第325話 深読み『千と千尋の神隠し』vol.24「銀河鉄道の夜⑦虫めがね君」
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2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
宮崎駿は、見抜いていたんだよ…
宮沢賢治がこの絵を元ネタにして、『銀河鉄道の夜』の「活版処」を描いていたことに…
天才は、天才を知る。
どういうことなの?
岡江クン、詳しく教えてよ!
いいだろう。
では解説しようか、『銀河鉄道の夜』「二、活版所」の、本当の意味について…
ちなみに「一、午后(ごご)の授業」では『約翰傳(ヨハネ伝)福音書』がどこまで再現されていたかな?
えーと…
第1章の前半部、洗礼者ヨハネが神の子羊イエスに水でバプテスマを施すところまでです。
その通り。つまり「二、活版所」は、その続きにあたる。
放課後、カムパネラは級友ら数人と一緒に校庭に集まり、今夜の予定について話していた。
ジョバンニが学校の門を出るとき、同じ組の七八人は家へ帰らずカムパネルラをまん中にして校庭の隅の桜の木のところに集まっていました。それはこんやの星祭に青いあかりをこしらえて川へ流す烏瓜(からすうり)を取りに行く相談らしかったのです。
これはヨハネ第1章の後半で、洗礼者ヨハネの元弟子たちがイエスと今夜の予定について話し合う場面の再現だ。
時刻も午後四時頃の出来事。まさに放課後の時間だよね。
38 イエス 彼等(かれら)の從(したが)へるを回顧(かへりみ)て 爾曹(なんぢ)らなにを求(もとむ)るやと彼等に問ふ こたへてラビ何處(いづく)に住(やど)るやと曰(い)ふ ラビを譯(とけ)ば師と云(いふ)の義なり
39 イエス彼等(かれら)に來(きた)り觀(み)よと曰(いひ)たまひければ 遂(つひ)に往(ゆき)て其(その)住(やど)り給ふ處(ところ)を見て 是(この)日ともに住れり 時は晝(ひる)の四時ごろなりき
そしてイエスは「イチジクの木の下に居たのを見た」という話をする。
賢治は「イチジク」を「サクラ」にすり替えたのね。
50 イエス答(こたへ)て曰(いひ)けるは 爾(なんぢ)が無花果樹(いちじく)の下に居(をれ)るを我(わが)見しと言(いへ)るに因(より)て 爾(なんぢ)信ずるか 此(これ)よりも大いなる事を爾みるべし
それにしても、なぜ「イチジクの木」なのかしら?
イチジクは「旧約の象徴」なんだよ。
『創世記』に描かれる「失楽園」の場面では、禁断の果実を食べてしまったアダムとイブが楽園を追放される際、身に着けたものが「イチジクの葉」だった。
だからイエスはイチジクを「イスラエル」や「エルサレム」や「神殿」の喩えとして使ったんだ。
そして「イチジク」と言えば、カトー…
加藤?
ローマの執政官、大カトー(Cato maior)こと、マルクス・ポルキウス・カト・ケンソリウスだよ。
『ともあれ、カルタゴは滅ぶべきであると考える次第である』
ウィリアム・スペンサー・バグダトプロス
ああ、そういえば歴史の時間に、大カトーとか小カトーとか習った気がする。
みんな加藤茶を思い出して授業中に笑ってたわ。
だけどなぜ「中カトー」がいないのかしら?
「中」が居ないのは荒井がドリフをやめたからじゃ。
無視しましょう。
カトーの目の前に散乱してる黒い物体は何?
なんかススワタリの石炭っぽいけど。
あれはイチジクの実だよ。
大カトーはイチジクを指して何をしているのですか?
