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ナマケモノのフライドチキン

ずぼらで面倒くさがり屋な私が作る、とっても美味しいフライドチキン。
通称「ナマケモノのフライドチキン」。

レシピは、とっても簡単です。

壱。鶏の手羽をジップロックに入れる。
手羽元でも、中でも先でも、お好みで。

弐。ダシダと料理酒を入れる。
韓国生まれのだし「ダシダ」を、フリフリと3ふりほど。
料理酒はひと回し。お好みでお醤油をちょい。
ジップロックを閉じてモミモミしたら、味がなじむまで放っておきます。

参。片栗粉を振って、フライパンで焼く。
片栗粉を軽くまぶしたら、あとはフライパンに油を引いて焼くだけ!

フライドチキンと呼んではいますが、揚げるのではなく、焼くニュアンスで。油は少なくて大丈夫です。

こんなに簡単なのに味わい深いのは、ニンニクを感じる牛ベースのだしがすべての仕事を担ってくれるから。
まさかニワトリさんも、この期に及んで牛の粉末にまぶされるとは思っていなかったはず。

ニワトリへの冒涜フライドチキン、と呼んでもいいかもしれません。


このフライドチキンを作ると思い出す、大切な人がいます。
前職の先輩、ノグチさんです。

ノグチさんは私よりひと周り年上のお姉さんですが、私たちは同僚であり、飲み友達であり、バンド仲間でもありました。

出会い。

私がノグチさんと出会ったのは、転職先の外資系映画会社でした。私は転職組で、ノグチさんは企業合併によりやってきた転籍組。

ほぼ同じ時期に他から入社したという境遇もあってか、大先輩でありながら、同期のような、同志のような、そんな想いを抱いてました。

会社の歓迎会や送別会など、何度か飲み会に同席する中で、「おや・・・こいつ飲めるな?」とお互いに感じたのでしょう。

どちらからともなく、誘い、誘われ、私たちはアッという間に最高の飲み友達になったのでした。


そんな私たちの行きつけとなったのが、会社の最寄り駅と、隣駅のちょうど中間にある、隠れ家的バーレストラン。

どこかの国の言葉で「ナマケモノ」という意味のこのお店に、私とノグチさん、そしてもう一人の愛すべき呑兵衛Kさんの3人は、足しげく通うようになったのです。

席はカウンターだけ。

癒し系イケメンのマスターが、目の前の狭いキッチンで腕を振るい、臨場感満点に美味しいお料理を作ってくれます。

他のお店で食べたことがないような、完全オリジナルメニュー。しかも大奮発の山盛り!

マスターも相当な呑兵衛なのでしょう。どれもお酒に合うお味で、ワインが進むこと、進むこと。

大きなワイングラスにこれでもかっ!と注いでくれるので、華奢なステム(脚)がぽきんと折れるのではないか、と心配するほどです。

想い想いにオーダーしたワインがカウンターに並ぶと、私たちは重たいグラスをヨレヨレさせながら乾杯します。そしてステムを重さから早く解放すべく、急いでぐびぐび飲まなければなりません。


同じ部署で働く3人。それぞれ職務が微妙に違うため、上司・部下という関係ではない。それでいて、職場環境を共有しているので、仕事の状況や悩みがとっても良くわかる。

この絶妙なバランスがまた最高で、3人の呑兵衛がナマケモノに集まると、お互いに好きなことを好きなようにしゃべり、共感してもらい、励まされ、記憶を失くしながらも明日への活力を得て、またこのナマケモノに戻ってくる・・・というサイクルを繰り返していました。

いつの間にか「ナマケモノ」は本来の「怠け者」という意味をすっかり失くし、なんだか「美味しい」「楽しい」「酒に合う」といった気持ちにさせてくれる言葉になったのです。


呑兵衛3人組は、仲良し3人組でしたが、あまり目立って仲良くすることが許されないような社風だったこともあり、ナマケモノに行くときの私たちは極めてコソコソしていました。

秘密のサンクチュアリを、誰にも教えたくない、という気持ちもあったのだけど。

誰かが「今日ナマケ行かない?」とメールすれば、二つ返事に「行きます」「行きましょう」。

時間をずらしてオフィスを出たり、外出先から直接向かったり。誰にも悟られないように、夕闇に紛れて各々がナマケのカウンターを目指したのでした。


オトナの修学旅行。

連れ立って飲みにいくことですら、気を遣う3人。
ですが、あるとき、オトナの修学旅行を計画します。

「どうやって同時に有給取る?」
「一緒に旅行なんてばれたら、やばいよね」

特に私の直属の上司というのが、部内の人間関係に目を光らせ、ジェラシーを燃やすタイプだったので。そのネタを肴に、ナマケで作戦会議を繰り広げました。

そんな私たちの行先は、韓国。

ノグチさんは自他共に認めるヨン様好きで、韓国ドラマを観て韓国語を話せるようになった、と言うのです。何度も韓国に行ったことがあるから、案内は任せて!と。

内心、ヨン様で学んだ韓国語・・・大丈夫?と、怪しんでいたのですが。いざ韓国に到着すると、ノグチさんの韓国語能力の高さにびっくり仰天!

