トニー・ガードナーは、親子ほども離れたリンディと「27年間」連れ添った。

カズオ・イシグロも、27年間「石黒一雄」だったんだ。

1983年にイギリスへ帰化するまでね。

ああ…

そして、今度は「英国人カズオ・イシグロ」として「27年間」が過ぎようとしていた2009年に、この『夜想曲集』が発表される。

日本人「石黒一雄」より、英国人「カズオ・イシグロ」のほうが長くなろうとしていた直前にね…

この短編『Crooner』には、そんな思いも込められているんだ。

だから主人公ヤンは、遠い世界にいる母へと届くように、思い出の曲を奏でるのだ。

母が大好きだったトニー・ガードナーの曲を、な。

ってことは…

ヤンの叫びは、カズオ・イシグロの叫び…

そういうこと。

ヤンの母への思い、そして洗礼者ヨハネの母エリザベスに対しての思いが、カズオ・イシグロと母国日本に重ねられているんだ...

さて、主人公ヤンは勇気を出してトニーに話しかける。

そしてそこへトニーの妻リンディが登場する…

「本名よりニックネームのほうが長い」のギャグをかますシーンやな。

「John」と「John the Baptist」のギャグやった。

あ…

どないした?

いま読んでみて気がついたんだけど…

リンディの登場シーンは、『FUNNY FACE』(邦題:パリの恋人)のケイ・トンプソンそっくりだ…

Kay Thompson(1909 – 1998)

イシグロは、こんなふうに書いている…

 手の込んだ髪型と服装、端麗な容姿。上品なアメリカ婦人の典型のような女だった。遠くからは、華やかなファッション雑誌を飾るモデルの一人かと見まがうほどだったが、すぐ近くに来ると、さすがにそう若くはないことが見てとれた。ガードナーの隣にすわり、サングラスを額に押し上げたとき、私は、少なくとも五十はいってるなと思った。

カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳『夜想曲集』

ジュディは「端麗な容姿」ではなかったな。

足が短く、ずんぐり体型で、太りやすい体質だった。

そんなジュディは、スタイルも歌もダンスも完璧過ぎる師トンプソンと自分を比べて悩んでいたとも言われている。

ケイ・トンプソンはスラリとした長身で、まさにモデル体型です。

『ファニー・フェイス』でも、ファッション雑誌のモデル兼編集長の役でしたし…

やっぱりケイ・トンプソンは、この短編集で重要な役割を負っているのかもしれない…

ねえねえ、ここでのトニーとリンディの会話ちょっと面白くなかった?

なにが?

ほら、トニーがヤンのことをリンディに紹介するところ。

トニー「大騒ぎするようなことではない。ただ、この方はただの他人様ではない」

リンディ「あら、違うの?では、何?行方不明だった甥御さん?」

甥が行方不明で、なにが面白いんや?

だって、ヤンはリンディの「甥」みたいなもんなんだよ。

ハァ!?

ほら、あの図を思い出して…

ヤン(洗礼者ヨハネ)の母の役割は、エリザベスだったね。

エリザベスは聖母マリアの叔母でもある。

つまりリンディ(マリア)にとって、ヤン(ヨハネ)は「従甥」なんだ。

わ~お!

この短編集の小説は、すべてこの調子だよな。

全編にわたってギャグと駄洒落で埋め尽くされているんだ。

『日の名残り』どころの騒ぎじゃない。

そして、リンディは「ネタバレすれすれ」の会話を続ける…

ギター弾きヤンに対し、

「さっきダブルベース(コントラバス)の隣に座ってアコーディオンを弾いていた方でしょ?」

と言い張るんだ。

なんでこれが「ネタバレすれすれ」やねん?

だって、わざわざ「ダブルベース」なんて言い方するんだもんね。

アメリカ人なら普通「バス」とか「ベース」って言うんだ。そして日本人にわかりやすくするなら「ウッドベース」って訳すよね。

「ダブルベース」としたところに意味があるってわけなんだ。

ほうほう。

この「double bass」の「bass」には「base」が掛けられているんだよね。

そして「アコーディオン」の語源は「accord(調和する)」。

つまり、このリンディのKY発言には、

「この小説は二つの基礎構造が調和した作品です」

って意味が隠されていたんだ。

2つの物語が同時進行してますよ、と。

ひゃあ~!

まだまだイシグロの饒舌なジョークは続くよ。

夫トニーにたしなめられたリンディは、機嫌を損ねてしまう。

そしてトニーはリンディの手を掴もうとする。

それを見ていた主人公のヤンは、リンディがトニーの手を振り払うんじゃないかと想像する…


ププッ…(笑)

何がおかしいねん?

だって最高に愉快なジョークじゃない?

機嫌を損ねたリンディの手をトニーが取ろうとして、リンディが手を振り払おうとする…

これがジョークなの?

