「見張り塔からずっと 後篇」『深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)& 読みたいことを、書けばいい。』
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2019年9月19日 夜
スナックふかよみ
さて、あたしの話は置いといて…
『ALL ALONG THE WATCHTOWER』を先に進めましょうか…
次はこの部分ですね。「ジョーカーの嘆き」の続きです。
"There's too much confusion, I can't get no relief
Businessmen, they drink my wine, plowmen dig my earth
None of them along the line know what any of it is worth."
訳すとこんな感じかな…
あまりの困惑で、もう全てが信られない
ビジネスマンは俺のワインを飲み
農民は俺の土地を掘り返す
ここの連中はどいつもこいつも
その価値ってもんをわかっちゃいない
ジョーカーの困惑と不信は『イザヤ書』冒頭で描かれる「神の困惑と不信」そのものね。
『イザヤ書』の第1章から10章にかけて神は、カナンの地に住むユダヤの民への「困惑と不信」を延々と語り、ついには絶望してしまい、罰として異国に攻め滅ぼされるという大きな試練を与えることを宣言するの…
全能の神が絶望するって…
いったいユダヤの民は何をしてしまったのでしょうか?
当時ユダヤの民は内部抗争を繰り返し、国家は北のイスラエル王国と南のユダ王国に分裂していた…
そして、お互いが張り合うようにして外国勢力と同盟関係を結んでいたの…
神ヤハウェが忌み嫌う、偶像崇拝を行う人々の国家とね…
預言者たちの度重なる警告を無視し続けて…
ああ…
『イザヤ書』は、こんな神の嘆きから始まるの…
「わたしは子を養い育てた、しかし彼らはわたしにそむいた。牛はその飼主を知り、ロバはその主人のまぐさ桶を知る。しかしイスラエルは知らず、わが民は悟らない。」
そして神は、ユダヤの民が無益な戦いに明け暮れていることを嘆く…
本来守らなければならない社会的弱者を守らず、私利私欲に明け暮れていることにね…
神は、彼らが穢れた体と心で聖なる供え物を捧げていることにも、うんざりしたと語るの…
いえ。うんざりどころか、大好物だった生贄を燃やした煙が大嫌いになったと…
「あなたがたが捧げる多くの犠牲は、わたしに何の益があるか。わたしは雄羊の燔祭と、肥えた獣の脂肪とに飽いている。わたしは雄牛あるいは小羊、あるいは雄やぎの血を喜ばない。あなたがたは、わたしにまみえようとして来るが、だれが、わたしの庭を踏み荒すことを求めたか。あなたがたは、もはや、むなしい供え物を携えてきてはならない。薫香は、わたしの忌みきらうものだ。新月、安息日、また会衆を呼び集めること―わたしは不義と聖会とに耐えられない。あなたがたの新月と定めの祭とは、わが魂の憎むもの、それはわたしの重荷となり、わたしは、それを負うのに疲れた。あなたがたが手を伸べるとき、わたしは目をおおって、あなたがたを見ない。たとえ多くの祈を捧げても、わたしは聞かない。あなたがたの手は血まみれである。あなたがたは身を洗って、清くなり、わたしの目の前からあなたがたの悪い行いを除き、悪を行うことをやめ、善を行うことをならい、公平を求め、虐げる者を戒め、みなしごを正しく守り、寡婦の訴えを弁護せよ。主は言われる、さあ、われわれは互に論じよう。たとえあなたがたの罪は緋のようであっても、雪のように白くなるのだ。紅のように赤くても、羊の毛のようになるのだ。もし、あなたがたが快く従うなら、地の良き物を食べることができる。しかし、あなたがたが拒み背くならば、剣で滅ぼされる」
ボブ・ディランの『見張り塔からずっと』が発表されたのは、1967年の12月…
1967年といえば、6月に第三次中東戦争が勃発しました…
イスラエルは、エジプトからシナイ半島とガザ地区を奪い占領…
ヨルダンからは東エルサレムを含むヨルダン川西岸を…
そしてシリアからはゴラン高原を奪って占領…
「6日間戦争」と呼ばれるほどの圧倒的な勝利で、一気に領土を広げました。
その半年後にボブ・ディランが『イザヤ書』を引用した『見張り塔からずっと』を発表したことは、決して偶然ではないような…
誰がどう考えても「偶然」だとは思えないわよね。
この歌ひとつとってもボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞した理由がよくわかります。
彼の歌は、ただの歌ではないですから。
ちなみに…
ヤン・マーテルが小説『ライフ・オブ・パイ』を発表したのは、2001年の9月だったわ…
ええ。
たぶん構想自体は何年も前からあったんだと思うけど、完成まで持って行くトリガーになったのは…
2000年7月のキャンプ・デーヴィッド交渉の決裂と、9月の「岩のドーム宣言」…
そして、そこから始まった熾烈な内戦アルアクサ・インティファーダじゃないかしら…
岩のドーム宣言?アルアクサ・インティファーダ?
