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枝豆女子vsブロッコリー男子 - 好きにならずにいられてよかった〈9〉

枝豆をひたすら切り落とすバイトをしていた。
初夏の2ヶ月ほど、農村地帯のデッカい倉庫で、ひたすら毎日。数十人のパートのおばさま方に混ざって、朝から夕まで、チョキチョキンと。

座り仕事とはいえ、スピードとコツを求められる結構ハードな仕事だった。もたもたしようものなら、女将さんに急かされ、叱られ、下手すると「あれ? あの人いないね」……クビである。

それでも、デスクワークと自己実現とのはざまで悩み疲れていた当時の私には、ちょっとしたリハビリと社会復帰への足がかりとして、ちょうどいい疲労感を伴う最適な労働だった。

そんな現場に、男子が一人だけいた。

収穫した枝豆を軽トラでごっそり運び込んでは、けだるく枝豆カットもこなす、今にしてみれば俳優・高橋一生似の青年。
おばさま方曰く、近所のブロッコリー農家さんの跡取り息子で、枝豆収穫の繁忙期だけ手伝いに来ているのだという。年の頃は20代前半くらいだったろうか。

誰とも話さず、もくもくと毎日けだるい高橋一生。枝豆と、おばさんと、高橋一生。この絶妙なトライアングルの中で、高橋一生は浮いていた。

まだ若い彼が、周囲に、枝豆に、目立たぬよう埋もれてしまえとばかりに主張なく気配を消すほどに、私には彼が浮かび上がって見えた。良く見えた。“左手に枝豆、右の手にハサミ”の過酷な日々の中で、彼だけが唯一のオアシスだった。当時、高橋一生とは、そういうものであった。(本物ではない。)

一体、何株の枝豆から幾つの“枝付き枝豆”をこの世に送り出しただろう?

みるみるうちに枝豆さばきが上達していき、ついにバイトの最終日を迎えた私は、枝豆's ハイにでもなっていたのかもしれない。最後のタイムカードを打刻したその足で、倉庫のすぐ外の自販機で缶コーヒーを買っている高橋一生の元へ行き、「このあと飲みに行きませんか?」と誘ったのである。積極的!

すると一生は「え? あぁ。いいですよ」と一瞬びっくりのち快諾で、私たちは電話番号を交換し、駅前の焼き鳥屋で会う約束をして一旦別れた。こういう得体の知れない女の誘いに乗っちゃうルーズさも、高橋一生らしくて良い。(あくまでも何かのドラマで観たイメージ。)

焼き鳥屋で落ち合った彼は、いたって普通の青年だった。煙草をくゆらしながら、家業の農作物はブロッコリー以外にもいろんな色のカリフラワーを作っていることを教えてくれた。赤や、黄色や、紫色のカリフラワーがあることを、私はこのときに知った。海を見下ろす広い畑で、彼と一緒に色とりどりのカリフラワーを作っているところを想像した。幸せそうだった。実に。

「海、行かない?」
歩いてすぐの夜の浜辺を彼と歩きたくなって、酔いにまかせて言ってみた。気持ちいいだろうなと思ったから。
そうしたら、彼から信じられない言葉が返ってきた。

「今日はちょっと……。近くで友だちが車で待ってるんで」

はあン?

どういう状況であろうか。
近くで、友だちが、待っているとな。車で。

何だソレ? 何の沙汰だい?

混乱する頭で、咄嗟に私の脳裏に浮かんだ筋書きは、こうだ。

「仕事終わりに得体の知れない女に誘われた。だが断れず、飲みに行くことになってしまった。考えるだに怖い! 襲われるのか、勧誘されるのか? 契約させられるのか、買わされるのか? あぁ怖い。ならばダチトモと一緒に行かん。近くで待機してくれていれば安心だ。いつでも逃げ出せる。どうなる俺。どうなる俺……!!」

といった風。

愕然とした。
そんなビクビクしながら焼き鳥喰ってたの!? 不憫すぎる!!
何それ。何それ……。何よそれ!!! と。

いや、そもそも。彼の言うことが本当かも分からなかったけど、ソレもしかしたら彼女とかなのかもしれないけど、とにかくはもう、ええい撤収じゃ、撤収ー! ってなった。なるしかなかった。好きにならずにいるしかなかった!!

そんな風に警戒されていたなんて……実にしょんぼりんこだ。
で、なんかこっちこそゴメンね一生。ってなった夜だった。

だけど、恋はいつだってタイマン勝負ではなかったか。

こちらは単身丸腰で乗り込んだのに、友だちプラス車で応戦だなんて。
好きにならずにいられてよかった……。
そう思う他、このほのかな恋心のやり場がなかった。

かくしてこの勝負(?)、ブロッコリー男子の逃げ切り勝ちと相成ったわけだけど。なんだかな。

恋は、枝豆のようにうまくは、さばけないものみたい。


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