スライド2

口実

(*本編は最後まで無料でお読みいただけます)

○映画館のレイトショー/夜

割と混んでいる上映中の映画館の場内。
客席の最前列、いちばん端っこの二席に並んで座り、スクリーンを見上げている男女。

ふたりの頬がスクリーンに反射した光で明るくなったり暗くなったり。

ひじ掛けに置かれた男の手を見る女からの視線。
女の手は膝の上のバッグをかたく抱きしめている。

○刀削麺屋/同日夜

中国語が飛び交う刀削麺屋のカウンターで麺をすする男女。

男 うまいね。
女 そうここ、うまいんだよ。

男 うまいとこ、いつも知ってるよね。

女、照れてむせこむ。

○駅までの裏通り/同日夜

並んで歩く男女。

女 今日は、ありがとうね。
男 なにが?
女 ……学生の頃、私アルバイトしてたのね映画館で。
男 そうなんだ。
女 そう。で、映画とか結構タダで観られたのね、従業員特典みたいな感じで。
男 最高じゃん。

女、思わず笑う。

女 で、あるとき、ちょっと好きな、映画好きの男の子を誘って、映画観に行く約束したのね。タダで観られるよ、って。
男 おお。
女 でも彼、待ち合わせに遅れちゃったの。なんか忙しくて。で、映画館まで小走りして、上映時間にはぎりぎり間に合ったんだけど、予告編とかはもう始まっちゃてて、場内とか暗いの。
男 うん。
女 で、なんでかその映画結構人気で、客席結構埋まってんのね。それで、私が席探してたら、彼が「三浦さんはそこ座りなよ、俺あっちの方で探してみる」ってずんずんひとりで前の方に行っちゃって座ったっぽいの。まだ全然、もっとちゃんと探せばふたりで並んで座れるところあったと思うのに。
男 ……。
女 ……ってことが昔あって。
男 そいつ、あほだな。

その言葉に女、立ち止まる。
歩いていく男の後ろ姿を目で追いながら、頬が緩む。

○改札で/同日夜

改札の前で向かい合う男女。
駅の時計が、日付が変わる時刻に差し掛かる。

女 じゃあ、これ。

女、バッグから小さな何かを取り出し、男に手渡す。

男 ああ、お土産?
女 うん、阿闍梨餅。
男 これ一個だけ?
女 最後の一個だよ。

男、笑って包を開け、パクっとひと口で食べる。

女 え!?
男 (もぐもぐしながら)だって賞味期限、今日までなんでしょ?

女、電光掲示板の時計を見る。
時計の針が、ちょうど12時を差す。

男 うまい。
女 なんか、ごめん。

ふたり、笑う。

女 じゃぁね。
男 うん、ありがとう。

女、改札へ入っていく。
男、女が見えなくなるまで見送っている。

○帰りの電車内/同日夜

女、電車に揺られながらスマホを手にメッセージを打っている。

女 「今日は、ホントにありがとう。会えて嬉しかった。」

少し考えてから、「会えて嬉しかった」を消し、「楽しかった」と打ち直して送信する女。
男から返信が届く。

男「あのさ、“日持ちしないお土産を渡したいから”っていつも呼び出して会うの、もうやめない?」

女、顔色がくもる。

男「そんなんじゃなくても、会おうよウチら。これからは。」

かたまる女。

女 ……!?

返信をしようとしたところでバッテリー切れになるスマホ。
女、息をのむ。

電車が駅に着く。
扉が開いた途端、電車を駆け降り、改札を抜け、自宅へと一目散に駆けていく女。

早く……早く……早く充電……!!! 

女の足音と、衣擦れの音、はやる息の音が、跳ねるように夜の街に響く。

 

〈終)

 

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