2000年7月、アメリカのクリントン大統領の呼びかけで中東和平を話し合うキャンプ・デーヴィッド交渉が行われたの…
だけどイスラエル首相バラックとパレスチナのアラファート議長の交渉は決裂。協議は持ち越しとなってしまった…
そして9月28日…
イスラエルの野党リクード党党首シャロンは、1000人以上の武装護衛を引き連れ、エルサレム旧市街地にある神殿の丘のイスラム教聖地「岩のドーム」を電撃訪問する…
アブラハムが息子イサクを生贄に捧げた石台が保存されている建物でしたね。
そう。そしてシャロンは宣言したの。
「エルサレムは全てイスラエルのものだ」とね。
これに激怒したパレスチナ人は、岩のドームに集結してイスラエル警察と衝突。ここから激しい武力闘争アルアクサ・インティファーダが始まったというわけ。
なるほど。2000年は私が生まれた年…
世界では、こんなことがあったんですね…
作家がその能力を使って何かを創作したくなるのもわかる気がします…
だからヤン・マーテルは『ライフ・オブ・パイ』を書いたってわけ?
だと思うよ。
これを見てごらん。僕が持ってる英語版『ライフ・オブ・パイ』の著者紹介なんだけど…
なるほど。やっぱりそうみたいね。
ちなみに、こっちが日本語版の著者紹介。
まあ。全然違う…
紀行文学や冒険小説を好む読者層をターゲットにしてる感じですね。
ちなみに『ライフ・オブ・パイ』出版までのストーリーには、まだ続きがあるの。
続き、ですか?
パレスチナが大混乱に陥っているちょうどその頃、アメリカでは大統領選挙が行われ、共和党のジョージ・W・ブッシュが当選…
翌2001年1月には、親イスラエルのブッシュ政権がスタートする…
パレスチナ問題は、もはや解決の糸口が見出せない状態に陥ってしまったの…
そして9月11日、小説『ライフ・オブ・パイ』は出版された…
2001年9月11日?
それってアメリカ同時多発テロの日じゃないですか!
ヤン・マーテルも驚いたことでしょうね。
「LIFE OF Palestine(パレスチナ)& Israel(イスラエル)」という意味が込められた小説『LIFE OF PI』の出版日が、あの「9 . 11」の日だなんて…
なんという悲しく運命めいた星の巡り合わせなの…
この作品が、英連邦で最高の文学賞「ブッカー賞」を受賞したのも頷ける。
少なくとも選考委員は、この作品の意味をよく理解していた。
ブッカー賞といえば、カズオ・イシグロも『日の名残り』で受賞しましたね。
そうね。
『日の名残り』の語り手である執事スティーブンスは、かつての同僚ミス・ケントンに会うため、彼女の住むコーンウォール地方へ旅をしたわ。
待ち合わせ場所は、長い壁が印象的な「ローズガーデン・ホテル」という瀟洒なホテル…
もちろん「ローズガーデン」とは「Rose Garden」と「Lord's Garden」の駄洒落。
つまり「主の庭」、エルサレムの神殿の丘ってことね。
だから映画版のローズガーデン・ホテルは「岩のドーム」そっくりな構造だったの…
中央に「踊り場」があって、その周りを回廊がぐるっと取り囲んだ構造ね…
(この女、僕の解決した「日の名残り殺人事件」も調べ上げている… いったい何のために?)