タクシーの運転手さんとベラベラとおしゃべりする様子を見て、これは相当なレベルだと確信しました。

その後も、お店での注文や交渉はすべてノグチさんにお任せ。ある居酒屋では、隣の席で泣きながらケンカしている女子二人のやりとりを、その場でドラマチックに通訳してくれて、まるで字幕付き映画を観ているようでした。


おっとり、ふんわり、マイペース。お嬢様の雰囲気がビンビンに漂うノグチさんですが。どうやら、能ある鷹は爪を隠していたようです。

あるとき「ピアノけっこう弾けるのよ」と言っていたので、一緒にバンドを組んでみたら、本当に上手で驚きました。
こちらの無茶振りで申し訳なかったのだけど、ジャズ初心者ながら高速ピアノソロを弾きこなすというのは、なかなか至難の業ですよ。

ノグチさんは性格もよくて、人を疑うことを知らないタイプ。笑いの神もついていて、自然と人が寄ってきます。かといって聖人君子というわけではなく、愛されキャラを自覚していて、テヘペロ!的なところも。

そんなノグチさんの将来の夢は、小料理屋のおかみになること。

外資系映画会社で働いておきながら、なんですかその夢は!?と笑ったのですが。実はノグチさん、料理もお上手。

ある年のお花見で、モヤシのナムルを持ってきてくれて、それがまた超絶に美味しかったのです。「ダシダとごま油で和えただけだよ~」と言っていましたが。

そう。この「ダシダ」なる不思議な調味料。私はノグチさんに教えてもらって、初めて存在を知ったのでした。


別れ。

ナマケモノでつながれた呑兵衛たちに、突然別れが訪れます。

ノグチさんに病気が見つかったのです。

その後、思い出の詰まったナマケモノが閉店する、との連絡が。

「いつかまたナマケで飲もうね!」という私たちの希望は、行き場を失ってしまいました。

病状を知らせてくれるメールに、私はその都度ショックを受けながら、でも、どうにか元気になってほしい。復活してほしい。奇跡が起きて欲しい。

必死に望みを繋ごうとするのだけど、その藁は掴みたいのに掴めない。何もできない無力さを持て余している間に、ノグチさんの病状は進行し、あっという間に帰らぬ人となってしまったのです。

病気が発覚してから、たったの一度も、弱音を吐かなかった。
あのふんわりとしたノグチさんが、実はどれほど強い人だったのか。

でも、そんな一面、知りたくなかった。ずっとそう思っていました。

しかし時間が経つ中で、ノグチさんの思い出をできるだけたくさん覚えておきたい。最期の強さを含め、いろんな一面を知ることができたのは、すごいことじゃないか。
そう思えるようになってきたのでした。


新しい思い出。

アメリカに来て、1年が経った頃。ひょんなきっかけで、韓国系スーパーに足を踏み入れました。

多民族国家のアメリカでは、日系やインド系、中国系など、それぞれのお国の食材を扱うスーパーがきちんとあるのです。

韓国系スーパーの調味料コーナーを通りかかり、ふと、ダシダが目に留まる。

ノグチさんとの思い出がわっと溢れてきて、嬉しくなってさっそく購入してみる。
このダシダをいろんな料理に使ってみる中で、行き着いた最高の一品が「ナマケモノのフライドチキン」なのでした。

ネットで調べると、似たようなレシピはたくさんあるのだけど。
私のレシピは、ノグチさんの思い出がもたらしたスペシャルエディション、ということにしたい。

ノグチさんとの思い出は、もう増えることはないと思っていたけど、そんなこともないのかな。

「麻未ちゃん、知ってた?ダシダを使うと、とっても簡単なのに美味しくなるのよ~」

「ナマケモノのフライドチキンって、最高のネーミングね!うん、お酒が進む味だわ~」

そんなやわらかい声が、聞こえる気がするんだもの。

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