我々はどこから来たのか?我々は何者か?我々はどこへ行くのか?vol.43 ~深読み 長渕剛の『とんぼ』~
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1989年x月x日(日曜)
深読み探偵学校 東京本校
それじゃあなぜ長渕剛は久保田利伸の『RANDY CANDY』を映像付きで使おうと考えたんだ?
真っ昼間にテレビで放送されているという、明らかに無理筋な設定でさ。
簡単なことだよ。
蕎麦屋の説教「インディアンの軽い槍」には、どうしても「この曲」が必要だったのさ。
『RANDY CANDY』のイントロ映像の中に、重要なアイテムが映し出されているから…
また重要なアイテムか?
「らっきょう」の次は何なんだ?
そんなこと君は本気で聞いてるのか?
「キャンディ」の他に何があるんだよ(笑)
キャンディ?
そんなのライブ映像のイントロ部分に出て来たか?
あのライブ映像の中には出て来ない。
出て来るのはプロモーションビデオの方のイントロだ。
ああ、これのことか。
でもなぜ「キャンディ」が映っているPVの方を使わずに、映っていないライブ映像を使ったんだ?
この「キャンディ」が重要なアイテムなんだろ?
ミュージックビデオのイントロには「久保田利伸」と「RANDY CANDY」という文字が出て来るから、さすがにマズいと考えたんだろう。
しかも「キャンディ」は「RANDY CANDY」の文字と一緒に映し出される。
あれでは、あまりにも「そのものズバリ」過ぎるんだ。
そのものズバリ過ぎる?
いったいどういうこと?
英語の「RANDY」とは「好色な」という意味だ。
つまり、あのモノクロームのペロペロキャンディに「色を付ける」としたら、どんな感じになる?
ペロペロキャンディに色?
こんな感じだよな。
残念。ピンクと紫色ではない。
オレンジと黄色だ。
は? 別に何色でもいいだろ?
いいや。よくない。
「RANDY CANDY」は「オレンジと黄色」のツートンカラーなのだ。
村上春樹『風の歌を聴け』表紙イラストの「夕焼け空と灯台の光」と同じように。
へ?
しかも「ランディ・キャンディ」とは、この角度を意味する。
角度も重要なのか?
「RANDY」は同じ「ランディ」と発音する「LANDY」との駄洒落にも取れる。
「LANDY」とは「地面に接している」とか「地を這うような」という意味だから、「ランディ・キャンディ」とは、こういうことでもある。
なんだそりゃ? 地面に置いたら汚いだろ。
しかもなぜ石畳?
極めつけは、久保田利伸が『RANDY CANDY』のPVの中で胸に付けていた奇妙なアクセサリーだ。
あれは何に見える?
あれはアメリカ…
北中米大陸と、南米大陸みたいな形だな…
だから「インディアン」なんだよ。
もう一度あの「蕎麦屋の説教」をよく考えてみろ。
まず高校生の1人がテレビをつけて、久保田利伸『RANDY CANDY』のイントロが流れる…
そして、上にあるテレビを見上げながら「こいつ今、売れてんだってな」と言った…
これに反応した他の高校生たちは、こんなことを言い合う。
「知ってる知ってる。こないだベストテン出てたぞ」
「こいつらいいと思わね?1曲当たれば金がバンバン入ってくんだぜ」
父よ、彼らをお赦しください…
彼らは何を言っているのか自分でわからないのです…
そば湯を注ぎながら黙って聞いていた英二は、高校生をしばきに行こうと立ち上がったツネを止め、ゆっくりと立ち上がった。
「1曲当たれば金がバンバン入って来る」は、この年『乾杯』が大ヒットしていた長渕剛の自虐ネタっぽくもある。
1988年のシングルレコード年間売上トップ5は『パラダイス銀河』『ガラスの十代』『Diamondハリケーン』『DAYBREAK』そして『乾杯』…
4位まではジャニーズ事務所の光GENJIと男闘呼組だから、長渕剛がソロ歌手の年間1位だった。
ちなみに年間6位が工藤静香の『MUGO・ん…色っぽい』で、10位が久保田利伸の『You Were Mine』、そして11位が南野陽子『吐息でネット』で、12位にサザンオールスターズの『みんなのうた』が入った。
英二は、黙ったままテレビの下まで行き、スイッチを消した。
そして高校生たちをジッと見つめる。
これはカレンダーにある「10」の文字を映すための画だ。
「インディアンの軽い槍」は「十月」でなければならない。
どゆこと?