ちなみに小説版『ライフ・オブ・パイ』では、パイの父が経営していた広大なテーマパークの周囲をミニ蒸気機関車が走っていた…
東京ディズニーリゾートの周囲を走るディズニーリゾートラインみたいにね…
そうなんですか?
駅は2つあったの…
「動物園前駅」と…
もうひとつは「ローズガーデン駅」…
ローズガーデン!?『日の名残り』と一緒じゃないですか!
そう。
同じように語り手の嘘によって「パレスチナと主の物語」を描いたカズオ・イシグロの『日の名残り』に敬意を表してでしょうね。
だからイシグロは『夜想曲集』でお返しをした。
短編『老歌手』の語り手であるユダヤ系ポーランド人の青年に「ヤン」という名前をつけて…
(そこまで知っているのか… やはり僕を潰しに来た刺客?)
文代さんって、すごいなあ…
読みの深さが半端ない…
ふふふ。どうもありがと。
だけど『見張り塔からずっと』の話が全然進まないのはなぜかしら…
この店のせい? ここって変な磁場があるんじゃない?
磁場、ですか?
そう。話がなかなか先に進めなくなる磁場(笑)
ああ(笑)
それきっと、全部この人のせいです。
え?
カランカラン♫
(ドアの開く音)
あら、お客さん?
いらっしゃ・・・
・・・・・
良介山ママ!?
今度はどうしたの?
ノブくん帰ってきた?
ヒロノブさん?
帰ってくるも何も、出て行ってから1時間も経ってないじゃない。
そうよね…
まだ1時間も経ってない…
良介山ママ、もしかして…
あれから店でずっと泣いてたの?
アタシが? ま、まさか!
タ、タ、タマネギ切ってただけ!
ひとり寂しくないようにヘッドフォンで音楽でも聴いてたら?
張り倒すわよ!このクソババア!
まあまあ二人とも…
もしヒロノブさんが戻って来たら、上に行くように言いますから。
あんたもアタシにケンカ売ってんの?!
へ?
なんでノブくんがこんなところに戻ってくるのよ!
ノブくんが戻ってくるのはアタシのところ!
ちょ・く・せ・つ・アタシのところ!
あ、はい…
だけど…
万が一ここに戻ってきたら、すぐにラインちょうだいね!
わかった深代ママ? すぐによ!
はいはい。
じゃあね!
カランカラン♫
(ドアの閉まる音)
やれやれ、ですね。
だあれ?あの人…
このビルの3階にある店のママさん。
クラブ『ダイヤ💓モンド』の良介山ママよ…
かわいい人ね(笑)
あたし、ああいう人、好き。
あとでお店を覗いてみようかしら…
わ、私もお供します!
私も行ったことないので!
おいおい。今夜は君のボスである僕の誕生日会だよ。
は、はい… でも…
少し教官と深代さんを二人っきりにしてあげるのもいいかなと思って…
よく教育できてるじゃないの、岡江クン(笑)
だけど『ライフ・オブ・パイ』を片付けてからじゃないと行けないわね。
まだオープニングの途中だし、先は長いわ。
映画のオープニングの途中でもあり、ボブ・ディランの『見張り塔からずっと』の途中でもあります。
次は「泥棒」のセリフの部分です…
そうだったわね。
ちょっと油断してると、もう何の話をしていたのかわからなくなっちゃう。
困ったもんだわ、ここの磁場には…
ホントややこしい店(笑)
(しらばっくれやがって… 次はどう出るつもりだ?)
つづく
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