絵のタイトルにもあるように、大カトーはイチジクを指して「ともあれ、カルタゴは滅ぶべきであると考える次第である」と演説しているんだ。
当時ローマは、支配下に置いたカルタゴの扱いをどうするか議論していた。
多くの人々は、もうローマに歯向かうことはないだろうから、同盟国にして利用していこうと考えた。
しかし大カトーは違った。
カルタゴ人が立ち直れないくらいに、都を徹底的に破壊すべきと主張したんだ。
鬼ですね…
その主張を納得させるために使ったのが、カルタゴの名産品イチジク…
普通は乾燥させて「死んだ状態」で輸入されるイチジクが、カルタゴからは、三日のうちに「生きた状態」で届いていた。
大カトーは、カルタゴから生きたイチジクがローマに入って来るなら、いずれもっと危険なものが入って来るだろうと訴えたんだ。
そしてその主張が通り、カルタゴの都は徹底的に破壊されることになる…
なんだか…
イエスの死後の、ローマによるエルサレム神殿の破壊と重なります…
『エルサレムの崩落』
デヴィッド・ロバーツ
ていうか、「三日のうちに生きた状態で届くイチジク」って、イエス・キリストのことじゃん…
それがいつか必ずローマに入って来るって、未来の予言になってる…
だからヨハネ第1章第50節は「あなたが、イチジクの木の下にいるのを見たと、わたしが言ったので信じるのか。これよりも、もっと大きなことを、あなたは見るであろう」なんだよ。
エルサレム神殿は破壊されたまま二度と復興されないけど、「生きている神殿」は違うと…
それが第1章の最終節だね。
51 又(また)いひけるは 我(われ)まことに實(まこと)に爾曹(なんぢら)に告(つげ)ん 天ひらけて神の使等(つかひたち)人の子の上に陟降(のぼりくだり)するを見ん
天がひらけて、神の使いが人の子の上に昇り降りする…
つまりキリストの十字架刑と復活劇のことであり…
銀河鉄道の旅を通して描かれる物語…
そういえば『銀河鉄道の夜』のラストシーンには「カトウ」という人物が出て来ます…
もしや、この執政官カトーと関係あるのでは…
それはまた後程。
さて、学校を後にしたジョバンニが活版所へ向かう途中、町の人々の様子が描写された。
皆、忙しそうに祭の準備をしていたという。
これは「過越しの祭り」のことだったね。
イエスの公開処刑では、それを見ていた人々が、今夜の祭りの準備があるから早く家に帰らなければと言っていた。
そして賢治はこう書いた。
「町を三つ曲ってある大きな活版処」
わざわざ「町を三つ曲って」と書いた理由、もうわかったでしょ?
え? 街角を三つ曲がったところに活版所があったというだけのことでしょ?
『ヨハネ伝福音書』の第1章が終わったから、次は第2章…
三日目にカナの町で婚礼があった…
1 第三日めにガリラヤのカナにて婚筵(こんえん)ありし
その通り。
だから賢治は「あの絵」を活版所のモデルに使ったんだよ。
あれは「カナの婚礼」を描いたものだから。
『カナの婚礼』
ヒエロニムス・ボス
なんと…
ジョバンニは、現場監督から文章の書かれた紙を渡され、活字を箱に満たし、それをまた監督の所へ持って行った…
「カナの婚礼」における「瓶と水」を「箱と活字」に置き換えたのね。
7 イエス 僕等(しもべども)に水を甕(かめ)に滿(みた)せよと曰(いひ)ければ 彼等(かれら)口まで滿せたり
8 又これを今 挹取(くみとり)て持(もち)ゆき 筵(ふるまひ)を司(つかさ)どる者に與(わた)せと曰ければ 彼等わたせり
そしてジョバンニは突然「虫めがね君」と呼ばれる。
青い胸あてをした人がジョバンニのうしろを通りながら、
「よう、虫めがね君、お早う。」と云いますと、近くの四五人の人たちが声もたてずこっちも向かずに冷くわらいました。
またイジメ?
どうなってるの、この町の人たちは!
