「両腕を上げる男」『深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)& 読みたいことを、書けばいい。』
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2019年9月19日
スナックふかよみ
それじゃあ次は第11章ね。
『ダニエル書』第11章は、第10章に引き続き、ダニエルが大河チグリスのほとりで見た《幻の男》による語り…
「南の国と北の国との間で繰り返される戦争」のビジョンです…
南の国と北の国?
《南の国》と《北の国》の王は、ライバル関係にあり、戦争を繰り返します…
ある戦争の後、《南の国》の偉大なる王の娘が《北の国》へ出向き、両国の和睦を結ぼうとします…
しかし最終的に、その娘の計画は上手くいかず、彼女は政治的地位を失うことに…
結局その後も《南の国》と《北の国》は戦いを繰り返し、やがて《北の国》の王が尊大になっていきます…
そして《北の国》の王は、海と山の間に《幕屋の宮殿》を作ります…
これが第11章で語られるビジョンの《あらすじ》です…
なにこれ?
幻の中の男は、何が言いたかったわけ?
この話は、イエスの生きた時代、1世紀前半頃の中東情勢の《予言》になっています…
《北の国》が、ヘロデ・アンティパスの領国で…
《南の国》が、ナバテア王国です…
ナバテア王国? 初めて聞いたかも。
長らくユダヤ人国家とライバル関係にあったナバテア王国は、偉大なる王アレタス4世の時代、娘のファサエリスをヘロデ・アンティパスのもとへ送り、政略結婚で両国の和睦を図ります…
しかしヘロデ・アンティパスは、あろうことか異母兄の娘ヘロディアと不倫関係になり、ファサエリスはファースト・レディの座を失いナバテアへ帰国…
それに怒ったアレタス4世は、ヘロデ・アンティパス領へ攻め込み、戦争に勝利します…
なるほど…
ヘロデ・アンティパスとヘロディアの近親婚といえば、洗礼者ヨハネが面と向かって批判し、後の処刑につながった事件…
あのとき実家に帰った元奥さんが、ライバル国ナバテアの王女だったのね…
『ヘロデを非難するヨハネ』
ジョヴァンニ・ファットーリ
そして「北の国の王が、海と山の間に幕屋の宮殿を作った」というのは…
ヘロデ・アンティパスが、ガリラヤの海と山の間に作った首都ティベリアスのことか…
そしてこれが《パイの物語》でも再現されています…
《北の国》がパキスタンで…
《南の国》がインドとして…
マジで?
もしかして…
南の国の偉大なる王の娘とは…
パイの父が嫌っていたインディラ・ガンディー首相のこと?
その通り…
インディラ・ガンディーの父は、インド建国の父と呼ばれるネルー…
三代にわたり首相を輩出したネルーの家系は《王朝》と呼ばれました…
そしてインディラ・ガンディー首相は、ライバル国パキスタンと第三次印パ戦争を起こし、ソ連の後ろ盾を得て勝利。パキスタンのブットー大統領とシムラー協定を結びました…
しかしインド国内では、不正選挙疑惑に端を発した反政府運動が巻き起こり、インディラ・ガンディーは裁判にかけられてしまいます…
そして、有罪判決が出て、議員資格停止という事態に…
これを不服としたインディラ・ガンディーは、一連の出来事を、パキスタンが自分を陥れようとするための工作だと訴えますが、時すでに遅し…
そこで苦し紛れに出されたのが、あの国家非常事態宣言…
中学生のパイが、ドストエフスキーの『地下室の手記』を読んでる時に、ラジオから流れてきた緊急放送ですね…
インディラ・ガンディーによる戒厳令下では、急進的左派や無神論者が逮捕され、非ヒンドゥー教徒への弾圧も行われました…
だからパイの父は、カナダへの移住を決めたわけですね…
以上、第11章でした…
だからパイは、あんな物騒な出来事を物語に入れたのか。
ちゃんと意味があったんだわ…
うふふ(笑)
さあ、いよいよ最終章。問題の第12章ね…
ですね。
第12章のサブタイトルは「The End Times」、つまり「終わりの時」のビジョン…
まず冒頭で、《北の国の王》に命を狙われた《聖なる民》のために、ミカエルが「arise」します…
発音がよく似てるミーアキャットも「立ち上がり」ましたね。
そしてミカエルの助けがあったとしても、《聖なる民》は《終わりの時》まで、苦しみを与えられると語られます…
不安な表情を浮かべたダニエルに対し《幻の男》は、こう言いました…
「だが恐れることはない。《真理の書》に名前が記された者は必ず救われる。塵となった死者も地中から蘇る。ある者には永遠の命が与えられ、ある者には恥と軽蔑が与えられる。賢き者は、天上の輝きを身にまとい、人々を義に導く者は、夜空に輝く星のように永遠に輝く…」
また《イエスの復活》と《Book of Truth》?
第10章でも同じ話をしてたじゃん。内容が被ってる。
そして《幻の男》はダニエルに指示を出します…
「ダニエルよ。これらの言葉を巻き物に書き記し、《終わりの時》まで秘しておきなさい。多くの者が、そこから気づきを得るでしょう…」
ここまでが《幻の男》による語り、第12章の前半にあたります…
じゃあ後半は?
ダニエルの目の前に《二人の男》が現われます…
ひとりは川の左岸、もうひとりは川の右岸に…
え? また二人組の男ですか?
