第163話 ポール・サイモンの HEARTS AND BONES ㉜「Rene and Georgette Magritte with their dog after the war」Ⅸ～『深読み ライフ・オブ・パイ＆読みたいことを、書けばいい。』
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2019年9月19日
スナックふかよみ
さて、２番の歌詞で残る謎は２つ…
なぜメンズ・ストアのマネキンが４つのコーラスグループのようだったのか…
そしてなぜ、宙に笑い声がこだましていたのか…
それもやっぱりマグリットの絵に関係してるのよね…
『Golconda』Rene Magritte
もちろん。
天才詩人ポール・サイモンは、マグリットが仕掛けたトリックを、ちゃんと見抜いていたんだ…
トリックですか？
「手前右手の建物」と「宙に描かれた男たち」を見て、どんなことに気付く？
えーと…
まず「手前右手の建物」は、その全体像がわかりません…
大きさや高さが…
その通り。そこは非常に大事。
は？ 大袈裟ね。ただの遠近法の問題でしょ？
そして男たちは、空から降っているようにも見え、宙に浮いているようにも見えます…
あたしは「男たち」が「雨」に見えるわ。
正面の建物が「ゴルゴダの丘」で、窓が「十字架」だから、彼らは…
救世主。
「雨」といえば「救世主の降臨」のことですからね。
『はじまりはいつも雨』の中で、ASKAは、こう歌った…
「君」の名前は「優しさ」くらい、よくあるけれど
呼べば素敵な、とても素敵な、名前と気付いた
さて、「君」の名は？
SAY「YES」！
その通り。
１９９１年７月に発売されたチャゲアスの『SAY YES』は、同年の３月に発売されていたASKAのソロ曲『はじまりはいつも雨』のアンサーソング…
『はじまりはいつも雨』では伏せられていた「君の名」が、『SAY YES』で明かされるという仕掛けになっていた…
『SAY YES』はドラマ『１０１回目のプロポーズ』の主題歌として作られた曲…
だから武田鉄矢演じる主人公 星野達郎は、こんな名台詞をはいた…
「僕は死にましぇん！」
そう。彼は「イエス」だからね。だからかつて「法」を学んでいたわけだ。
そして浅野温子演じるヒロイン矢吹薫は「インクの匂い」が好きだった…
つまりこれは「聖書」のこと…
さすが野島伸司。
では「宙に浮く男たち」は「救世主イエス」のことなのでしょうか？
そう単純な話ではない。
なぜなら、あの絵の「影の主人公」は「３人の Simon」だから…
三人の Simon？
苦難の道でイエスの代わりに十字架を背負ったキレネ人シモンの他に、シモンがもう二人いるのですか？
『イエスを助けて十字架を運ぶキレネ人シモン』
マーティン・フォン・フォイエルシュタイン
まずは「キレネ人シモン」に隠された秘密から話そう…
ポール・サイモンは、クリストファー・ストリートにあるメンズ・ストアのマネキンが「４つのドゥーワップ・グループ」のように見えたと歌った…
そして、それを見て涙を流したと…
だけど、どこからか「笑い声」が聴こえてきたのよね…
意味わかんない。
あっ！わかりました！
「マネキンが４つのドゥーワップ・グループに見えた」というのは…
「スーツ姿の男たちがたくさんいた」ということですね！
どこからか聞こえて来た「笑い声」とは、彼らのものだったんです！
なるほど！うまい！
だけど、それを見て涙を流すかい？
しかもマグリットの絵の中の男たちは、笑っているようには見えない…
あ… 確かにそうです…
では、いったいこの絵からポール・サイモンは、何を感じ取ったのでしょうか？
まず「メンズ・ストアのマネキンがドゥーワップ・グループのように見えた」は、これのことだろうね…
