「Louise」JOHANNA(ジョアンナのヴィジョン)③ ~『深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)& 読みたいことを、書けばいい。』
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2019年9月19日
スナックふかよみ
うふふ。それじゃあ話を戻しましょうか。
2番の歌詞の本当に凄いところは、後半から…
この歌最大のトリックが隠されているのよね…
そうでしょ? 深読み名探偵さん。
ええ。
この歌最大のトリック?
なにそれ? 早く教えてよ岡江クン!
では話そうか。
『VISIONS OF JOHANNA』という歌に隠されている、最大のトリックを…
その前に、もう一回聴いておこっ!
2番の前半では、キーホルダーで目隠し遊びをする淑女と、《”D” TRAIN》のことを囁くオールナイト・ガールズと、照明をもった夜警が歌われた。
それぞれの登場人物は、こうなっていたね…
淑女=ペトロ
オールナイト・ガールズ=ペトロ、ヤコブ、ヨハネ
”D”TRAIN&夜警=ユダ&官憲
つまり2番で歌われているのは、1番で歌われた《最後の晩餐》の次のシーン、オリーブ山にある《ゲッセマネの園》の場面だったというわけだ。
『ゲツセマネの祈り』
ジョルジョ・ヴァザーリ
まず前半で《第二幕》の主要登場人物を紹介したわけですね。
そういうこと。
そしてボブ・ディランは、こう歌う…
Ask himself if it's him or them that's really insane
彼自身に聞いてみろ
本当にオカシイのは彼なのか?
それとも、あいつらなのか?
《him》とは《”D”TRAIN》であり《the night watchman》だから、ユダのことでしょ?
そして《them》は《all-night girls》だから、ペトロやヨハネたち弟子のことよね…
ユダとその他の弟子たちのどちらがオカシイか?ってボブ・ディランは歌ってるの?
そうだね。
長らくイスカリオテのユダは、師イエスを売った極悪人とされてきた。
ダンテ・アリギエーリの古典的名作『神曲』でも、ユダは最高レベルの罪人として、最も悲惨に描かれている。
だけど近代では、そうではないと考える人も増えてきた。
マーティン・スコセッシが『最後の誘惑』として映画化したニコス・カザンザキスの小説『キリスト最後のこころみ』の中のユダは、イエスに信頼され、裏切りの役を引き受けるという《最大の理解者・功労者》として描かれる。
日本の小説家 武田泰淳も、小説『わが子キリスト』において、イエスの計画を実現させた人物としてユダを描いた。
聖書を読めばわかるように、イエスは最後の晩餐の席で、自分の最期をはっきりと説明している。
弟子の中から裏切り者が出て、自分は処刑されるが、天の父の力で復活すると…
だけどペトロをはじめ弟子たちは、イエスの言葉を信じなかった。
だからユダと官憲が現われるとパニックに陥ってしまい、散り散りに逃げ出してしまったんだ。
「彼と彼らのどちらがオカシイか?」というのは、これらを踏まえた問い掛けというわけだね。
なるほどね…
だけどイエスの言葉を信じなかった弟子たちのこと、責められないと思うな。
もし今ここで岡江クンが突然「この中に裏切り者がいる。僕は殺されるけど、天国のお父さんの力で蘇る。ちなみに僕はお父さんそっくり」とか言い出したら、「おかしくなった?」って思うもん。
うふふ。確かに(笑)
・・・・・
だよね。
もし僕がそんなこと言ったら、自分でもどうかしてるって思うよ。
だからボブ・ディランは、続けてこう歌ったんだ…
Louise, she's all right, she's just near
She's delicate and seems like the mirror
But she just makes it all too concise
and too clear that Johanna's not here
The ghost of 'lectricity howls in the bones of her face
Where these visions of Johanna have now taken my place
ルイースは大丈夫。彼女は近くにいる。彼女は鏡みたいにデリケート…
《Louise》はイエスのことでしょ?
「近くにいる」って何のことかしら?
