深読み JOKER(ジョーカー)㉖「MANIC STREET PREACHERS ~Everything Must Go~」
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2019年12月X日
パリ、モンマルトル
深読み探偵学校フランス校
とりあえずお前は『Book of Jeremiah(エレミヤ書)』の全体像を把握する必要がある。
そうじゃないと話が通じないからな。
まずはこれを見ろ…
なるほど。こういう内容になっているのか。
権力者は不正を働き、己の富を増大させている…
そして民衆は現実から目を背け、偽りの神を崇めて偶像崇拝に興じている…
そこで神は一人の男をプリーチャー(説教者)として選び、世界の危機を伝えさせることによって人々に覚醒を求めたわけだ…
真実の神のもとに立ち返り、人類の希望であるメシアの到来に備えるようにと…
神に説教者として選ばれた男がエレミヤで、人類の希望メシアがホアキンだな。
この『エレミヤ書』の舞台設定は、ミレニアム(千年紀)の終わりに近づいた二十世紀後半の芸術作品に大きな影響を与えた。
特に世紀末思想と相性のいいアメコミの世界において。
堕落して悪と不正がはびこる街に、神に選ばれし謎の男が現れ、幾度の困難や危機を乗り越えて使命を果たし、最後に正義の裁きが下り、ひとりの若者に未来の希望が託される…
『エレミヤ書』の世界観は、多くのアメコミの世界観そのものと言っていい。
そして、世紀末のニューヨークそのものでもある。
その通り。
『エレミヤ書』第一章「エレミヤの召命」で、神が「アーモンドの木」の次に見せた「煮え立つポット」だな。
なぜ「煮え立つポット」がニューヨーク?
まさか「煮え立つポット」を「熱い風呂」に見立てた「入浴」の駄洒落とか?
何言ってんだ、お前は?
『エレミヤ書』において「アーモンドの木」と「煮え立つポット」は非常に重要なシンボルとして繰り返し登場する。
例えば第六章では、神がエルサレムの人々を「煮え立つポット」の中に入れて融解させると語るんだ。
融解? つまり大量の人間がドロドロに溶けたスープを作るってこと?
地獄の拷問じゃあるまいし、なぜそんなことを?
外見ではわからない「魂」を選別するためさ。
大量の人間が溶け合ったポットとは「坩堝(るつぼ:melting pot)」のことだ。
神は「人間の中の魂」を「岩石の中の金属」に喩え、一旦すべての人間を坩堝で溶かし、そこから融解温度差によって様々な金属、つまり性質の違う魂をそれぞれ抽出すると語る。
るつぼ?
ロシアの詩人エリ・ペ・ラージンもそんな歌を書きましたね。
真実を語り民衆を扇動した罪で逮捕監禁されていた自分を預言者エレミヤに重ね、『Смело, товарищи, в ногу(憎しみのるつぼ)』という歌を…
そして「るつぼ」と言えばニューヨーク。
千年紀を迎えた二十世紀、様々な人種的・宗教的背景を持つ移民が降り立つ地ニューヨークは「melting pot(人種のるつぼ)」と呼ばれていた。
『THE MELTING POT(メルティング・ポット)』
Israel Zangwill(イズレイル・ザングウィル)
なるほど…
そして「エレミヤの召命」では、この「煮え立つポット」が北の方から南へやって来ると語られた。
それは、エルサレムの北にある「災い」、怒りに満ちた人々のこと…
Jeremiah
1:14 The Lord said to me, “From the north disaster will be poured out on all who live in the land.
1:15 I am about to summon all the peoples of the northern kingdoms,”
エレミヤ書
1:14 主は私に言った。「北の方から災いは大挙してやって来て、この地を覆い尽くす。
1:15 わたしは北の王国に住む人間たちを召喚するつもりだ」
永遠の都の北にある災い…
これを20世紀のアメリカ人は、ニューヨークの中心部マンハッタンの北にある「The Bronx(ブロンクス区)」に当てはめた…
「Babylon」と「Bronx」の響きも似ているから…
なぜブロンクスが「災い」なんだ?
元々ユダヤ人地区として開発されたブロンクスは、禁酒法時代に移り住んできたアフリカ系住民やプエルトリコ系移民との間でギャングの抗争が激化し、徐々にスラム化していった。
そして1970年代から1980年代にかけてアメリカ経済が落ち込むと、ブロンクスの荒廃と貧困に拍車がかかり、マンハッタンとの境を流れるハーレム川の対岸ハーレム地区と並んで巨大スラムを形成するようになった。
ブロンクスでは殺人事件や暴動・略奪・放火が日常茶飯事で、マンハッタンに住む富裕層は「The Bronx, No thanks(ブロンクス、お断り)」と言って近づこうとすらしなかったんだ。
この問題の解決に取り組んだ大統領ロナルド・レーガンのブロンクス訪問のニュース映像は有名だよな。
マンハッタンの高層ビル街から車で三十分ほど移動したブロンクスには、同じニューヨークとは思えない光景が広がっている…
これが1980年前後のニューヨーク・ブロンクス?
