「見張り塔からずっと 中篇」『深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)& 読みたいことを、書けばいい。』
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2019年9月19日 夜
スナックふかよみ
・・・・・
まあ鼻血が…
はい、ティッシュ…
す、すみません…
まあ若いし仕方ないか。女でもドキドキするほどの熱唱だったもんね…
岡江クンのほうは鼻血大丈夫かな?
(なんてこった… この女、すべてを見通している…)
どうしたの?
いや、なんでもない…
ふぅ…
久しぶりにギターを抱いたわ…
やっぱりいいわね、音の出るものって…
う、歌も素敵でした!
ふふふ。どうもありがと。
あの… 文代さん…
なあに?
なぜボブ・ディランの『見張り塔からずっと』を?
なぜ?
だって「タワー」の話だったから…
安直すぎたかしら (笑)
でも「タワーの歌」なら、それ以外にもたくさんの選択肢があったはずです…
例えば、ミッツ・マングローブの『東京タワー』や…
あるいは、チェウニの『ガラスの東京タワー』…
あたしの永遠のアイドル、角松敏生の『TOKYO TOWER』も!
他にもまだたくさんあります。通天閣タワーやエッフェル塔の歌もありますからね…
しかし、あなたは数々のタワーソングの中から、ボブ・ディランの『見張り塔からずっと』を選んだ…
これは、なぜですか?
あらあら。ここでは迂闊に歌も歌えないのね。
すべてに理由や意味がないとダメなんだ…
さすが、スナックふかよみ(笑)
はぐらかさないでください。
あなたは知っていたんですよね?
『ライフ・オブ・パイ』と『見張り塔からずっと』の関連性を…
え? 「パイ」と「見張り塔」って関係あるの?
かなわないわね、探偵さんには…
そう。その通りよ。あたしの負け(笑)
文代さん…
サイモン&ガーファンクルの『AT THE ZOO』と同じように…
『ALL ALONG THE WATCHTOWER』は『ライフ・オブ・パイ』にとって重要な意味を持つ歌…
はい。まさに。
いえ、重要どころか…
『ALL ALONG THE WATCHTOWER』があったから『ライフ・オブ・パイ』という作品は生まれた…
それを伝えるために、アン・リーは冒頭で「タワーと2頭の象」を描いたと思うの…
どうして?
『見張り塔からずっと』って「道化師」と「泥棒」が酷い世の中を憂いてシニカルな会話をしてる歌でしょ?
「何も信じられない。しょせん人生なんて全部ジョークみたいなもんだ」って…
『ライフ・オブ・パイ』と全然関係ないんじゃない?
あら、パイの語った昔話だって全部ジョークでしょ?
というか…
パイの話を聞いて作家が書いた『ライフ・オブ・パイ』という物語自体が、すべてジョーク…
あ…そっか…
でも、あたし… まだ「全部が嘘」だなんて信じられない…
岡江クンの言うことが正しいのなら、そうなんだけど…
それだけじゃないのよ…
『ALL ALONG THE WATCHTOWER』は、すべてがジョークでありながら…
最後には、聴く者に希望を抱かせ「神の存在を信じさせる」という構成になっているの…
え? そうなの?
それって『ライフ・オブ・パイ』と一緒…
ふふふ。だから言ったじゃない。
『ALL ALONG THE WATCHTOWER』があったから『ライフ・オブ・パイ』は生まれたって…
ボブ・ディランって本当にすごい。ノーベル文学賞も納得。
どうやら、文代さん、あなたはすべて気付いているようですね。
僕以外にそんな人がいるとは思わなかった…
あら、そうかしら?
みんな言わないだけじゃない?
そんなことはありませんよ。
あなたは「トラ」の正体…
つまり「リチャード・パーカー」が誰なのかも知っているはず…
え!?あのトラはパイじゃないの!?
言っちゃっていいのかしら、ここで…
うふふ(笑)
それは、まだにしておきましょう。
今は『見張り塔からずっと』のことを話さなければなりません。
そうね。
じゃあ改めて『ALL ALONG THE WATCHTOWER』を聴きましょう。
歌詞によく注意して…
あの…
冒頭のジミ・ヘンドリックスの言葉が、なんだか意味深に感じられまた…
気のせいでしょうか?
If there is something to be changed in this world, then it can only happen with MUSIC.
あなた、もっと自分に自信を持ちなさい。
え?
意味深どころか、あの言葉で『ALL ALONG THE WATCHTOWER』が「どんな歌なのか」ということを暗示させているの。
あなた深読み探偵学校とやらで「エピグラフ」を習わなかった?
あ、習いました!
巻頭に置かれる句、引用、詩などの短文のことです!
「エピグラフ」というのは、作品のテーマや本質を、無意識のうちに受け手の頭の中に忍び込ませる重要な存在…
最初は意味がわからなくても、後からジワジワと効いてくるの…
海外の映画でも冒頭にエピグラフが使われることがよくあります。
その多くは聖書の引用ですが。
『ライフ・オブ・パイ』にはありませんでしたね、教官。
たしかに「文章のエピグラフ」は無かった。
だけど「映像のエピグラフ」はある。
冒頭の「一見なにも関係なさそうな動物映像」がエピグラフの役割を果たしているんだよ。
だからこうして事細かに解説してるんじゃないか…
あ、なるほど…
それじゃあ歌詞を見ていこうかしら。
まずはこんなふうに始まる…
"There must be some way out of here"
said the joker to the thief
ここから抜け出せる道があるはずだ
と道化師は泥棒に言った
「道化師」と「泥棒」って誰?