決まってるだろ。ここの蕎麦屋の名前が「いづもそば」だからだ。
君の言うことはサッパリわからない。
なぜ「いづもそば」が「十月」で「インディアンの軽い槍」なんだ?
いずれわかる。
呆然とする高校生のところまで行った英二は、まず、彼らが通路上に置いたボストンバッグを次々と外に放り投げた。
そして、蕎麦屋の説教「インディアンの軽い槍」が始まる。
英二「お前ら幼稚園か?ん?どうなんだ?」
少年A「高校です」
英二「高校?」
英二「インディアンが、1本持っているのは、軽い槍です。その反対は何だ?」
少年A「・・・・・」
英二「その反対は何だ?言ってみろよ」
少年A「おもい… やりです…」
英二「もう一度」
少年A「おもい、やりです」
英二「みんなで、せーの」
少年全員「おもいやりです」
英二「日夜それだけを勉強しろ。世の中、他人がいるってこと忘れるんじゃねえぞ」
そしてツネが割って入る。
ツネ「英二さん、こいつらに言っても同じっすよ。あとは俺にやらしてください」
そう言ってツネは体をほぐしながら店の外に出るが、高校生たちは速攻で走って逃げて行った。
これが蕎麦屋の説教「インディアンの軽い槍」だ。
もうわかっただろう?
わからない。
「軽い槍」の反対は「重い槍」でいいけど「インディアン」の反対が抜けている。
やっぱりおかしいよ。
『RANDY CANDY』を歌う久保田利伸の胸には「アメリカ大陸」があったよな?
アメリカ大陸における「インディアン」の反対は何だ?
えーと、アメリカ先住民の反対だから…
白人、ヨーロッパ人か?
その通り。
海を渡って来たヨーロッパ人は、アメリカ先住民から見れば征服者・支配者にあたる。
つまり「インディアンが持っている1本の軽い槍」の「反対」という問いに対する正しい答えは…
「ヨーロッパ人が持っている1本の重い槍」だな。
ヨーロッパ人が持っている1本の重い槍?
白人が持っていたのは銃だろ? 重い槍って何だ?
目に映る全てのこと、耳に聴こえる全てのことはメッセージだ。
よく考えるんだよ。
蕎麦屋で英二は波子ママの店「ベティ・ブルー」を「ジャック・アンド・ベティ」と呼び、舎弟のツネに言い間違いを指摘された…
そしてツネが「あずささんじゃなくて波子ママですか!?」と言った瞬間、そこに蕎麦屋のおばちゃんが現れた…
おばちゃんは英二とツネに「らっきょう」を差し出すが、なぜか二人は「らっきょう」に見向きもせず、一切手を付けなかった…
英二は突然おばちゃんの年齢を聞き、おばちゃんは「もう孫が6人いる」と答え、顔を左斜め下に向けて隠すように照れた…
それから英二は1万円札を取り出し、おばちゃんに「おもちゃでも買ってやりなよ」と言う…
すると蕎麦屋に6人組の高校生が入って来る…
彼らは南野陽子と工藤静香のどちらがいいかで盛り上がり、南野陽子はマネージャーへの態度が悪いが、工藤静香は良い性格だと結論付ける…
その間、英二は上体をひねって背後を向き、高校生たちを見ていた…
高校生たちのテーブルにおばちゃんが注文を取りに行くと、彼らは周囲の空気を読まずに大騒ぎして、誰が最初にトイレにいくかを決めるために「じゃんけん」を始める…
そして「じゃんけん」の勝者が暖簾の奥に消えると、他のひとりが勝手にテレビをつけた…
テレビに映っていたのは久保田利伸の曲『RANDY CANDY』のイントロ…
高校生たちは「たった1曲のヒットで金がずっと入ってくること」に興奮し、割り箸を手に持ちドラムの真似をする…
それまで黙って見ているだけだった英二は立ち上がり、テレビの電源をオフにし、「10月」のカレンダーの前で、無言で高校生たちをジッと睨んだ…
それから英二は、店内の通路のド真ん中に置かれていた彼らのボストンバッグを外に放り投げ、説教を始める…
英二は「インディアンが持っている1本の軽い槍」の反対を尋ね、高校生は「おもいやり」と答えた…
しかし彼らは、この後すぐに蕎麦屋から走って逃げてしまう…
英二が彼らに伝えたかったことは、伝わっていなかった…
その通り。
なぜなら本当の答えは「ヨーロッパ人が持っている1本の重い槍」だから。
そして、説教が行われた蕎麦屋の名前は「いづもそば」…
これでもうわかっただろう、この「蕎麦屋の説教」の本当の意味が…
全然わかんないよ。
そもそもなぜ英二やツネが手を付けないどころか見向きもしなかった「らっきょう」が重要なんだ?