「she's all right, she's just near」という歌詞がポイントだ。
これは駄洒落になっている。
これのどこがダジャレなのよ?
《near》という単語には《近く》の他にも《左側》という意味があるんだよね。
だから《right》という単語と対になった形になっているんだ。
つまり「she's all right, she's just near」とは…
「ルイーズは大丈夫。左側のすぐ近くにいる」という意味。
語り手の僕の、すぐ左にいるルイーズ…
そして僕は「大丈夫だよ」と言ってルイーズを安心させている…
なんだろコレ?
なんか既視感あるわよね、このシチュエーション。
あっ!わかりました!
この絵のことですよ!
『ゲツセマネの祈り』カール・ブロッホ
まあ!たしかに!
じゃあ語り手の僕は、天使ミカエルだったの!?
どこからどう見ても天使でしょ?
こんなに可愛い子がいたら、あたしだって「天使ちゃん」って呼んじゃう(笑)
たしかに可愛い!
カール・ブロッホの『ゲツセマネの祈り』は、数多くの芸術作品の中で再現されている。
古くは、J・D・サリンジャーの名著『THE CATCHER IN THE RYE(ライ麦畑でつかまえて/キャッチャー・イン・ザ・ライ)』が有名だね。
ラストシーン直前の深夜、うとうとしていた主人公ホールデン君が、気がついたら男の先生に抱かれて頭を撫でられていたシーンだ。
ああ、あれはそういうことだったんですね…
なんで夜に先生の寝室で二人っきりになったのか意味がわかりませんでした…
Bromance(ブロマンス)じゃなかったの、あれって?
てっきりそうだと思ってたのに!
最近の作品だと、ルカ・グァダニーノの映画『君の名前で僕を呼んで』が有名かな。
二人の服の色まで寄せていた。
キタ!これは100%ブロマンス!
脚本を書いたのは『モーリス』や『日の名残り』のジェームズ・アイヴォリーよ!
日本だと、野島伸司のドラマね。
『高校教師』とか『ストロベリー・オンザ・ショートケーキ』とか…
ええ? 真田広之と桜井幸子のあの有名なシーンもそうだったの?
しかも列車の窓で、木の枝まで再現してるじゃん…
クリエイターごころをくすぐるんだろうね、この絵は。
さて、《僕とルイーズ》のシチュエーションを説明したところで、ボブ・ディランはこう歌った…
She's delicate and seems like the mirror
But she just makes it all too concise
and too clear that Johanna's not here
彼女は繊細で鏡みたいに見える
だけど彼女は極めて簡潔かつ明瞭にする
ジョアンナがここにいないということを
ジョアンナとは、天の父、神ヤハウェのこと…
そしてイエスはゲッセマネでこう祈ります…
「アバ父よ。あなたは全てのことがおできになります。この杯をわたしから取り除いてください。それでも、わたしの望むことではなく、あなたの望まれることを」
この願いに対して、天の父は無反応、つまり不在を貫きました…
その通り。
そしてこの瞬間、イエスは《人間の原罪を背負って死ぬ》という神の計画を受け入れた。
それまでも自分が神の子であることを弟子たちに語っていたんだけど、ここで最終的な覚醒を果たしたんだよね。
だから2番は、こう締めくくられる…
The ghost of 'lectricity howls in the bones of her face
Where these visions of Johanna have now taken my place
電気の幽霊がルイーズの頭蓋骨の中で唸り声をあげる…
電気の幽霊? 海じゃなくて?
《Electricity》というのは《神のエネルギー》のこと。
旧約聖書では、神は火や稲妻を通して人間にその力を見せつける。
人間に罰を与える時は、雷を直撃させて即死させるんだよね。
『ライフ・オブ・パイ』でも、稲妻の光は、まるで空から降ろされた《神の手》のような形で描かれていた。
日本でも雷を神成とか神鳴りと書くでしょ?