Simon of Cyrene
キレネ人シモン？ この黒人男性が？
キレネがあったのは北アフリカ、現在のリビアにあたる場所。
元々はギリシャ人が作った都市で、ローマ帝国の時代になって多くのユダヤ人が移住させられた。
シモンもそんなユダヤ系住民のひとりだった。
でも「アフリカ」という場所のイメージから、キレネ人シモンが黒人男性として描かれることも多かったんだよね。
なるほど…
それでは、どこからか聞こえてきた「笑い声」とは？
これだよ。
バシレイデスの福音書？
バシレイデースとは「グノーシス派」と呼ばれる「Simon主義クリスチャン」の代表的人物…
独自のイエス・キリスト論を展開し、各地で多くの信者を集めたが、主流派から異端視されて廃れてしまった…
だから『バシレイデースによる福音書』は、外典の中でも異端書に近い扱いを受けることになったんだ…
「Simon主義」って、キレネ人シモンのこと？
いや、そうではない。「Simon主義」については、また後で話す。
ややこしいわね。
この『バシレイデースによる福音書』最大の特徴は…
キリストが十字架で「死んでいない」としていること…
というか、そもそもキリストが十字架には「掛けられていない」と主張しているんだ…
ええっ！？
この福音書には、こんなことが書かれている。
キリストは神の子なので、苦しみや痛みを感じることが出来ず、死ぬことも出来なかった…
しかしそれでは「十字架での死と復活の奇跡」を行うことは出来ない…
だからキリストは、苦難の道筋にたまたま居たキレネ人シモンが十字架を背負わされた際のゴタゴタに乗じて「入れ替り」を行った…
シモンをイエスの姿にして、自分はシモンの姿になったんだ…
は？
イエスの姿になったシモンは、そのまま十字架を背負ってゴルゴダの丘まで行き、イエスとして十字架に掛けられてしまう…
何も知らない母マリアやマグダラのマリア、そして使徒ヨハネやその他の信徒たちは、イエスの死に涙を流していた…
そしてシモンの姿になったキリストは、その光景を遠くから眺めながら、計画が成功したことに満足し、高らかに笑い声をあげたという…
これが『バシレイデースによる福音書』のラストシーン…
替え玉作戦？
戦国武将じゃないんだから…
「マネキンを見て涙を流す」と同時に「どこからか笑い声が聞こえてくる」という謎の答えは、この『バシレイデースによる福音書』だったんだ。
あのルネ・マグリットの絵からポール・サイモンは、こんなことを読み取ったというわけ。
すごいですね、ポール・サイモンの妄想力... じゃなくて深読み力は…
僕が言うのも何だけど、なかなかのものだと思うよ。
あと二人の「Simon」は？
あと二人は、別の外典に登場する。
この『Acts of Peter and Paul』に…
ペトロとパウロ行伝？
同じ二人が主人公の『使徒行伝（使徒言行録）』とは違うの？
『使徒言行録』は二人の長い布教の旅が描かれているけど、この『ペトロとパウロ行伝』は、ローマでの出来事にフォーカスがあてられている…
つまり、ペトロとパウロがローマで殉教するまでの「最後の闘い」が描かれているというわけ。
で、二人の「Simon」は？
使徒ペトロは本名が「Simon」だから「Simon Peter（シモン・ペトロ）」と呼ばれる。
そして「Simon Peter」と「Paul（パウロ）」がローマで殉教するきっかけとなったのが、魔術師「Simon Magus（シモン・マグス）」との闘い…
『ペトロとパウロ行伝』のクライマックスは「Simon VS Simon」の壮絶なバトルなんだよね。
ちなみに先程話したバシレイデースの「Simon主義」とは、このシモン・マグスが提唱した教えのことをいう。
シモン・マグスといえば、『使徒言行録』でペテロにしつこつ付きまとい、「聖霊を授ける力」をお金で買おうとした人ですよね？
