『海に行ってみる』
◯1 「海に行ってみる」
みのりと蒼がいる。
みのり 「これお土産、あげる」
蒼 「なに?」
みのり 「たぶん好きだと思って」
蒼 「あ、好き。江の島たこせんべい! ありがとう」
みのり 「うん。私も好き。ちょっとピリ辛でね」
蒼 「ね。……え、江の島行ったの?」
みのり 「や、三浦海岸」
蒼 「ん?」
みのり 「まぁ、海よ(笑)。なんか……(言葉に詰まる)」
蒼 「うん」
みのり 「……かなしすぎて、どうしようもなくて、さ。「どうすればいいですか?」ってフェイスブックに書いちゃって」
蒼 「書いてたね」
みのり 「うん。で、「海に行ってみる」って、一番最初に貰ったコメントが、それで」
蒼 「それで行って来たの? 海、ひとりで?」
みのり 「うん。昼下がりの砂浜をさ、ひとり、歩いてたらさ、なんか同じようにひとりで歩いてる黒づくめのファッションの男の子がいたわけ、少し離れた距離に」
蒼 「カッコ良かった?」
みのり 「わかんない。離れてたからさ、距離」
蒼 「ああ」
みのり 「ファッションの感じはカッコ良かったよ」
蒼 「おお」
みのり 「で、なんか恥ずかしくなっちゃって」
蒼 「何が?」
みのり 「だって、なんか。その人も、ツラいことがきっとあったんだっぽくない?」
蒼 「……ぽいね」
みのり 「ね。なんかツラいことあって、ひとりで海とか来ちゃって、とぼとぼ歩いちゃったりしてさ」
蒼 「うん……」
みのり 「いかにも、だよね。失恋して髪切って「ハロー、新しいじぶん♪」とかってインスタに上げちゃう、みたいなね」
蒼 「あぁ(笑)。ていうかそれ、やったことあるかも」
みのり 「え、あれ、蒼だった?」
蒼 「たぶん」
みのり 「ごめん」
蒼 「いやいや」
みのり 「……」
蒼 「で?」
みのり 「あ、……で、思わず想像しちゃったの。彼に「どうしてひとりでこんなところに来てるんですか?」って訊かれて、「ちょっと、つらい(吹き出して)ことがあって」って言いながら笑っちゃうところ」
蒼 「え?」
みのり 「そしたら「僕もです」って彼も笑っちゃうの。「僕も、つらいことがあって」って」
みのり、笑う。
蒼 「……」
みのり、ひとしきり笑って、
みのり 「なんだよ、ね? 「つらいこと」って。つらいことがあって、なんでつらいことがあったっぽいことわざわざしに、なんで海行かなくちゃなんないの? 私、海、全然好きじゃないのに!!!」
みのり、あふれてしまう。
蒼、しばらくただ寄り添って──。
蒼 「……ほんとだよね。ほんと、海なんかさ、もう、全然行かないくていいよ、みのり。海なんかさ、ほんと、日差し強いし、ざーざーうるさいし、寄せては波、返すしさ? とんびがパンかっさらってくし! ただ風強いし! ……そう、あとしょっぱいじゃん! 海めっちゃしょっぱい! ……あと、きれいに砂はらって帰ってきたと思っても、靴の中にやっぱり砂残ってる。あと……」
みのり 「あと?」
蒼 「あと……私も海は全然好きじゃない!」
みのり 「……うん(笑)」
蒼 「あっ、で、その彼は? オシャレな」
みのり 「見失っちゃった」
蒼 「なにそれ!?」
みのり 「え?」
蒼 「なにそれぇ!!!」
みのり 「だってぇ……!!」
ふたりとも、泣く。
それから、笑う。
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