そして聖霊や天使も、神のエネルギーであるエレクトリシティなんだ。
なんかコレ思い出した。
ミュージカル『ビリー・エリオット』の『エレクトリシティ』…
あの歌はまさに《神のエネルギー》エレクトリシティを歌ったもの。
神の啓示を受けた瞬間の感動を表現したものだ。
ロケットマンが「ビビビと来た」ってやつね!
〆のフレーズは、どういう意味でしょうか?
Where these visions of Johanna have now taken my place
ルイーズの頭蓋骨の中で、これらのジョアンナのビジョンが僕の居場所を奪う?
イエスが《神の子・救世主》であることが確定したために、天使ミカエルは《神の右腕》という立場を失った。
「神に次ぐNo.2の座を、覚醒した神の子イエスに奪われた」とボブ・ディランは歌っているんだろう。
ああ、なるほど…
うまく出来てますね。さすがはノーベル文学賞作家です…
じゃあ3番に行こっか。
ちょっと待ちなさいよ!
あんたたち大事なこと忘れてない?
2番の後半には、この歌最大のトリックが隠されてるんでしょ?
あ、そうだった!
岡江クン!最大のトリックって、いったい何だったの?
全然そんなの出てこなかったじゃん!
出て来たよ。
これが、この歌最大のトリックだ…
「She's delicate and seems like the mirror」
は?「彼女はデリケートで鏡みたいに見える」が?
ここには巧妙な仕掛けが施されている…
ボブ・ディランはこの短いフレーズの中に、この歌に秘められた《真のメッセージ》を読み解くヒントを隠したんだ…
彼女はデリケートで…
鏡のように見える…?
まさか!?
何が「まさか」なのよ?
これって…
マイケル・ジャクソンの『Man in the Mirror』みたいに…
「鏡のように左右反対に読め」ということなのでは?
は? SHEだからEHS?
SHEは《Louise》ですよ!
えーと…
ルイースって、エル、ユー、アイ、エス、イー、だっけ?
ヘイ!カール!
ん?
あら、気が利くじゃないジャイアンツ。
えーと…
エ、シ、ウ、オ、ル?
うふふ。
だから「彼女はデリケート」なのよね。
は? どーゆー意味?
てかエシウオルって何?
あたし… 気のせいかしら?
なんだか、いろいろ既視感が…
「ヘイ、カール!」が?
てゆうか世界陸上と言ったら織田裕二でしょ?
「ヘイ、カール!」でもなければ織田裕二でもない!
いろいろややこしいこと言わないで頂戴!
既視感があったのは、あの「令和です」みたいに提示された「LOUISE」の文字よ!
いわゆるひとつのメッセージですね、はい。
メッセージ?
あっ!思い出した!
映画『メッセージ』よ!
その通り。
「LOUISE」といえば、テッド・チャンの小説『あなたの人生の物語』を鬼才ドゥニ・ヴィルヌーヴが映画化した『ARRIVAL』のシーンが有名だよね。
エイミー・アダムス演じる言語学者のルイーズ・バンクスは、謎の生命体に自分の名前を伝えるため、「LOUISE」と書かれたボードを見せた…
そして謎の生命体は…
文字を左右反対に読んで、ルイーズ・バンクス博士を自分たちの《預言者》に選んだ…
いえ…
彼女が生まれて《LOUISE》と名付けられるところから、すべては彼らの計画通りだったの…
アタシ、この映画観てないんだけど、どういうことなの?
《LOUISE》を左右反対に読んだ《ESIUOL》は…
こういう発音になる…
イジュアール?
そして《ESIUOL》は…
これと発音がよく似ている…
あら、ホントだ。
謎の生命体には、文字を右から左へ読むという習性があった…
だからルイーズ・バンクス博士が「HUMAN」という文字を見せた時も…
「NAMUH(南無)」と読んでしまったんだ…
マジで? だから謎の生命体は禅画みたいな円を書くの?
だけど、そもそもどうして文字を左右反対に読むのよ?