『ペテロと言い争うシモン・マグス』
アヴァンツィーノ・ヌッチ
その通り。
『ペトロとパウロ行伝』によると、この時ペトロに拒否されたことを恨みに思ったシモン・マグスは、ローマで皇帝ネロに取り入り、大観衆の前でシモン・ペトロに公開リベンジ・マッチを挑む。
パウロは？
「Paul」は「Simon」の姿を見て「涙を流す」だけ。
あとは祈ったり。
ポール… サイモン… 姿を見て涙を流す…
そして、「Simon VS Simon」のバトルを見物していた皇帝ネロは、笑い声をあげる。
マジですか…
しかも魔術師シモン・マグスの得意技は「空中浮遊」だった…
シモン・マグスは皇帝ネロにこう宣言する…
「わたしこそが真のキリスト。高い塔から飛び降りても、空中を浮遊できますから。わたしは死にません！」
え？
ポール・ニューマン主演の映画『The Silver Chalice（邦題：銀の盃）』で、そのシーンが描かれている。
この動画の５分あたりからだね…
この映画では、空中に静止して「浮遊」はしないけど…
高い塔から飛び降り、空中浮遊しようとする 魔術師Simon…
マグリットの絵の「手前右手の建物」の「高さ」がわからなかったのは…
あれが「高い塔」でもあるから…
そういうこと。
おそるべしルネ・マグリット…
そしてポール・サイモン…
せっかくだから「Simon VS Simon」の名場面を紹介しておこうかな。
あまり日本では有名じゃないみたいだから。
シモン・ペトロへの復讐心に燃えるシモン・マグスは、言葉巧みに皇帝ネロに取り入り、寵愛を受けるようになった…
そして王宮にペトロとパウロを連れて来させ、大観衆の前でリベンジ・マッチを開くことを計画する…
皇帝ネロは、巷で噂の「キリスト」について、ペトロとパウロ、そしてシモン・マグスに尋ねる…
シモン・マグスは自分こそが真のキリストだと豪語した…
２４
シモン「皇帝ネロ様、お聞きください。あの者たちは嘘つきです。私こそが天から送られてきたキリスト。明日にも天国へ昇ってみせましょう。そして私を信じる者には祝福を、私を否定する者には天罰を与えるのです。」
ペトロとパウロ「主は我々に栄光を授けると仰ったのだ。お前にではない。悪魔に呼ばれし者に、天の裁きを！」
シモン「皇帝ネロ様、私の言葉だけを聴いてください。この者たちには近づかないように。私が明日天に昇りましたら、父なる神に言っておきます。あなた様に幸あれと。」
皇帝ネロ「お前が天に行ったことを、どうやって確かめればいいのだ？」
シモン「では、目もくらむような高い塔を作ってください。私がその上に登れば、天使が私のことを見つけてくれます。罪びとだらけの地上にいては、天使は迎えに来てくれないのです。」
ネロ「わかった。それではお前の言う通りになるか試してみよう。」
２５
皇帝ネロはマルス宮殿に高い塔を作らせ、貴族やローマ市民をこのスペクタクルショーに招待した。当日、大観衆が集まり、皇帝ネロはペトロとパウロにこう言った。
２６
ネロ「ついに真実が明らかにされる。」
ペトロとパウロ「我々からは何も言うことはありません。ただ、神の子、我らの主イエス・キリストの名を語る者が、偽りであるということが明かされるでしょう。」
パウロはペトロに向かって言った。「私はここで祈っている。お前に神の御加護があるように。お前は主の一番弟子、よもや奴の魔術に惑わされることはあるまい。」
ペトロは断固たる決心を胸にシモンを見つめて言った。「お前がやろうとしていることを、最後までやってみるがよい！お前が神と共にあるなら、ペテン師呼ばわりした我々の前で！我がキリストは、私とパウロを天に呼んでいるのだ！」
ネロ「どこにだと？お前はわしの言うことに逆らうのか？」
ペトロ「主はどこにいても私たちを呼んでいるのです。」