まるで戦争や内乱で破壊された街じゃないか…
『The Bronx is Burning(1977)』
だからアメコミ作家たちはニューヨークやゴッサムシティを描く際に『エレミヤ書』を元ネタに使ったんだよ。
1970年代から1980年代初頭のブロンクスは、まさに『エレミヤ書』に描かれるエルサレムのようだったから…
『Jeremiah on the ruins of Jerusalem(エルサレムの荒廃とエレミヤ)』
Horace Vernet(オラース・ヴェルネ)
瓦礫の山と、立ち昇る煙… そっくりだ…
こういう理由でブロンクスが『JOKER』の主人公アーサーが住む貧困地域のモデルになっていたというわけだ。
「Joker Staires(ジョーカー・ステアーズ)」として有名になった階段も、かつての荒廃の代名詞サウス・ブロンクス地区にある。
神が堕落したエルサレムに罰を与えるために召喚すると語った、北の方に住む「災い」の人々か…
さっきの「エレミヤの召命1:15」はこう続く。
declares the Lord.
“Their kings will come and set up their thrones
in the entrance of the gates of Jerusalem;
they will come against all her surrounding walls
and against all the towns of Judah.
1:16 I will pronounce my judgments on my people
because of their wickedness in forsaking me,
in burning incense to other gods
and in worshiping what their hands have made.
主の宣告
「北の者たちの王がやって来て、エルサレムの城門のエントランスに玉座を打ち立て、北の者たちは神殿とユダの街を包囲する。わたしは召喚した者たちに裁きの言葉を叫ばせるだろう。なぜならイスラエルの民は不正の心でわたしを蔑ろにした。偽りの神々に香を焚き、自分たちで作った偶像を崇拝したからだ。」
これは… ゴッサムシティの中心部にある WAYNE HALL(ウェイン・ホール)を取り囲んだ貧困層の人々…
その通り。まさにあのシーンだ。
そして『エレミヤ書』第一章「エレミヤの召命」は、こう締めくくられる。
1:17 “Get yourself ready! Stand up and say to them whatever I command you. Do not be terrified by them, or I will terrify you before them.
1:18 Today I have made you a fortified city, an iron pillar and a bronze wall to stand against the whole land—against the kings of Judah, its officials, its priests and the people of the land.
1:19 They will fight against you but will not overcome you, for I am with you and will rescue you,” declares the Lord.
1:17 「自らを準備せよ!スタンダップして彼らに伝えろ、わたしがコマンドした全ての言葉を。彼らに恐れを抱くな。わたしがお前を彼らに恐れさせる。
1:18 今わたしはお前に堅強な城塞を作った。この世界からお前を守るために鉄の柱と青銅の壁を。ユダの王、官憲、聖職者、そしてこの国の人々の手からお前を守る。
1:19 彼らはお前に対して戦いを挑むだろう。しかし彼らはお前を打ち負かすことは出来ない。なぜならわたしはお前と共にあり、お前をレスキューするから。」と主は宣告した。
スタンダップして、神がコマンドした言葉を彼らに伝えろ…
アーサーはスタンダップ・コメディアンとしてステージに立った…
謎のジョークがびっしり書かれたノートを片手に…
エレミヤそっくりだな。
あのジョークの数々は、脳内の「アーモンド(扁桃体)」から聞こえてきたもの…
つまり神の言葉…
『Creation of Adam(アダムの創造)』
Michelangelo(ミケランジェロ)
そしてアーサーが夢中になっていた「スタンダップ・コメディ」とは「DIVINE COMEDY」のことでもある…
つまりダンテ・アリギエーリの『神曲』のこと…
そしてまた「レスキュー」が出て来た…
「エレミヤの召命」の〆の言葉として…
ホアキン・フェニックスのオスカー受賞スピーチもそうだったな。
最後に兄リヴァーの詩の一節を引用したのは、『JOKER』の元ネタ『エレミヤ書』を踏まえたものだったわけだ。
”Run to the rescue with love and peace will follow.”
なんてこった…
ふふふ。
ちなみに、あのフレーズを聞いて、何か思い出さなかったか?
Stand up and say to them whatever I command you
立ち上がって伝えよ、わたしがお前に示した全ての言葉を
Today I have made you a fortified city, an iron pillar and a bronze wall to stand against the whole land
今わたしはお前に堅強な城塞を作った。この世界からお前を守るための鉄の柱とブロンズの壁を
え?何?
決まってるだろ。
『JOKER』の冒頭シーンで、ラジオニュースの次に来るもの…
「EVERYTHING MUST GO」だ。
あっ…
MANIC STREET PREACHERS(マニック・ストリート・プリーチャーズ)のミュージックビデオ…
アーモンドの木を守っていた「鉄の柱」と「ブロンズの壁」…
そーゆーこと。
これはいったい…
そんじゃあ『JOKER』冒頭シーンの後半を見て行こうか。
「EVERYTHING MUST GO」にまつわる場面を…
つづく
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