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狂言『萩大名』の大名が詠んだ「萩」

【スキ御礼】歳時記を旅する 18 〔萩〕中*道問へば屋号で示し萩の道



狂言「萩大名」は、訴訟のために在京中の大名が、心が屈して悪しい、今でいえば心が折れてへこんでいるので遊山に出かけたい、というところから始まる大名狂言。
 ある大名が京都の下京にある萩の花が見事に咲く趣味人の庭を見せてもらうことになる。
 そこの庭の亭主からは即席で和歌を詠むように勧められるのがわかっていたので、大名はあらかじめ太郎冠者から「七重八重九重とこそ思いしに十重咲き出づる萩の花かな」という歌を教わっておく。

この亭主の庭に咲く萩は「宮城野の萩」ということになっている。

(大名) 太郎冠者、またこちらの隅に、まっ赤いな物がおびただしゅうあるが、あれはなんじゃ。
(太郎冠者)あれは宮城野の萩でござる。

『日本古典文学大系42 狂言集 上』「萩大名」
岩波書店 1960年

文献によると、万葉集のころのハギは、山野に自生していた今日のヤマハギ、ビッチュウヤマハギ、またはツクシハギを指したのではないかという。
のちに平安時代のころからの「萩」は、庭園などに植えられていた栽培種のミヤギノハギを指したと推測されている。
栽培種のミヤギノハギは、中国原産の野生種が移入されたものと考えられている。

ただ、歌枕の萩の名所である宮城野(現在の宮城県仙台市宮城野区と若林区一体)にはミヤギノハギは自生せず、ツクシノハギが見られるとのこと。

では、「萩大名」の萩の種類は何だったのだろうか。

特定は困難だが、話の筋から考えると、
1)野生の萩ではなく庭に植えられているものであること、
2)「宮城野の萩」とわざわざ断っていること
などから、栽培種のミヤギノハギと考えるのが自然である。
引用した狂言集の注釈にも、宮城野の原産の萩を特にミヤギノハギと称するとしている。

狂言は、成立当初から一定の台本をもって演じられていたわけではないらしいので、現在の話がそのまま成立時に遡ることはできないという。
ただ、「萩大名」は、京都に自生する萩ではそもそも話が成り立たないので、「萩大名」の演目が成立したときには、その萩は、ミヤギノハギだったと考えられる。

そして狂言「萩大名」の結末。
亭主に即吟を求められた大名は、用意していた歌の最後「十重咲き出づる」のあとの「萩の花かな」がなかなか思い出せず、プロンプター役の太郎冠者の甲斐も空しく、亭主に追い出されてしまう。


☆狂言「萩大名」の鑑賞レポートを 杜若(かきつばた)さんが記事にされています。ご紹介します。

(岡田 耕)

*参考文献(引用のほか)
『狂言集』和泉流第五冊「萩大名」古典文庫 1954年
『改定新版 日本の野生植物2 イネ科~イラクサ科』平凡社 2016年
有岡利幸『ものと人間の文化史145 秋の七草』法政大学出版局 2008年
『四季花ごよみ〔秋〕』講談社 1988年
『一冊でわかる狂言ガイド』成美堂出版 2006年
『日本近代語研究4~飛田良文博士古希記念~』ひつじ書房 2005年
茂山千五郎『千五郎の勝手に狂言解体新書』春陽堂書店 2021年

ありがとうございました。
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