ネロ「お前たちの言う主とは誰のことなのだ？」
ペトロ「イエス・キリストに他なりません。主は自ら私たちを呼ばれるのです。」
ネロ「それではお前たちも天国へ行こうと企んでいるのか？」
ペトロ「そのように主がお望みになられるときには。」
シモン「物事には順番ってものがある。皇帝陛下、そしてそこの詐欺師どもよ。私はもうすぐ天へと昇る。天使にお前たちを迎えにやらせるから、後から来るがいい。」
ネロ「余計なことをするな。お前が言ったことだけをしてみせろ。」
２７
シモンは塔の頂上で月桂樹の冠を被り、両手を前に突き出して飛び降りた。皇帝ネロはシモンが空中浮遊するのを見てペトロに言った。
ネロ「シモンは本物だ！お前とパウロの方がペテン師だ！」
ペトロ「じきにわかりますよ。私たちこそキリストの使徒であるということが。あれはキリストではありません。魔術師で罪人です。」
ネロ「まだそんなことを言い張るのか？見よ！シモンは天に昇ろうとしているぞ！」
ペトロは強いまなざしでパウロを見て言った。「パウロよ。あれを見るがいい。」
パウロは目に涙を浮かべながら宙に浮かぶシモンを見て言った。「ペトロよ。なぜ何もしないで見ているのだ？お前のやるべきことをやればいい。主はすでに私たちを天に呼んでいるのだから。」
ネロは二人の会話を聞いて笑い、こう言った。「こやつらはもう負けを認めておるぞ！ついに頭がおかしくなったようだ（笑）」
ペトロ「今にわかります。我々がまともであることを。」
パウロ「ペトロよ。やるべきことをやってみせるのだ！」
２８
ペトロは力強くシモンに言い放った。「私はお前に宣告する！偽りの天使よ！弱き心に取り入り、まやかしを行う悪魔よ！万物の創造主、三日目に死から蘇ったイエス・キリストの名において、あの者の空中浮遊は終わり、地へ落ちるであろう！」
するとすぐにそうなった。シモンはサクラ・ヴィア（聖なる道）と呼ばれる場所に落ち、身体が４つにバラバラになるという呪われた結末を迎えた。
２９
皇帝ネロはペトロとパウロを牢に入れ、シモンの死体を三日間保管しておくように命じた。三日目に生き返ると思ったからである。
ペトロは皇帝ネロに言った。「決して蘇ることはありません。彼は本当に死んだのです。永遠の煉獄に繋がれたことでしょう。」
ネロ「誰がこんな恐ろしいことをしてくれと頼んだ？」
ペトロ「彼の言動、主イエス・キリストへの不敬が、この結末を招いたのです。」
ネロ「くそう… お前たちを生かしておくわけにはいかない…」
ここからネロの迫害が始まったのね…
そして「Paul」は斬首され、「Simon Peter」は逆さ十字の刑になった。
だからポール・サイモンは、この歌のミュージックビデオで、こんなことをしたんだよ…
わざわざマグリットの「有名な絵」に自分の頭部を重ね合わせてね…
どんだけ…
だけど２番なんてまだ可愛いほうだ。
歌の最後を飾る３番は本格的にヤバい。
え？
３番って、マグリット夫妻が怪しい男たちとディナーをしていて、男が夫妻の寝室のデスクの引き出しを覗こうとするのよね…
どんなシチュエーションですか？
わけわかめにも程があります…
そうかのう？
じゃあ月夜さんはわかるんですか？
３番でポール・サイモンが何を言わんとしているのか？
ルネ・マグリットも言っておったろう…
「目に見えるものは、いつも他の何かを隠している」
・・・・・
歌詞も同じことじゃて…
上っ面に騙されてはならぬ…
心の目で見、心の耳で聴くんじゃ…
心の目… 心の耳…
（この老人…できる… いったい何者？）
それではいよいよこの歌のクライマックス３番に行くとしよう。
その前にＣメロをサクッと解説してから…
つづく
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