ポール・サイモンの HEARTS AND BONES ㊷「Rene and Georgette Magritte with their dog after the war」XIX~『深読み ライフ・オブ・パイ&読みたいことを、書けばいい。』第180話)
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2019年9月19日
スナックふかよみ
さて、それではポール・サイモンに戻ろうか…
アルバム『HEARTS AND BONES』の中の名曲『Rene and Georgette Magritte with their dog after the war』に隠された「もうひとつ」の秘密について、語らねばならない…
この曲の中に、まだ秘密が隠されているの?
もう散々深読みしたような気がするけど…
優れた芸術作品は、高級スルメや羅臼昆布のように、噛めば噛むほど味が出るものじゃ。
まだまだこの名曲を味わい尽くしてはおらん…
ですね。
1番では、マグリット夫妻がホテルのスイートルームで、ドアに鍵もかけず、服を脱ぎ捨て裸で踊り…
2番では、クリストファー・ストリートを散歩の途中、メンズ・ストアに入ってマネキンを見て、移民であることを痛感して涙を流し…
Cメロでは、ベッドの中で裸で絡み合い…
3番では、パワーエリートとの会食中に、寝室のキャビネットの中が覗かれる…
歌詞はすべてルネ・マグリットの絵がモチーフになっていたわ。
今までの話は、この曲の表層を語っただけに過ぎない。
ここからが本当の深読みだ。
ま、まだ表層だったんですか?
その通り。この歌の核心部分はここからだ。
この歌の本当のテーマは別にある。
ルネとジョルジェットの「マグリット夫妻」とは、それを隠すためのカモフラージュに過ぎない…
手品師がマジックをする時に行う、観客の注意を逸らすためのダミーみたいなものだ。
ええっ?
そ、それじゃあ、いったいポール・サイモンは何を歌っているの?
「JOHN」だよ。
ジョン?
もしかして、このアルバムの最後の曲にも登場するジョン・レノンのことですか?
その通り。
ルネとジョルジェットのマグリット夫妻とは、ジョン・レノンとオノ・ヨーコ夫妻のことだ。
John Lennon & Ono Yoko
あっ、そっか…
1番の歌詞「ホテルのスイートルームのドアの鍵を開けたままにしておく」は、これのことだったんだ…
そして「服を脱ぎ捨ててダンスする」は、『Two Virgins』のこと…
その通り。
ジョンとヨーコは、よく全裸になっていたからね。
2番の「クリストファー・ストリートを散歩する」は?
イギリスからニューヨークにやって来たジョンとヨーコは、最初にグリニッジ・ビレッジに部屋を借りた。
クリストファー通りはグリニッジ・ビレッジにある。
最初からダコタ・ハウスじゃなかったんだ…
そう。グリニッジ・ビレッジでしばらく暮らした後、1年半の別居期間を経て、それからあの有名なダコタ・ハウスで生活するんだね。
たまたま入った「メンズ・ストア」とは?
それは、ここのこと。
727 Fifth Avenue にある、とても有名な店だ…
727、フィフスアベニュー?
お店の前でジョンは何を持っているのですか?
「5番街の727」って言ったら、全女子の憧れティファニー本店じゃん!
あのジョンのポーズは『ティファニーで朝食を』のオードリー・ヘップバーンの真似よ!
その通り。
しかしティファニーは「メンズ・ストア」ではないような…
元々「ティファニー」は、創業者である二人の男性チャールズ・ルイス・ティファニーとジョン・B・ヤングの名前をとった「ティファニー・アンド・ヤング」という店だった。
だから「MEN'S STORE」というわけ。
なんと… 駄洒落でしたか…
そして、ニューヨークにやって来た頃のジョンとヨーコは、反戦・平和に関する過激な言動がアメリカ当局に問題視され、イミグレーションが認められなかった…
だからポール・サイモンは「移民である二人は涙を流した」と歌ったわけだ。
なるほど…
そういえば、ジョンがティファニー本店に入るのって、『MIND GAMES(マインド・ゲームス)』のミュージックビデオじゃなかった?
その通り。ジョンが「疑似デート」を楽しむMV。
ティファニー本店のシーンは2分57秒からだね。
そういえば…
このジャケットって、ルネ・マグリットっぽくない?
