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1947.11.16生 74歳 花、虫、野菜、小鳥、木々や緑、青い空が大好き💕 畑で遊…

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1947.11.16生 74歳 花、虫、野菜、小鳥、木々や緑、青い空が大好き💕 畑で遊ぶのが幸せなおばさんです。イラスト業、写真業、カメラ店、呉服店、日立製作所勤務、色々経て 現在、主婦、昨年念願の初(自費)出版、叔父の原爆体験版「夏の日のピリオド」 現在手書き動画に挑戦中

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余白があると、何か描きたくなるのは、小学生の頃から・・

74歳になった今も、変わらずやはり、描かずにはいられない。空を見れば青の美しさ、雲の形の変化に驚く、畑に行けば花や虫との出会い、野菜や雑草の成長の逞しさに感心、家に帰れば料理あれこれ面白く、スマホを持てば、もうたまらない!メールはもちろん、絵は描ける、歌も作ればビデオ撮って入れ込めばオリジナルの、ミュージックビデオが出来る!この時代に生まれた幸運、自分で出来る事の可能性を追求しながら日々楽しんでいる長崎市の1主婦です。若い頃は一時東京で少しだけイラストの仕事をしながら過ごした

    • 一等賞

      私は、昭和57年4月34歳で結婚した。 女性が24歳で未婚だと「売れ残り」と言われた時代に 「売りに出した覚えはない」 などと嘯いて 9回の裏の滑り込みセーフ! の結婚だった。 ありがたい事に5月 には子が宿った。 しかし、7月には未曾有の大水害が長崎を襲い500人もの人が犠牲となった。  2人とも無事だったが泥まみれの家を 片付けた後 別のアパートへの引越しとなった。 文字通りの猫の額ほどの庭のある古い木造二階建ての一階だったが,私たちのスイートホームだった。 大きく

      • 仕事冥利

        に尽きると思ったことがあります。 まだ、30代だった頃、 その頃はまだ写真館でのパソコン作業がそれほど普及してなかったのですが、先駆けてメーカーの研修で技術を習得しました。それまで、複写の作業は、手仕事でしたので、変色して痛んだ写真の手直しはエアブラシや筆で書いての作業だったのが一躍パソコンに切り替わり、画面の中のツールを使っての仕上げで、かなり精巧な仕上がりとなりました そうして仕上げた写真は何十年の昔の変色した傷だらけの写真も、見違えるほどの仕上がりになりお客様にも、喜

        • 自分に70代が来るなんて・・

          思わなかった。 日々の雑事に追われながらふと気がつく 「え! 私って76歳?・・ウソ!💦💦 いつの間に」 厚かましい話だが 本当にそう思うのだ 時は正確に 冷酷に 時を刻む・・。 腰は痛み 長く立てず 歩けず  さっきの事も忘れ ペットボトルの蓋も開けきれぬ。 若い頃は理解できなかった。 「何でペットボトルのフタが空けきれないの?」 「なんで腰を曲げて歩くの?」 指の力がない・ 痛いから腰が曲がる ・・ それがわからなかった。 今まで出来なかったことが、頑張ると出来る

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        余白があると、何か描きたくなるのは、小学生の頃から・・

          常識の衣

          東京オリンピックが開催されたのは私が16歳の時だった。 我が家は街の小さな写真館、両親と6人の子供の8人家族だった。私はその真ん中で父が奮発して月賦で求めたテレビがスタジオに据えられ大いに盛り上がった。 自由人の父の生き方に苦労が多かった母に、私は絶大な信頼と愛情があった。愚痴も言わず黙々と働く優しい母が大好きだった。 私より3歳下の弟は、中学3年の反抗期、その下に妹2人、家族揃ってテレビに釘付けになった競技は、陸上100メートル、黒い弾丸のヘイズは圧巻だった! さすがだ!

