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できることとやりたいことは違う|エッセイ

学生時代から常々思っているのだが、
"得意なことを伸ばす"ということが苦手だ。

得意なのになぜ伸ばす必要があるのだろうか。
それならば苦手なことを伸ばして、
パラメーターを均等にしたい。

私は運動ができ、足も速い方なのだが、
リレー選手にだけはなりたくなかった。
運動会や体育祭で他の人々より
1種目多く駆り出される意味が
本当にわからなかったのだ。

他が免除されるのであれば出るが、
足が速いだけで種目が増えるだけでなく、
「絶対に活躍してくれ!」
という立場にさせられるのには
納得がいかない。

そこで、進学期の体力測定のタイムから
リレー選手が選抜されることを
知っていた私は、
小学校5年生の時から
体力測定のみ遅く走るようにした。

すると、
リレー選手に選ばれることはなくなり
快適ライフを送れるようになったのだ。

本当はもっと早く走れますよ…!
とつい言いたくなるが、
これは私だけの秘密であった。
人生このように楽して生きたいっ

しかし、さすがに気づかれることもあった。
中学2年の時に、
区の連合体育大会の選手に抜擢されたのだ。

こんなものいっっっちばん出たかない。

「タイムが遅いのになぜ!?」
と聞くと、
「陸上部は絶対参加だから、
その次に足の速いサハラにしたい」
とのことだった。

私は遅すぎるタイムは流石に悔しいので、
平均くらいで走るよう気をつけていた
つもりだったが、
陸上部の次レベルだったようだ。

プライドが邪魔をしたとは…
もっと手を抜いておけば………

絶対にクラスから1人選抜しなきゃいけないし
タイムが物語ってるからNOとは言わせない、
体育の先生も許さないとのことだったので、
先生に直談判することにした。

すると、
直談判3日目に
いよいよ私が土下座をしようと
床に足をついた瞬間、
「そんなに出たくないなら、出なくていいよ」
先生が折れたのだ。

そして当日、
私は観客席から巨大スクリーンに映し出される
選手たちのスローモーションを見ながら、

ああ……… 私もこんな風に変顔を
区の皆さんにお披露目するところだったのか…
と、断れて本当に良かったなと実感した。

他にも、絵上手いね!などと言われてきたが
絵の道に進もうとは思わなかったし、
料理ができないからこそ
キッチンで働きスキルをつけたりした。

恐らく世のエリートたちは
出来ることと、やりたいことが
イコールなのだと思う。

若い時から音楽の世界にいて
いまだに飽きていない米津玄師は
その代表格に違いない。
本当に尊敬である。

私もできないことに挑戦するより、
出来ることに目を向けられるようになったら
ハッピーエンジョイマネーマネーライフを
過ごせるのかもしれない。

さはら
1997年9月生まれ
ハーフ
座右の銘は晴耕雨読
万年フリーター

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目標のある人間は、
本当にすごいってばよ🥷


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