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人にイラっとしたら、「ウ◯コ漏れそうなんちゃう?」と呟く

この間、旦那さんと買い出しに行った時のこと。

狭い裏路地を2人で歩いていたら、私たちのすぐ脇をすごい勢いで車が通り過ぎた。私は轢かれるかと思ってヒヤッと縮み上がり、旦那さんは「あの運転手、なんでこんな裏路地でスピード出すんやろう」と口に出していた。”ヒヤッ”が”イラッ”に変わりつつあった私の口をついて出た一言は、

 「ウンコ漏れそうなんちゃう?知らんけど。」

ふとよぎったことをよく考えずに言っただけなのだけれど、旦那さんは面白かったらしい。ブフォッと吹き出している。普段私がウケ狙ってボケても、眉ひとつ動かさないのに。

あなたは笑いに厳しいところがある、と彼を非難しながら歩いていると、再び先程の車に遭遇。停車して、車庫のようなところで荷物をおろしている。あんなに急いでいたのは何だったのか。

 「ウンコじゃなかったんかな?だとしたら、あんなアクセル踏む必要なかったやん。」
 「いや。車庫入れ焦ってる途中で手遅れになったんかもよ。もうええわ、って開き直って荷物おろしてるんちゃうか。ウンコだけに”Shit!”ってなって…」

そんな顛末で、私たち夫婦の中では、あの運転手はウンコを漏らしたことになった。

なんて下らない!と思うかも知れないけど、こういうちょっとした”イラッ”に直面した時に「あの人は、実はウンコ漏れそうなんじゃないか」と想像してみるのは、効果てきめんだ。すぐに冷静になれる特効薬。

誰でも一度は漏れそうになったことはある。あの時の焦りたるや…と想像するだけで冷や汗が出てきそうになるのは、私だけでないはず。

実は私は前々から、身の回りで細々とした怒りを振りまいてくる人に対して、この「ウンコタレ」の汚名を被せている。もともとはどうしようもない私の親に対して、どうしようもない自分の怒りをおさめるために編み出した。肉じゃががちょっと思ってたより熱かっただけで、家をひっくり返して怒りたおす人たちだ。

そういう爆発力のある怒りって、「シね」だの「コロすぞ」だの、キツイ言葉を投げ返しても、全く何も良くならない。冷静に、正論で諭そうとしても、むしろ火に油を注ぐだけ。

そんなある日私はひらめいた。そうだ、もう彼らはウンコが漏れそうで、自分ではどうしようもなくイライラしているんだと思うようにしよう。それならバカらしくていいじゃないか、と。

「ウンコ漏れそうなんちゃう?」と考えることには、絶妙なバランスの秀逸さがある。誰でも経験があることで、でもだからこそバカにもできず、シモネタで下らないのに、当人の焦りを考えると、やっぱりちょっとおもしろい。あの怒っている人が、もし本当に”下が爆発寸前”なのだとしたら…と考えると、同情すらしてしまう。なんだろうかこの、害意のない破壊力とくだらなさ、そして言い表しようのない小学生感。

そんなふうな想像を巡らせているうちに、自分がイラッとしたことなんて忘れてしまっているのだ。

怒ること自体が悪いわけではない。人間らしく生きている以上、それは大切な感情だと思う。でもそれを周りに撒き散らして迷惑をかけるのは全くの別問題。

残念ながら、いくらこちらが優しい世界に生きようとしていても、その人の勝手な事情を押し付けてくる人はいる。そしてやっぱりこちらも人間である以上、ちょっと頭にきてしまう時だってある。

これを読んでくれているあなたがもし、次そんな場面に出くわしたら、相手に怒りをぶつけ返す前に、ぜひこの一言を思い出してみてほしい。

 「あの人、ウンコ漏れそうなんちゃう?」

あなたの周りが、ウンコタレばっかりになりませんように。合掌。

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