何の布石にも伏線にもなっていない。どこが重要アイテムなんだよ。
骨とラッキョウ。
骨とラッキョウ?
そうだよ。
見てごらん、よく似ているだろう?
確かに似てるといえば似ている…
ていうか、今のフレーズは川村カオリの『ZOO』だろ?
ふふふ。「ズー」は「ズー」でも違う「ズー」だよ。
は?
キリストの磔刑図(たっけいず)。
アンドレア・マンテーニャの絵さ。
『Crucifixion』
Andrea Mantegna
あっ!
英二は妹あずさが働いている波子ママの店「ベティ・ブルー」を「ジャック・アンド・ベティ」と呼んでいた…
ジャック(Jack)とはジョン(John)の愛称、つまりヨハネ(Johannes)のことであり…
ベティはベティ・ブルーの経営者である波子ママ、つまり聖母マリアのこと…
この場面では波子ママの役を蕎麦屋のおばちゃんが代わりに務めている…
だから彼女は、ツネの「波子ママですか!?」のセリフと同時に現れ、ラッキョウをツネのそばに置き、自分を「おばちゃん」ではなく「おばあちゃん」だと恥じらい、上体を左斜め下に向けた…
ツネが「らっきょう」に見向きもしなかったのは、あれがヨハネのそばに描かれた「骨」の投影だからだ…
ツネは英二に最も愛されていた舎弟…
だからヨハネか…
イエスは33歳の頃に十字架に掛けられたから、この時の母マリアの年齢は50歳くらい…
現代では50歳は「おばちゃん」だけど、当時なら孫が6人いてもおかしくない「おばあちゃん」…
だから英二は、初対面の女性に年齢を聞くのは失礼であるにかかわらず、いきなり年齢を聞いたわけだ…
絵の中の聖母マリアを演じるあのおばちゃんが、波子ママの代わりであることを確認するためだな…
そういえば、蕎麦屋とカフェバーの違いはあるけど、二人の仕事は同じものだ…
ちなみに波子ママが聖母マリアであるのは名前からも明らか…
「マリア」とはヘブライ語の名前「ミリアム」のこと…
その意味は「海の雫・波しぶき」だ…
そして、蕎麦屋に入って来た高校生たちが話題にしていた、2人のアイドル南野陽子と工藤静香…
片方は態度が悪く、片方は良いという…
「2人のアイドル」とは、イエスと共に十字架に掛けられた「2人の盗賊」のこと…
マネージャーへの態度が悪い南野陽子とは、イエスに悪態をついた左盗ゲスタス…
そして、良い人とされた工藤静香とは、イエスから「今あなたは私と一緒にパラダイスにいます」と言われた右盗ディスマス…
それなら右盗ディスマスは『楽園のDoor』の南野陽子だろ?
なぜ逆なんだ?
馬鹿だな。『楽園のDoor』の歌詞をちゃんと聴けよ。
ナンノは何を歌っている?
あっ…
楽園のドアから出て行く私…
つまりパラダイス・ロスト、失楽園…
そういうこと。
だから南野陽子は「態度が悪い」なんだよ。
『楽園のDoor』は、楽園に入る歌ではなく、楽園から閉め出される歌だ。
決して長渕剛が南野陽子をディスったわけではないことが、これでわかっただろう?