「神ヤハウェ」と「預言者イザヤ」よ。
この歌はヘブライ聖書『イザヤ書』が元ネタなの。
「神とイザヤの言葉」がそのまま「道化師と泥棒の会話」になっているってわけ。
だけど、どうしてボブ・ディランは「神と預言者イザヤ」を「道化師と泥棒」なんてふうに表現したのかしら?
ひねくれものだったから?
ちゃんと意味があるのよ。
本来「joke(ジョーク)」というのは、比喩や言い換えなどを使って物事の視点を変えることにより、見えていなかった「本質」を明らかにするもの…
だから昔の宮廷道化師は特別な存在だったのよね。
真実なんだけど家臣が絶対に口にできないようなことを、君主に向かって自由に言える唯一の存在だったの。
つまり人間社会のルールの外にある存在…
トランプのジョーカーが、数札や絵札とは全く異なる次元の存在、オールマイティーなのはそのせいですよね。
そう。ジョーカーはオールマイティ。
そしてオールマイティといえば、GOD…
あ、そうか…
ちなみに聖書の中で「God(神)」は「Lord / Master(主)」とか「 Father(父)」とも呼ばれる…
アラム語の「Abba(父)」なんて呼び方もあったわね…
元サウロのパウロが回心して叫ぶの。
あれ?
『ライフ・オブ・パイ』でも「Abba」が連呼されていませんでした?
あれは「Appa」。インドの言葉で「父」という意味。
でもよく似てるわよね(笑)
(この女、僕の解決したスリー・ビルボード殺人事件を踏まえて喋っている。やはり狙いは僕か…?)
じゃあ「泥棒」は?
なんで預言者イザヤが泥棒なの?
イザヤは神のお告げに従い、次男に変わった名前をつけた…
Mahêršālālḥāšbaz(マヘルシャラルハシバズ)とね…
は? 何言ってるの?
しかも「マヘルシャラルハシバズ」って変すぎない?
ラピュタの呪文じゃないんだから。
「マヘルシャラルハシバズ」とは…
ヘブライ語で「分捕りは早く、略奪は速やかに来る」という意味…
つまり「泥棒」ってことね。
ユダヤの地がアッシリアやバビロニアに滅ぼされ、ユダヤの民がバビロンに奴隷として連行される未来を名前につけたの…
それ、なおさら変(笑)
そんな名前じゃ、次男は絶対に学校でいじめられたでしょ。
あれ?
これも何だか『ライフ・オブ・パイ』っぽくないですか?
あ!
その通り。
学校で「おしっこ」といじめられる原因となったパイのフルネームは「PISCINE MOLITOR PATEL(ピシン・モリトー・パテル)」というものだった。
ファーストネームとミドルネームの「PISCINE MOLITOR(ピシン・モリトー)」とは、叔父のママジが言葉に詰まるほど感動した「パリのプール」の名前…
実はこれ…
イエスがヨハネから洗礼を受けた「ヨルダン川」のことなんだ。
え?
「Paris(パリス)」は「Palestine(パレスチナ)」の駄洒落なんだよ。
マジで!?
ジャズのスタンダード曲『April in Paris(パリの4月)』と同じカラクリ…
あの歌は「パリの4月」ではなくて「パレスチナの4月」を歌ったもの…
主イエス・キリストの死と復活の喜びをね…
ああ!
これも深読み探偵学校の講義「1930年代40年代のミュージカル曲における言葉遊びと暗号」で習いました!
カズオ・イシグロも『夜想曲集』で使っていた古典的駄洒落だと…
それだけじゃないよ。
パイが日常的に使っていた名前「PISCINE PATEL(ピシン・パテル)」はアナグラムになっている…
ええ!?またアナグラムですか?
「PISCINE PATEL」とは…
「PALESTINE PICTURE」を意味する「PALESTINE PIC」のアナグラムだ…
なにこれ!?どういうこと!?
「PICTURE」とは「絵」や「写真・映画」の他にも「描写・心象・光景・そっくりそのまま」という意味という意味があります…
つまり主人公の名前「パイ・パテル」とは…
「パレスチナの姿や心象風景をそっくりそのまま描写したもの」という意味…
それが「見張り塔」から見えた光景でもある。
もう… 何が何だか…
なぜ最初に『ライフ・オブ・パイ』を観た時、気がつかなかったんだろう…
私はいったい何を勉強していたのでしょうか…
はじめは、みんなそう…
オトナになって、いろんなことを経験して、それからやっと若い頃に苦労して学んだ知識が活きて来るの…
経験なき知識は、何の価値もないわ…
文代さんも、そうでしたか?
そうね。あたしもいっぱい経験した。
いいことも、つらいことも…
ゴクリ…
さて、あたしの話は置いといて…
『ALL ALONG THE WATCHTOWER』を先に進めましょうか…
つづく
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