だって、リンディは「聖母マリア」で、トニーは「大天使ガブリエル」なんだよ…


実はコレのことなんだ。


サンドロ・ボッティチェッリ『受胎告知』

うわあ!困った顔して振り払ってるっぽい!

今度はボッティチェッリ版か!

まだまだ続くぞ。その後、こんな風に描写される。

ガードナーは頭を垂れている。夫人は夫の肩越しに広場の向こう側をぼんやり見つめている。そこにはバシリカが建っていたが、夫人の目がそれをとらえていたかどうかは疑問だ。

ああ!もうわかったもんね!

今度はレオナルド・ダ・ヴィンチ版でしょ!

Leonardo da Vinci『受胎告知』

そしてリンディはヤンのほうを向く。

堅い表情だったさっきまでとは全く違う柔らかい表情で。

その時ヤンは、こんなことを思う。

ダイヤルがついているようだ、と私は思った。ゼロから十までの目盛りがあって、この瞬間、私向けに使われているのは六か七。十までいっぱいに上げなくても十分な魅力がある。いま頼みごとをされたら――たとえば、広場の端で売っている花を買ってきてと頼まれたら――私は喜んで応じていただろう。

さて、これは何を言ってるのか、わかるかな?

ダイヤル?目盛り?

何のこと?

これやさかい近頃の若者は無教養やって言われるねん。

ダイヤルっちゅうたら電話に決まっとるやろ!

そして電話のダイヤルっちゅうたら、ヒッチコックの『ダイヤルMを廻せ』や!

このグレース・ケリーっていう綺麗なおねいさん、前にも名前が出てきたね。

どんな人だったっけ?

Grace Kelly(1929 - 1982)

あれだ。

ジュディ・ガーランドは『スタア誕生』でアカデミー主演女優賞が確実視されていたが、授賞式本番で大番狂わせが起き、受賞を逃してしまったんだよな。

その時の受賞者がグレース・ケリーだったっけ…

マルクス兄弟のグルーチョ・マルクスは、この番狂わせを「歴史に残る強奪事件」だと言ったそうだ。

それくらい誰もが「ジュディがオスカー像を手にする」と思っていたんだ。

『スタア誕生』の映画の中で、ジュディ演じる女優エスターが「最優秀主演女優賞」を獲得するみたいにね…

ここ試験に出るぞ。覚えとけよ。

ん?何のこと?

気にするな。進めろ。

ところで「ダイヤル」の謎はわかったかな?

「電話の文字盤」っていう着眼点は合ってるよ。

1から0までの10目盛りだからね。

それと「受胎告知」が関係しとるんか?

あの頃は電話なんか無かったやろ。

わけわかめ、や。

ああっ!

お、お前の妹のことやないで…

わりーね、わりーねデートリヒや…

ち、違う!

ダイヤルがあった!

マリア様、うしろ!うしろ!

志村か。

確かにダイヤルにクリソツやな。

わお!

ガブ様の方は、もっとクッキリ見える!

それぐらいで驚くな。

イシグロはわざわざダイヤルが「六か七」って言及するんだが、そこにもちゃんと秘密が隠されている。

「6」は「MN」だから映画『ダイヤルMを廻せ』だ。

そして「7」には「PRS」の文字が…

PRS?

だから何?

きっと「PRINCESS(プリンセス)」の略だよ…

グレース・ケリーは、モナコ大公国のレーニエ3世と結婚して、本物のプリンセスになったんだ…

こ、怖すぎる!

こんな仕掛けをするくらいだから、ジュディ・ガーランドとグレース・ケリーの因縁ネタが、どこかで登場するに違いない…

第1話は伏線張りまくりなんだな…

ですね…

そして思わず買いに走ってしまいそうな「花」とは、ガブリエルの象徴である「百合の花」のこと…

アンジェリコの『受胎告知』ではガブリエルの服に刺繍されているんだけど、普通は手に持っている…

ひゃ~!

ここまでやるか!

それだけじゃないよ。

実はこの「リンディのKY」シーンは『受胎告知』そっくりの流れになってるんだ。

最初に「戸惑い」

次に「反論」

そして最後は「受け入れ」

これって大天使ガブリエルと処女マリアのやりとりの再現なんだよね。

目の前に突然天使が現れてマリアは戸惑った。

そりゃ戸惑うわ。

あんなバケモンが現れたら。

そしてガブリエルから「あなたは妊娠する」って言われたマリアは「それはおかしい。私には夫もいないのに」と反論する。

でも最後はガブリエルの説得のおかげでマリアは受胎を受け入れた…

この一連の流れを駄洒落と語呂合わせを使ってイシグロは描いているんだ。

まるで「倦怠期の夫婦の言い争いに巻き込まれた若い男」の話みたいにして。

イシグロ△~!

でしょ?

僕が「天才的に笑える」って言った意味がわかったかなょ?

今回は「3つの歌の謎」までやるつもりだったんだけど、長くなったんでまた次回に。

は~い!

お疲れ様でした~!



――つづく――



カズオ・イシグロ『夜想曲集』
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