第66話 ホットライン ~ 小説「ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)」
「ディオティマを逃亡させるための手助けをしろ、か。アメリカもたいへんだな、マギー?」
「われらは国家とその国民ごと、質に取られているようなものなのよ。まったく、苦しい立場だわ」
総理官邸執務室。
内閣総理大臣・鬼堂龍門は、ホワイトハウスにいるアメリカ合衆国大統領マーガレット・ミンクスとホットラインをつないでいた。
「実質的にアメリカは乗っ取られてしまっている。あのいまいましい魔女と、そのパトロンである大ユダヤ会の資本力によってね。わたしは単なる傀儡なのよ。やつらの都合のいいように動くしかないんだわ」
「肩を落とすなマギー。俺が知るかぎり、おまえほど国家に忠誠を誓っているアメリカ国民を俺は知らない。俺が日本という国家に対してそうしているようにな」
「あなたもたいへんよね、龍門。龍影会もあなたをマリオネットのようにあつかっているのでしょう? 立場を同じくする者として、同情の念を禁じえないわ」
どんな存在にも理解者は必要だ。
国家を背負う二人はこのように、みずからの心の内を明かしあった。
「ディオティマはすっかりアメリカを私物化している。ひとりの国民として、わたしは断じて看過するこはできない。あなたもそうでしょう、龍門?」
「ああ、こっちも同じ状況さ。だが、まだがまんだ。耐えるしかない。機が熟すまではな。ひょっとしたらあいつら、例のウツロたちが大きなネックになってくるかもしれん」
「いま彼は、ディオティマの人形にされているのでしょう? この状況、どう打開するつもり?」
「わからん、が……なんとかするしかない。すべては国家に巣食う膿を一掃するためにな。そっちはどうだ?」
「国防総省の地下深くで、ブラックヘッド博士が何か動きを見せたらしいわ。ディオティマから転送されてきたウツロのデータを使って、またあやしげな研究を開始したようよ」
「あのナチ公が、まだ生きていやがったのか」
「最近はコモド・ドラゴンやマウンテン・ゴリラの細胞を移植したらしいわよ。いったい何歳まで生きるつもりなんだか」
「イカれてるな。いや、俺たちもか」
「ヴィクトリアの命でトリップ四姉妹も動いているわ。まったく、自分が情けないわよ」
「俺とて同じさ。どいつもこいつも、好き勝手に動きやがって」
電話ごしにため息が漏れ出る。
「ところでグラウコンがそちらへ向かったよし。万が一に備えて対策を講じたほうがいいわ」
「マジかよ……上陸するなら、ゴジラのほうがまだあつかいやすいってもんだ」
「最悪の事態が起こっても、ディオティマの手前上こちらは安全保障を発動できない。心苦しいけれど、そちらでなんとか対応してくれるかしら?」
「すまんなマギー。おまえがいなかったら、俺はとっくに心が折れてたよ」
「わたしも同様よ龍門。これは孤独な闘いだわ。しかし諦めてはいけない。害虫どもを根こそぎ駆除するまでは、われわれは決して屈してはいけないのよ」
「害虫、害虫か、ふふっ。いやいや、だいぶ気が楽になったよ。そろそろ感づかれるかもしれん。悪いがいったん切るぞ」
「ええ、気を確かにね。シー・ユー」
回線が途切れる。
遠くはなれた地で、二人の支配者は胸をなでおろしていた。
よいことだ、理解者がいるというのは。
戦っているのは誰しもがである。
まだまだ、本番はこれからだ。
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