          おとぎ話をしてあげる

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          我が家の畑のお客様

          我が家の畑のお客様

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          おしゃれなお花をどうぞ

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          人生何が起こるかわからない

          人生何が起こるかわからない

          人生何が起こるかわからない

          70代に入ると、昨日の事もあれ?何したっけ?と、しばらく思い出せない事がよくある。 74歳になると・・ あれ?・・さっきの事も忘れてたりする。 この調子でいくと・・こわくなる。 若い頃から忘れっぽいところはあったが、キワだってくるのだ。 机を挟んで、「私が、しらばっくれてると、思ってるでしょう?」と言うと、 息子と同じくらいの歳の刑事サンが「・・・」無言で私を見た。 「こう言う人間もいるんですよ、」「・・・」 「あ、仕方ないですよね、疑うのがお仕事なんでしょうから」 嫌

          人生何が起こるかわからない

          人生何が起こるか分からない     (その2 ) 上にバカが付くくらいに正直に生きているつもりでも・・

          やはりぼーっとしてたんだろう・・いや、反対に慌てていたのだろうか、ATMのソファにあったスーパーの袋を自分のと思って、他人の袋を持って出たらしい。それが、3ヶ月も前の事を なんで今頃、それも、中身は薬とトマト・・薬とトマト・薬とトマト・車中でずっと考えていた・・そう言えば! こんなことがあった! いつものスーパーで買い物の支払いを済ませ、カートの荷物を持って帰ろうとした時,カートにかかってる袋に白い薬の袋が見えた。「あれ?,これ私のじゃない、誰か忘れてカートにかけたままにして

          人生何が起こるか分からない     (その2 ) 上にバカが付くくらいに正直に生きているつもりでも・・

          #人生、何が起こるかわからない。   ボーッと生きてるとある日突然、我が家に刑事が・!

          12月のある日、仕事に出る主人を見送り、さあ、お楽しみの朝ドラを見ながら洗濯物を畳もうと、 キッチンの椅子に座ったとたん、 ピンポーンと、玄関のチャイムが鳴った! 「も〜、誰?この時間に!」 玄関に出ると、2人の若い男性。 「〇〇署の者ですが」と黒い手帳をかざした。 「はぁ?」 「〇○さんですか? お尋ねしたい事があります」 (さては.近所のどこかに空き巣でも入ったのかな?いつかもそんなことがあった、その時の刑事は中年の痩せた嫌な目つきだった、 が、今日は違う。若く刑事

          #人生、何が起こるかわからない。   ボーッと生きてるとある日突然、我が家に刑事が・!

          失敗から得た宝物

          52年前の事・・昭和40年、私は呉服屋の従業員として働いていた。呉服店のすぐ斜向かいに、寝具部の小さな支店があり、そこの勤務の日のことだった。その日は店長が急用でお休みで私が1人の店番となった。そんな日に限って、日頃滅多に売れない高価の布団が売れたものだから私はちょっと焦った、客を待たせないように気を使いながら慣れない梱包をして見送った。そして、その後に気付いた!千円札を1万円と間違い、かなり多くのお釣りを渡してしまったのだ「しまった!」初めてのお客だからどこの誰かもわからな

          失敗から得た宝物

          一言の重み

          わたしが26歳で再々就職した時の出来事です。 当時、東京都内に十店舗ほど進出したカメラ販売チェーン店でのちょっとした出来事です。 小岩ステーション内のカメラショップは退勤時となると黒山の人集り。主にDP受け渡しのお客さんで列ができたものです。店頭員は大忙し!受付の月日、仕上がり月日、氏名、電番番号、フィルムの種類、プリントサイズを記入して、引換券を渡す。 その作業に追われる。次の電車が到着するとまた・・ わんさと詰まれだDP受付袋、サクラ、フジ、コダック、それぞれのメーカーの

          一言の重み

          初恋はままならぬ・・

          歳を取り、あの世が近くなると時折、ふと 忘れていた若い頃の一場面を思い出すことがある。 あれは私が20の冬だったと思う。 九州の実家を出て横浜のテレビ製作所に就職し、2年目の正月、私は初めての帰省だった。白いシャンタンのスーツにグリーンのスーツケース、当時、24時間かけて、寝台列車での帰省。電車通りのやたら看板だけが大きい古びた写真館そこが私の実家だった。 家族、特に母は喜んで迎えてくれた。 職場で仲良くなったMちゃんと言う友達も、熊本に帰省しており、長崎に訪ねてくる約束で、

          初恋はままならぬ・・