そして工藤静香の『MUGO・ん…色っぽい』は…
「言えないのよ」で始まる…
態度の悪い左盗ゲスタスは、イエスをこう罵った…
「お前が本当にキリスト(救世主)なら、自分で自分を救ってみろ。そして俺たちのことも救ってみろ」
これに対してイエスは、何も言わない…
イラついた左盗ゲスタスはさらに悪態をつくが、イエスはずっと無言…
すると、このやり取りを黙って聞いていた右盗ディスマスが、業を煮やして口を開く…
「お前は同じ刑を受けていながら神を恐れないのか?俺たちは自分のやった事の報いを受けているのだから、こうなったのは当然だ。しかしこの方は何も悪いことをしていない」
そして右盗ディスマスは、無言を貫くイエスに言った…
「イエスよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、私を思い出してください」
この言葉を待っていたイエスは、右盗ディスマスにこう告げる…
「よく言っておくが、あなたは今日、わたしと一緒にパラダイスにいる」
右盗ディスマスとイエスは、目と目で通じ合い、一緒にパラダイスにいた…
そうゆう仲になったんだ…
ふふふ。
そして英二は、高校生たちが南野陽子と工藤静香で大騒ぎする光景を、上体をひねって左肩越しに見ていた…
すると高校生たちは、誰が最初にトイレに行くかを賭けて、大声でジャンケンを始める…
人々が静かに蕎麦をすすっていた蕎麦屋で、誰が先にトイレに行くかを賭け、ジャンケンして騒いでいた高校生…
そして、人々が静かにすすり泣いていた処刑場で、誰がイエスの衣服をもらうかを賭け、クジ引きして騒いでいたローマ兵…
だから英二は「左肩越し」に彼らを見ていた…
ジャンケンで勝った高校生は「暖簾」をくぐってトイレに行く…
あの「暖簾」はイエスの「衣服」が投影されたもの…
なぜなら、クジ引きで勝ったローマ兵には、引き裂かれたイエスの衣服が与えられたから…
そして別の高校生がテレビの電源を入れる…
映し出されたのは、久保田利伸のコンサート『KEEP ON DANCING』の映像…
オープニング曲『RANDY CANDY』のイントロが流れていた…
やられた…
あれはまさに「ランディ・キャンディ」だ…
高校生たちは割り箸をドラムスティックのように持ち、久保田利伸の曲『RANDY CANDY』に合わせてテーブルを叩いていた…
そんな彼らに英二は背を向け、無言で蕎麦湯を注ぐ…
ちょうど「右脇腹」のあたりから蕎麦湯が流れ出るように見せて…
この時に「インディアンの軽い槍」を考えてたっぽいよな…
その通り。
英二は「蕎麦湯」を「右脇腹」から注ぎながら「インディアンの軽い槍」を思いついたんだ。
なぜだかわかるか?
なぜ? わからん。
これだよ。「ロンギヌスの槍」だ。
イエスはローマの百卒長ロンギヌスに槍で刺され、右脇腹から「血と水」を流したとされる。
長渕剛はこの「血と水」を「そば湯」に置き換えたんだ。
『Lance of Longinus』
そうか、そういうことか…
だからツネは英二が槍のことを考えていると察し、目の前に立ちふさがって「英二さん、俺がやりましょうか?」と言ったんだ…
その通り。
アンドレア・マンテーニャの絵に描かれるロンギヌスと子分に、そっくりだよな…
そして、満を持して英二は立ち上がり…
「1曲当てただけで金がガンガン入ってくる男」が映るテレビを消す…
蕎麦屋の柱に注目だ…
見てごらん、よく似ているだろう?
3つの十字架が立つゴルゴダの丘と…
あの蕎麦屋は、まさにズーだ…
キリストの磔刑図…
そして英二は、カレンダーの横に立った…
「10」の文字がよく見えるように…
わかった!十字架の「十」だ!
確かにそれもある…
だが「10」には、他の意味も隠されているんだ…
他の意味? 何だろう?
ここの蕎麦屋の名前は?
名前?「いづもそば」だけど…
そう。ここの蕎麦屋は「いづもそば」…
つまり「10」とは「神」だ…
神?
つづく
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