花婿と、その背後から何かささやいている男にインスパイアされて、賢治は書いたのかなあ…
だけど「虫めがね君」って何よ?
なんで突然「虫めがね」なんて言葉が出て来るの?
しかもそれで皆が笑うって、何が面白いんだか全然わかんない。
ジョバンニは作業中、月夜さんみたいな眼鏡をしていたのでしょうか?
これは虫メガネではなく牛乳瓶の底メガネじゃ。
「虫めがね君」は、おぬしの教官殿じゃろ。
確かに…
それにしても「虫めがね君」と呼んで皆が笑うって、いったいどういう意味なのでしょう?
あっ、もしかして…
他の大人たちはハズキルーペみたいなお洒落メガネをしてたとか?
は?
だって文選の作業は、超ちっちゃい活字を組んでいくでしょ?
メガネがなきゃ出来ないじゃん。
ああ、なるほど…
ジョバンニの家は貧乏だから、ちゃんとしたメガネが買えず、おもちゃの虫メガネを使ってたのかも。
たぶん、そうよ。そうに決まってる。
そうじゃない。
「虫めがね君」というのは「石コロ君」という意味なんだよ。
石コロ君? 何それ?
賢治は小さい頃から「石」が大好きな子だった。
きれいな石を見つけては家に持ち帰り、夢中になって虫眼鏡で観察していたんだ。
賢治は石の収集と観察が趣味な子供だったの?
そう。いつも虫眼鏡で石ばかり眺めていたらしい。
そんな姿を見て半分呆れていた家族は、賢治のことを「石コ賢さん」と呼んでいた。
やがて石好きが高じて学生時代には地質学や化学にハマり、将来は人工宝石のビジネスを始めようと考えていたくらい石に夢中だったんだよ。
へー。そうなんだ。で?
あっ!石といえば…
そう。『ヨハネ伝福音書』における第三のヨハネ…
「ヨハネの子シモン」こと、ペトロ…
そういえば、ヨハネ第1章の後半部分で大事なことが再現されていませんでした…
イエスがヨハネの子シモンを見て「ケパ」つまり「石」と名付ける場面が…
その通り。
イエスは、ヨハネの子シモンを見て、いきなりこう言った。
「あなたをケパ(アラム語で石。訳せばペテロ)と呼ぶ」
賢治はこれを活版所にシーンに持ってきたんだね。
いきなり「虫めがね君」と呼ばれるのは、そういうことだったのか…
ちなみに、宮崎駿も『千と千尋の神隠し』でこれを再現してたわよね…
わかるかしら?
「荻野千尋」が「千」と呼ばれたことですか?
そうじゃなくて、賢治のようにヒエロニムス・ボスの絵を元ネタにしながら「変な風に呼ばれる」を再現したの。
ほら、ボイラー室のシーン…
まずリンが釜爺の食事を運んで来たでしょ…
ボスの絵にそっくりじゃ。
「天丼とお新香」のように2つの皿が運ばれとる。
それにしても、毛の生えたシロサギが丸ごとって、どんな料理よ…
あれは本物の鳥ではない。お菓子じゃ。
え?
それはまだ先の話だから…
今はリンが千尋を何と呼んだかの話だよ。
リンが千尋を…
何て呼びましたっけ?
リンは、千尋のことを「どんくさい」と言い…
「トロい」と呼んだ。
トロい?
「ペトロっぽい」の略だね。
ああっ!
だからリンは「青い前掛け」をしていたんだ。
賢治は、ジョバンニのことを「虫めがね君」と呼ぶ人物を、「青い胸あてをした人」と書いていたから。
何なのよ、これは…
そして夕方の6時過ぎ、ジョバンニは与えられた仕事を終え、報酬の銀貨を受け取った。
途中の店でパンと角砂糖を買い、母の待つ家へ帰る。
『銀河鉄道の夜』の第三幕「家」の始まりだ…
つづく
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