あっ、確かに…
『ゴルコンダ』
ルネ・マグリット
シュールレアリスム風の『MIND GAMES』のジャケットは、ジョン・レノン自らの手で作ったもの。
ゴルゴダの丘を描いたルネ・マグリットの絵『ゴルコンダ』っぽく見えるよね。
ちなみにビートルズのレコード会社「アップル・レコード」のリンゴも、ポール・マッカートニーが所有していたマグリットの絵から取ったと言われている。
『The Listening Room』
Rene Magritte
それにしてもなぜジョンはヨーコの顔をあんなふうに…
ちょっとというか、かなり怖いです…
『ライフ・オブ・パイ』みたいよね…
あのジャケット・アートは「ヨーコさん」と「ヨーコ山」のダジャレかもしれないな。
まさか…
だってアルバムの中には『あい、すんません』なんて日本語タイトルの曲まであるし。
なるほどね…
ちなみに『MIND GAMES』の歌詞の中にある「YES is the answer(イエスが答えだ)」も『ライフ・オブ・パイ』で使われた。
ヤン・マーテルによる原作小説『Life of Pi』のオチは、日本人が「イエス。それがいる方がいい物語だ」と言うことで「聞く者が神を信じるようになる話」が成就するという仕掛けになっていたよね。
日本人にとって「イエス」は「YES」であると同時に「JESUS」のことでもあるから。
日本語の知識がないと通じないギャグ…
だから映画版ではラストが大きく変更されてしまった…
それにしても、あんなにジャケットでヨーコの存在を見せつけておいて、なぜ『マインド・ゲームス』のMVにヨーコは出てこないのでしょう?
このアルバムが出来た頃に別れてしまったからだよ。
だからMVもジョンひとりで撮影された。
だけどジョンの様子は、まるでヨーコと一緒にいるみたいに見えたわ。
あの野外ステージのシーンなんて、一人二役で完全にヨーコになり切っていたし…
その通り。
だからステージ上のジョンは、袖にあった注意書きを、やたらとアピールしていた。
「NO ONE」と「NO ONO」のダジャレだ。
あっ!
どうしたの?
『Rene and Georgette Magritte with their dog after the war』の3番に登場する「パワーエリート」ですよ…
マグリット夫妻の寝室のキャビネットの中を覗こうとしていた、支配者層の男たち…
あっ…
ジョンを危険視して、家の電話を盗聴していたアメリカ当局、FBIのことだわ…
そういうこと。
しかしなぜ夫妻が引き出しに隠していたものが「黒人コーラスグループ」だったのでしょう?
ジョンとヨーコに何の関係が?
ジョンとヨーコはチャック・ベリーと共演したりしてたけど、コーラスグループとのイメージは無いわよね…
そうかな? 大事な曲を忘れてると思うんだけど…
え?
ポール・サイモンは、ジョンとヨーコの代名詞ともいえる超有名な歌のことを言っているんだ。
黒人コーラスグループと共演した超有名な歌のことをね…
ありましたっけ、そんな歌?
この歌のことだよ。
『Happy Xmas(War Is Over)』のジョンとヨーコは、NYにある黒人教会の聖歌隊ハーレム・コミュニティ・クワイアの子供たちと一緒に歌っていた。
ハッピー・クリスマス… 戦争は終わった…
確かにジョンとヨーコが「黒人コーラスグループ」と歌っている…
あっ!
今度は何?
ポール・サイモンは、これを2番で…
その通り。
2番でポール・サイモンは「after the war(戦争が終わった後に)」の部分をフランス語で「après la guerre」と歌った。
その理由は、ジョンとヨーコが世界中の言語で「WAR IS OVER(戦争は終わる)」というメッセージ広告を出したから。
この黒人聖歌隊とのMVでは、フランス語は出てこないけど、スペイン語の「E FINITA LA GUERRA」が映し出される。
ちょっと待って…
じゃあ「with their dog」も…
だね。
ポール・サイモンは「Happy Xmas(キリストの降誕おめでとう)」を「with their dog(God)」に置き換えた…
つまり「Rene and Georgette Magritte with their dog after the war」は、ポール・サイモン版「Happy Xmas(War Is Over)」…
「John and Yoko Ono Lennon with their God after the war」という意味だったんだよ…
なんてこった…
それにしてもなぜポール・サイモンは、こんな手の込んだことを?
ジョンのためだよ。
ジョンのため?
このアルバムをジョンで締め括るための下ごしらえというか伏線を張っておいたんだ。
最後に突然ジョンの名前を出したら違和感あるだろ?
だから8曲目でジョンの存在を匂わせておいたというわけ…
ポール・サイモンは何がしたいの?
もう、わけわかめ…
ポール・サイモンがやってることには全て意味がある。
しかもその計画のヒントは、次の曲で暗示されるんだ。
次の曲がヒント?
なんだか謎の歌だったわよね…
「車は車。世界中どこでも」って繰り返すの…
ある意味、このアルバム最大の謎の歌かも…
確かにポール・サイモンの計画に気付かなかったら、ただの「変な歌」にしか聞こえないだろうね…
それでは解説しようか。
アルバム『HEARTS AND BONES』のラスト直前を飾る9曲目…
『CARS ARE CARS』を…
つづく
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