これまで彼らが、文字を右から左に書く中東地域の人間としか接触したことがなかったからだよ…
今から三千年前、彼らはソロモン王と接触した…
ソロモン王は彼らから与えられたメッセージをビジョンとして理解し、彼らのために神殿を作った…
謎の生命体と同じ大きさで形もよく似た門番がいるソロモン神殿をね…
彼らには左右だけじゃなくて過去未来の概念もない…
ルイーズ・バンクス博士は「彼らは三千年先の未来から来た」と思い込んでいたけど、実は三千年前だったの…
彼らにとってルイーズ・バンクス博士はソロモン王そのもの…
だから彼女は《神の試練に打ち勝つ者》という意味の《イスラエル》という名前がつけられた…
左右逆にね。
すべては彼らの計画…
詳しくはコチラで。
なんてこった…
しかしボブ・ディランは何の意図があってこんなことを?
《LOUISE》の鏡文字《イスラエル》で何を訴えたかったのでしょうか?
この歌が作られた1965年から66年にかけて、イスラエルをめぐる情勢は非常に緊迫化していた。
第二次中東戦争から約十年が経過していたんだけど、再び大規模な戦争の兆しが高まっていたんだよね。
それというのも、エルサレム旧市街地はアラブ側の支配下にあり、ユダヤ人は聖地《嘆きの壁》に行くことが出来なかった。
なんとしてでも旧市街地を奪還したいイスラエルと、イスラエルの殲滅を声高に叫んでいたアラブ諸国は、もう一触即発だったんだ。
だからボブ・ディランは「LOUISEは大丈夫。だけど彼女はデリケート」と歌ったんだと思う。
国家を代名詞にする際は女性形《SHE・HER》が使われるから、歌詞的にも違和感が無いしね…
しかしなぜ、そんな回りくどいやり方で?
ユダヤ人として生まれたボブ・ディランは、当然のことながら、中東情勢に無関心ではなかったはずだ。
だけどそれを直接的な歌詞にすることで、政治的なメッセージになってしまうことは避けたかった。
デビュー当時に「プロテストソングの貴公子」と持ち上げられて、ボブ・ディランは恐怖を感じていたらしいからね。
だから大好きだったジョーン・バエズとも次第に距離を置くようになり、ついにサラと結婚を決意した…
そういう背景があったから、ボブ・ディランはこの歌に、ジョーン・バエズへの未練とイスラエルへの関心を、密かに隠し入れたんだ。
いくら考えないようにしても、どうしても浮かんでくる両者のことをね…
そんなに複雑な感情が入り混じった歌だったの?
そうだよ。
だからボブ・ディランにノーベル文学賞が与えられたんだ。
この頃のボブ・ディランの一曲は、一冊の小説に匹敵するくらいの奥深さがある。
『ライフ・オブ・パイ』も、この歌に大きな影響を受けていますからね…
沈没した貨物船ツィムツーム号には《LOUISE》が投影されています…
え? そうなの?
映画版では全てカットされてしまったけど、ヤン・マーテルの原作小説では、ツィムツーム号について多くが語られる。
特に、この船が建造された年がキーワードとして扱われるんだよね。
船が建造された年? 何年なの?
1948年だ。
それって…
イスラエルが建国された年だね。
劇中でツィムツーム号について語られる時、それは国家イスラエルの暗喩になっているんだ…
『LIFE OF PI』が構想されて書かれた90年代後半は、中東和平合意でノーベル平和賞を受賞したイスラエル首相ラビンが暗殺され、パレスチナ情勢がもはや修正不能なところまで悪化してしまった時期…
そういえば『VISIONS OF JOHANNA』では、男女の関係を《船》に喩えてましたよね…
座礁したとか…
あっ!
頭の中で唸り声を上げる《電気の幽霊》も!
うわあ!
だから大破して海中に沈んでいくのに、電気が煌々とついていたのか…
実は違和感あったんですよね、あの描写…
あれは《電気の幽霊》だったんだ…
不自然な描写には必ず意味や意図がある…
目に映るすべてのコトは、メッセージ(笑)
・・・・・
うふふ。
それじゃあ3番に行きましょ。
よろしく、深読み名探偵さん(笑)
つづく
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