そしてその二人の男の中間地点…
つまり、川の真ん中の水の上には、あの亜麻布の服を着た《幻の男》がいました…
そして二人の男のひとりが《幻の男》に向かって、こう言いました…
「この異常な話は、いつまで続くのでしょうか?」
この話、第8章でもした!
《幻の男》を挟むようにしていた二人の男とは、二人の日本人調査員、岡本と千葉…
そして水の上の《幻の男》とは、水上の奇跡を行ったイエスであり、同じく水上の奇跡を成し遂げたパイのこと…
第8章と全く同じネタ…
なんで?
同じ話は何度してもいい。
え?
大事なことは何度使い回してもいいのよ。
というか、大事なんだから、どんどん使い回すべきよね。
二度でも三度でも四度でも…
いえ、世界の終わりの日まで…
なんか、それ…
どっかで聞いたことある気がするんだけど。
・・・・・
さて、二人の男による「この異常な話は、いつまで続くのでしょうか?」という問いに対し…
《幻の男》は即答せず、奇妙なポーズを見せます…
奇妙なポーズ?
ここは日本語訳聖書ではなくNIV英語版で説明します…
The man clothed in linen, who was above the waters of the river, lifted his right hand and his left hand toward heaven
亜麻布の服を着た男(川の水の上に浮かんだ)は、天国に向けて両腕を上げた…
亜麻布のジャージを着て、水の上を走り、フィラデルフィア美術館の丘でガッツポーズしたロッキーですか?
間違ってはいません…
『ロッキー』の名シーンも、これが元ネタですからね…
だけど先程の一文には、駄洒落にもとれる部分が二ヶ所あるんですす…
わかりますか?
ダジャレ?
《clothed》と《crossed》の駄洒落…
そして《river》と《liver》の駄洒落…
つまり…
The man crossed in line, who was above the waters of the liver
一列に並べられ十字架に掛けられた男(その男の肝臓から水が流れた)
という意味にもとれるんです…
マジで!? これじゃん!
『磔刑図』アンドレア・マンテーニャ
パイも、やっていましたね…
しかも綺麗に…
そして「the waters of the liver」は…
《レバーの肉汁》…
ちなみに、アンドレア・マンテーニャの『磔刑図』からは、多くのアーティストがインスピレーションを得ている…
たとえばコーエン兄弟…
『バートン・フィンク』では、劇中でこの絵が完璧に再現されていた…
スティーヴ・ブシェミ演じるホテルボーイが、最初に地下から登場するのは、この絵を再現していたからなんだ…
あと、『スリー・ビルボード』もそうでした…
《3枚の掲示板》は3本の十字架…
そして背景にあった《削られていた山》が、エルサレム…
ちなみに最近では…
Billie Eilish(ビリー・アイリッシュ)も『bad guy』で…
ええ? そうなんですか?
あの歌はイエスの十字架刑をモチーフにしたもの…
だからビリー・アイリッシュは、あの不思議な模様の床の上でしゃがみ込んだり、クルクル回ったんですね…
十字架の下で兵士たちが遊んでいるのは、イエスの下着を誰がゲットするかの、くじ引き…
ミュージックビデオの不思議な床と奇妙なダンスは、そういう意味だったのか…
ジョー、すごいわね。
ひと昔前の古いネタばかりじゃなくて、今流行りのものまでイケるんだ。
誰かさんとは大違い(笑)
(カチンッ)
それでは、これは知っているかな、ジョー…
亜麻布の服を着た男がとったポーズを《別解釈》した、世界的に有名な日本の作品を…
なにムキになってるのよ。大人げないんだから。
「lifted his right hand and his left hand toward heaven」の別解釈ですね…
!
どういうことですか?
両腕を上げるなら「lifted his hands toward heaven」でもいいはず…
それなのに「lifted his right hand and his left hand toward heaven」と書かれていることには、何か深い意味があるのではないか…
そう考える人がいても、おかしくはありません…
そして、その解釈で作品を作ったと思われるアーティストも、実際いるのです…
それは世界的にも有名で、日本人なら誰でも知っている作品…
右手を上に上げて、左手を天国に向けて、なおかつ、水の上にいる不思議な男を描いた作品…
水の上にあるの? 何かしら?
これですよ…
長崎の平和祈念像…
マジで!?
だけど、これって確か…
右腕が《釈迦》で、左手が《イエス・キリスト》なんじゃなかったっけ?
一般的にはそう言われてますが、どうでしょう…
いくら平和祈念の像だからといって、仏教の神とキリスト教の神を混合させるなんて、にわかには信じ難いのですが…
確かにそうだけど…
「左手を天国に向けて」なら、左手も上を向いてなきゃいけないんじゃない?
「天国に向けて」だから、水平でいいんですよ…
え?
十字架刑のシーンを思い出してください…
水平になったイエスの腕は、ちょうど隣の十字架の男に向けられていました…
そして、こう言ったんです…
「今あなたはパラダイスにいる」
つまり、天国は《遠い空の上》ではなく、ひとりひとりの《信じる心の中》にあると言ったんです…
ああ、なるほど… うまい…
それだけではありません…
長崎の平和祈念像が水平に差し出す左手の先には…
浦上天主堂が…
教会…
つまり《地上における神の家》だ…
すごいじゃんジョー!
明るい時はパッとしなかったけど、暗闇でのアンタは最高に生き生きしてる!
子供の頃、プノンペンは停電が日常茶飯事でした…
だから、かえって落ち着くんです… このほうが…
うふふ。
・・・・・
つづく
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